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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
アジタートの章
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06:グループオブヘヴンズブリッジ

 この日、荒砂山専門兵学校は廃校となり、荒砂山における専門兵学校22期生34名は解散した。


 牛追坂専門兵学校、黄羽専門兵学校、天進橋専門兵学校が突如として開校されている。


 同じかまどのメシを食らい、同じ湯船に浸かり、同じ「情」を共有していた16~17歳のトランセンデンスの少年少女たちは、有無もなく、これら3校に分けさせられたのだった。


 永遠の別れである者もいた。


 天進橋駐屯地を目指すトラックの荷台には、ラットローグ曹長たちSGの監視のもと、12名の男女が乗り合わせている。


 以下、羅列しておく。


 有島愛

 片岡進之介

 軽部圭吾

 菊田雄大

 葛原千鶴子

 葛原由紀恵

 近田洋瑛

 藤中翔太

 穂積杏奈

 二本柳葵

 山田真奈

 雪村章介


 車中、天進橋に連行されていくとは知らされていない。「出発」とは何を意味しているのか彼らはわかっていない。「ウィアードの襲撃があったため」とはある程度想像についた。


 もっとも、彼らには思考を冷静に張り巡らせているゆとりはなかった。


 杏奈は冷たくなったカピバラのように生気がない。二本柳はすすり泣いている。彼女の背中をさすっているのは有島だった。リーダー格の真奈はリーダーシップを発揮せずにうつむいたままでいる。


 千鶴子すら膝に顔を埋めて丸まっていた。笹原少尉の手当てを受けてはいたが、峠大尉にさんざんに痛めつけられたショックに押しつぶされていた。由紀恵もその隣でトラックの揺れにただただ身を任せている。


 男どももやはり。雪村も菊田も片岡も圭吾も芋虫みたいに丸くなっている。藤中だけが瞳をきょろきょろとさせてSGをうかがっているぐらいである。


 洋瑛といえば、


(いい気味だ)


 昨日、口撃してきた連中の顔を見てせいせいしていた。ほぼ、他人事でいた。


 教官たちは洋瑛を過度に恐れているが、洋瑛は幼いころから虚しさを覚えつつ、SGの宿命を受け入れてきた少年なのである。


 いや、宿命というよりも――、早くに消えた父、口を酸っぱくして何度も説き伏せてきた母、叔父の山本憲一郎少将の存在もそうであるし、さまざまな人の影響によって、洋瑛は知らず知らずのうちに自分自身の将来にはSGのみであるのを受け入れてきたのだった。


 抑圧されようとも、これしき程度では高速運動を使って反抗しない。


 SGとは、国防軍とは、そういった集団である。と、細かいことにいちいち厳しかった母や、居丈高な叔父の少将の姿からして察してもいる。


 ゆえに、SGをはやし立てる風潮を嫌っていたし、さらには同期生たちが抱いてきたSGの英雄像が瓦解してしまったこのざまに、洋瑛はほくそ笑んでいたのだった。


 もっとも、そうすることで洋瑛はこの状況に取り乱されないよう努めていたというのもある。


 千鶴子や由紀恵に対しても、


(威張り散らしていたくせに)


 と、ひどい狭量でいる。


 ただ、杏奈や有島の様子だけには気がしぼんだ。


 さすがの洋瑛も、昨日、杏奈がたった1人だけ自分をかばい立ててくれたことを気に留めている。彼はそのとき驚いたし嬉しかった。しかし、一方で、彼は思い出したくない、考えたくないのだった。


(俺がカピちゃんにしてやれることなんか何もねえ)


 だから、自分なんかをかばい立ててくれないでほしい――。





 約1時間、トラックは彼らを乗せた。


 天進橋駐屯地の敷地内に入る。


「光栄に思え。兵学生の分際で天進橋に入ったのはお前らが史上初だ」


 ラットローグがガムを噛みながらそう言い、学生たちは初めて天進橋に連行されてきたことを知る。


 天進橋――。


 悲痛ばかりの顔色が変わった。


 専門兵学生が学生階級のままに天進橋駐屯地の門をくぐったことはかつてない。荒砂山22期生の12人は、SGの前線基地に連れられてきた疑問とともに、天進橋という言葉の響きに複雑な興奮を与える。


 そして、彼らは天進橋の主塔を眼前にした。トラックが停止し、追い立てられるままに荷台から飛び降りると、1人1人が例に漏れずに巨大な吊り橋を目にして棒立ちした。


 空気は冷たかった。光はやたらと澄んでいる。鼻から吸い込む香りは冬の乾きに抜けている。


 畏怖した。


 垂れ下がるメインケーブルが陽の光をきらめかせている。2本組の主塔2基が燦然とそびえ立つ。


 G地区にもっとも近い主塔がノースゲートとして巨大な門扉を形成し、駐屯地側のサウスゲートの門扉は遠目にも開放されているのがわかる。


 赤色灯の瞬く主塔には避雷針とともに無数のアンテナが備え付けられている。主塔の中腹には監視台があり、練り歩く数人のSGの姿がまばゆい朝日に影となっていた。


 迷いも恐れも忘れ、学生たち12名はただただ息を呑んで天進橋に見とれる。


「天国に一番近い場所だ」


 と、ラットローグは不敵に笑う。


 学生たちが味わっている感触はまさしくそれだった。橋げたの先のG地区は何人なんぴとたりとも足を踏み入れられない異境――。


 唯一、天進橋がその異境とこの世界の通り道である。天国に一番近い場所という形容のとおり、死の概念が夢の形状をもって朝日のうちに屹立しているのだった。


 洋瑛ですら、それを眼前にして胸に湧き立ってくるものがある。


 明けの光が頬を切るような寒気を惜しみなく貫く。泰然と流れる放水路は黄金に輝き、純白の主塔が広大無辺の冷却の空へ屹立する。


 宿命の象徴であった。





「敬礼!」


 と、彼らを呼び起こすようにして声が解き放たれ、学生たちは直立不動で挙手敬礼する。


 彼らの前に現れたのは濃緑色の制服に身を包んだ田中中尉であり、笹原少尉であり、峠大尉であり、荒砂山兵学校の学長であった大牟田少佐であり。


 そして、特殊保安群群長川島徹大佐が学生たちに右手を掲げて答礼する。


「諸君たちとは入学式以来でしょうか」


 口許にほのかな笑みを浮かべつつも、眼鏡のレンズは朝日を反射させている。


 SGたちも小銃の銃床を床に下ろしており、聞こえてくるのは朝雀の鳴き声だけ、張り詰めた気配の中で洋瑛を始めとした学生たちは、ただただ彫像のように固まる。


「残念ながら」


 と、川島大佐は口を開いた。


「荒砂山兵学校は本日をもって廃校となりました」


 静寂が困惑に揺らいだ。皆、瞳孔が固まった。しかし、川島大佐は学生たちを諭すかのようにして瞼を薄っすらと細めていき、続けた。


「ウィアードの出没により、我々特殊保安群は方針を転換せざるを得なく、諸君をこのまま無防備にさせておくわけにはいかなくなりました。これまでに共に過ごした同期生たちと別れてしまうのは耐え難い事実でありましょうが、諸君は本日をもって天進橋兵学校に所属してもらいます」


 このとき、彼らは初めて知った。そして、川島大佐はほかの学生たちも牛追坂駐屯地、黄羽駐屯地の新たな兵学校にそれぞれ配属されたとも伝えた。


「非常に申し上げにくいことですが、ウィアードの襲撃を受けたのは荒砂山だけではありません。森姫山、来間山も、昨日、諸君と同じように襲われております。来間山は諸君と同じように1人の犠牲者も出しませんでしたが、諸君の1つ上の先輩たちは森姫山兵学校にて全員死亡しました」


(え――)


 そのとき、川島大佐は洋瑛を見た。鋭利な眼光が洋瑛に向けられた。洋瑛は思わず固唾を飲み込んだが、目が合ったのはひとときのことであった。


「しかし、特殊保安群隊員たちの守備のもと、その勇気でもって、その情熱でもって、この悲劇を乗り越えて、日々精進していただきたい。以上」


 敬礼の号令に挙手すると、川島大佐は大牟田中佐とともに彼らの前をあとにしていった。


「ということだ」


 峠大尉がにじり出てくる。


「貴様らは本日から天進橋兵学校一等兵だ。教官は田中中尉、笹原少尉、そして貴様らに同乗してきた西乗院曹長だ」


「よろしく」


 皆が唖然としてラットローグを見やった。彼は川島大佐がいなくなると再びガムをくちゃくちゃと鳴らしており、にやにやと笑ってもいた。


(うわ……。最悪……)


 と、洋瑛も思った。


「主任教官は俺だ」


(マジかよ……)


 田中中尉も鬼教官に違いなかったが、峠大尉の威風は田中中尉の比ではない。天進橋の門前に君臨している仁王のようである。こんなものが教官だなんて、いっときの甘えさえ許されなさそうだと学生たちはそれぞれにおののいた。


 だが、押し流されるままにしてここに連行されてきて、気心の知れた仲間たちとも離れ離れになってしまい、挙げ句には仁王が教官だという、夢も希望も潰えたかのような状態であった彼らだが、SGたちが運んできたダンボール箱の中身が気を一変させる。


「貴様らは兵学生の身分だが、天進橋駐屯地の一等兵でもある。今日からこれを着てもらう」


 笹原少尉の手によって1人1人に渡された衣服は、エンジェルワッペンが施されたSGの迷彩ジャケットであった。


「仮にも貴様らは今日からSGだ」


 洋瑛は大して感動しなかったが、学生たちの特に男どもが、ジャケットを腕に抱えたままで棒立ちしてしまい、天使の飛び立つエンジェルワッペンに釘付けとなった。


「それに袖を通したときから貴様らは学生とは言えSGだ。ウィアードと戦う戦闘員だ。国家を防衛し、国民を守る戦闘員だ。わかったか」


 わかったか、と、言われても、すべてが勝手に進行していく訳のわからない状況なので、誰もがうんともすんとも答えられなかった。


 すると、ラットローグが猛然と駆け寄ってきた。列の左から順繰りに1人1人の顔面を銃床で殴ってきた。


「キャプテンがわかったかって訊いてんだろうがっ! キャプテンに訊かれたら答えろっ! おらっ! 答えろっ! 答えろって言ってんだろっ! ああっ?」


 男だろうが、女だろうが、二本柳の眼鏡だろうがなんだろうが、ゴッ、ゴッ、ゴッ、と、西乗院曹長は容赦なく殴りつけてきて、教官の誰もがラットローグを止めない。


 洋瑛などは自分が殴られる前に、「わかりましたっ!」と大きな声を張り上げてごまかそうとしたが、硬い銃床が顎に叩き落とされてきた。洋瑛はあまりの激痛にその場に膝をついて悶絶してしまう。


 藤中も、有島も、雪村も、皆が顔をおさえていた。骨強靭のトランセンデンスである片岡は痛がっているふりだったが。


「カスどもがっ! 立てっ!」


 峠大尉が咆哮する。


「それしきごときで膝をつきやがって! それでもウィアードから国民を守るSGか! 国防軍は国民の血税でメシを食ってんだぞ! このざまはなんだ! ウィアードから国民を守ることもできねえカスか! だったらな、何もできねえカスならカスらしく、黙ってはいと答えておけ! このカスどもが!」


「立てっ!」


 田中中尉までもが怒声を放ち、洋瑛らは涙目になりながら、震える足をおさえつけて、腰を上げていった。


(なんだってんだ、チクショウ……)




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