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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スフォルツァンドの章
14/58

05:紫意識

『特殊保安群教育部教育課人事調査書』


(姓)葛原/Kuzuhara(名)千鶴子/Chizuko

 現年齢:17

 性別:F

 血液型:B

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:小銃手 コラボレーター

 トランセンデンス:声圧

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:3

 身長162cm 体重56kg

 思想:反SG的

 性格:直情的 正義漢

 備考:反抗的な一面、統率性に優れる。仲間意識が高い。



(姓)葛原/Kuzuhara(名)由紀恵/Yukie

 現年齢:16

 性別:F

 血液型:A

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:近接戦闘 アタッカー

 トランセンデンス:瞬発 治癒

 トランセンデンスクラス:A

 反乱危険レベル:3

 身長161cm 体重48kg

 思想:無

 性格:流動的

 備考:戦闘に優秀である。統率力は皆無。口数が少なく、意志を示さない。








「チヅ。クリスマスプレゼントだ」


 臆面もなかった。むしろ、洋瑛の瓜実顔の表情は誇っていた。


 千鶴子が細い眉をしかめながら目を見張る。洋瑛の掌の中に転がりそうなクリスマスブーツである。


 幼児が頑張ったような折り紙をつまみ取ると、千鶴子はぽかんとして口を開けてしまう。


「ユキはサンタの帽子だ。被ってみろ。お前に似合いそうだ」


 無論、洋瑛の一等の(つもりの)ジョークである。もはや恋人同士でないのに、相も変わらず女房をこき使うような亭主風情である。しかしながら、由紀恵は昔日を懐かしむようにして微笑む。


「お前ら、俺のお手製のシチューは食ったのか?」


 由紀恵がうなずく。


「夕飯のとき食べたよ。ね、チヅちゃん」


「ああ。バカヒロにしちゃまあまあだったな」


「そうか。ならよかった。だったらお前らにもう用はねえ。じゃあな。メリークリスマス」


 洋瑛は満足気に右手を掲げ、食堂棟から去っていく。


 どういう気の間違いから洋瑛が背中を意気揚々とさせているのか、千鶴子も由紀恵もわからない。ただ、洋瑛がそんな少年であるのを彼女たちはなんとなく知っている。


「バカだな、あいつ」


 千鶴子は柔らかく目を細めながら、去っていく洋瑛の背中にサンタクロースのブーツをかざした。




「はい、穂積。近田が手伝ってくれたお礼だって」


 食堂からの帰りがけ、杏奈は笹原少尉に呼び止められて、マフラーを巻いた雪だるまの折り紙を渡されている。


「えっ?」


 硬い鉱石をも砕いてしまう小さな手の中に雪だるまが置かれる。杏奈は瞳をぽつねんとさせて呆気に取られる。


「何を考えているのかよくわからないけど、近田にはこういう趣味があるみたいよ」


 笹原少尉が去っていっても、杏奈はしばらくそこで突っ立ったままでいた。ややもすると、自分の握力で握りつぶさないよう、雪だるまを掌に大事に包んだ。




 有島もまた女子棟の自室に帰ってきてから、訪ねてきた笹原少尉に折り紙を渡された。


「なんだかよくわからないけど、有島のおかげでシチューを作ったからだなんて言って、そのお礼だって」


 ひいらぎの葉をかたどった折り紙がずいぶんと丁寧に並べられたクリスマスリース。


「あなたのおかげなの?」


「私のおかげというよりも――」


 思いがけないクリスマスプレゼントに有島は考えがまとまらない。


「誘ったのは私かもしれません」


「そう」


 笹原少尉は微笑む。


「ご両親に報告できるね、有島」


 有島は赤面してうつむいた。笹原少尉は有島の小さな頭を撫でたあと、彼女の部屋をあとにしていった。







 12月30日。兵学校が冬休みに入り、洋瑛は釈迦堂に戻ってきている。


 この日ばかりは擦り切れた軍服や脱走時の登山服ではない。


 シャツの襟をネクタイで締め上げ、濃紺の制服に身をまとい、外套に革靴である。頭には制帽を被っている。荒砂山近在から外に出るさいは、必ず正装しなければならない。


 同期生たちも荒砂山から徒歩と電車で2時間少々をかけ、釈迦堂の駅までやって来ている。ただ、大半の兵学生たちは釈迦堂からさらに乗り継いで、身内が待つもとへ散っていく。


 ほとんどの学生は両親を失っているが、縁戚はいる。仮に血の濃さは遠くても、SGは英雄である。有名人になると親戚が増えると言うが、それはSGも同じだった。


 洋瑛にも叔父の山本憲一郎少将以外に、彼に会いたがる近い親戚も遠い親戚もいる。ただ、洋瑛がそれを煙たがるし、洋瑛の素行が悪いのもあって、山本少将が縁戚を静かにさせていた。


 釈迦堂市は30年前までは取り立てて何もない片田舎の町であった。駅前に建ち並ぶ商業施設、娯楽施設は、駐屯地が次々に開設された恩恵である。


 昔、SGの子供が5名、さらわれた事件があった。ゆえにSGは天進橋駐屯地の官舎から出て、ひとかたまりにならないよう住居を散らせた。


 22期生の父兄たちのほとんどが過去、天進橋駐屯地に所属していたにも関わらず、荒砂山兵学校に入った洋瑛の幼なじみが4人だけという理由である。


 洋瑛はロータリーに下りるとタクシーに乗り込み、霊園を目指す。


 洋瑛が乗り込んだタクシーは片田舎町らしいというか、後部座席に折りたたまれた新聞紙がそのまま置かれてあった。客が忘れたものではなくて、乗車待ちの合間に運転手が読んでいるものだろう。


 政治面だろうか。四つ折りに畳まれた新聞紙の見出しが洋瑛の視界に入る。




『鈴木国防大臣、G地区調査に前向き』




「SGの学生さんです?」


 初老の運転手がルームミラーを覗き込みながら嬉々として訊ねてくる。山本少将の命令のままに来ている洋瑛は話す気にもなれなかったが、無愛想でいるとあとで何があるかわからない。教官の耳に入らないということもない。


「はい。荒砂山です」


「そうですか。いやあ、その制服、制帽、カッコいいですね。ピシっとしてて。その辺の高校生とはやっぱり違いますよ。その若さでタクシーに乗る人もいませんしね」


 流れる景色を眺めながら、洋瑛は口先だけを動かす。


「国民のみなさんのおかげです」


「どうです? G地区解放は?」


「G地区解放――?」


「あ、そっか。学生さんでしたもんね」


 日々、あらゆる情報をシャットアウトされている兵学生でも、「G地区解放」の文言ぐらいは耳にしている。洋瑛が興味を持たないだけである。


 しかし、よく喋る運転手であった。


「こう言っちゃなんだけど、G地区が解放されたら駐屯地のおこぼれでやっていけている釈迦堂の町も廃れてしまいますからねえ。今の与党はG地区解放を公約にして選挙に勝ちましたけど、釈迦堂市民からしたら複雑なもんですよ」


 洋瑛にはまったく興味のない話である。しかし、運転手は洋瑛が無視していても霊園まで自分1人だけで会話していた。


 霊園では私服のベージュのコートを羽織った山本憲一郎少将が待ち構えていた。今年で54歳になっている。早くもオールバックに整えた髪が灰白くなっている。


 1年ぶりに会った甥っ子に笑顔のひとつも見せない。むしろ、睨みつけてくる。


「叔父さん。クルミはどうしたんだよ。まさか来ないってんじゃねえだろうな」


「敬礼しろ」


 洋瑛は岩窟がんくつな参謀殿をむっとして睨みながら、手を掲げる程度に敬礼する。


 山本少将はコートのポケットに手を突っ込んだまま洋瑛に背中を返す。霊園の門をくぐり、磨き抜かれた革靴を石畳に鳴らしていく。洋瑛は苛立ちを押さえながら山本少将のあとについていく。


「クルミは来ない。旅行に行くと言っていた」


 山本少将がなんともなく言うので、洋瑛は舌打ちした。


「ふざけんなよ。なんで俺は来なくちゃ駄目で、クルミは来なくたっていいんだよ。叔父さんってさ、ほんとクルミには甘いよな。あんたには大学生の娘がいるだろうが。クルミは娘代わりじゃねえだろうが」


「貴様。その汚い言葉遣いをやめろ。俺の甥である前に、貴様は一兵卒だ。本来なら面と向かって口もきけないのだからな」


「だったら呼ぶんじゃねえ、クソジジイ」


 庫裏でひしゃくと手桶を借り受け、線香の匂いが立ち込める静寂の墓地をくぐっていく。両親が眠る墓石の前までやって来る。


 近田家之墓、とある。裏面には洋瑛の両親の名が戒名や没年月日とともに刻まれており、洋次郎享年26歳、咲良享年31歳とある。


 山本少将に顎をしゃくられて、洋瑛は嫌々ひしゃくの水を墓石に注いでいく。ポケットに手を突っ込んでいるだけの山本少将の前で、洋瑛は何度も舌打ちをつきながら墓石を洗っていく。草むしりもさせられる。


 ようやく線香の香りが立ち昇ってきた。少将と並んで合掌する。洋瑛はすぐにやめる。ひしゃくと手桶を手に取りすぐに帰ろうとする。


「おい、いつまでやってんだよ。行くぞ、叔父さん」


 洋瑛を相手にしていないのか、何も耳に入らない境地にあるのか、山本少将はしゃがんで合掌したまま、冬枯れの植木のようにしてじっとしている。


「参謀殿がわざわざこんな田舎に来て墓参りだなんて。おおかた交通費は天進橋でも名目にして領収書を切ってんだろ。それとも戦車メーカーの接待でも受けんのか?」


 山本少将は掌を下ろし、腰を上げた。


「参謀殿に対してそれが一兵卒の態度か。咲良も洋次郎も泣いているぞ」


「笑っているに決まっているだろ。偉そうな叔父さんがクソガキの俺に悪態つかれて、父さんも母さんもいい気味だって笑っているはずだ」


 振り返ってきていた山本少将は洋瑛を睨みつける。も、くすりと笑った。


「そうかもしれん」


 線香の紫煙のゆらめきが、墓場から浮かび上がってきた意識のように、細長く伸びている。


「ただな、貴様の今の戦車メーカーとかいうジョークは幼稚だ。そういうジョークをつくのならメーカー名の1社でも出せ。咲良も洋次郎も貴様のセンスの無さには辟易としているはずだ」


「クソジジイ……」


 フン、と、鼻で笑った山本少将とともに、洋瑛は肩を並べて墓石の前を去っていく。


「洋瑛。昼は駅前で寿司を食わせてやる」


「カウンターに座る寿司屋だからな」


「当然だ」


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