04:僕がいちばん欲しかったもの
『特殊保安群教育部教育課人事調査書』
(姓)藤中/Fujinaka(名)翔太/Shota
現年齢:17
性別:M
血液型:A
所属:特殊保安群
階級:一等兵
配属:荒砂山専門兵学校
兵種:衛生兵 リカバリー
トランセンデンス:治癒
トランセンデンスクラス:C
反乱危険レベル:1
身長167cm 体重70kg
思想:無し
性格:柔和
備考:自己の役目をはっきりと認識している。衛生兵として戦闘において冷静に対応できる。金銭に卑しいきらいがあるが、仲間思いである。集団への適応力がある。
外出とはいえ、電車に乗って近くの釈迦堂の町に出かけるような真似はよっぽどでなければ許可されない。持たされているGPS機器は温度感知機能も持っており、投げ捨てようものなら、天進橋駐屯地からSGが出動してくる。
洋瑛の巻き添えを恐れた雪村章介と藤中翔太は、ふもとの兵学校にいた。何をするのでもなく雪村は狙撃銃を分解結合しており、藤中はその様子を眺めているだけである。
腹が空けば結局は山を登る。すると、2人はリアカーを引いては押している連中を山道に見かけたのだった。
雪村と藤中は顔を見合わせる。やはり逃げて正解だった、と。
しかし、洋瑛に見つからないよう、何をするつもりか食堂を覗いてみれば、大量の食材であった。吉沢と2人、悪戦苦闘して何かを作ろうとしている。
雪村は我慢できなくなって参加した。藤中もつられて手伝い始めた。
「なんだ、お前ら。楽なところだけ手伝いやがって」
「お前が最初から何をするつもりか言えば助言だって協力だってしてやったぞ」
そう言いながら、雪村は手際よく野菜を切っていく。藤中がよく鶏肉を洗っていく。手順を頭の中に入れている吉沢が指示していく。
「近田くんはこれ」
と、玉ねぎがぎっしりと詰まったビニール袋を差し出された。洋瑛は受け取ったものの、思案する。
「助っ人を呼んでくる」
そう言って食堂を出、男子棟にやって来ると、軽部圭吾の部屋のドアには不在の札が吊るされてなかった。
乗り込んだ。
「おいっ! チビ圭っ! 手伝えっ!」
「え? えっ?」
ベランダから布団をしまいこんでいた圭吾の襟首を掴み上げ、連行していく。
「俺はな、お前の考えていることがだいたいわかるんだ。どうせ、俺から逃げてたんだろ」
「そ、そんなことないよっ! な、何をするのっ!」
「罰として玉ねぎ切れ」
厨房で玉ねぎを押し付けられる。
(な、なんだ。そんなことか)
と、圭吾は安堵したものの、すぐに後悔する。玉ねぎ20個のみじん切りは涙の止まらない生き地獄であった。
そんなこんなで少年たちは洋瑛に呑まれていった。
「とりあえず、味見だ」
と、白ワインの栓を抜いた洋瑛は、それを小皿に落とし、1口なめる。少年の舌にはまずかった。
「俺にも味見させろよ」
雪村が小皿を奪い取る。洋瑛はそこにワインを垂らす。
「うん、うまい」
「カッコつけてんじゃねえ。980円のワインがうまいわけねえだろうが」
2人をよそに、吉沢と圭吾がホワイトソースを作り藤中は煮えた野菜を湯切りしていく。
「てか、このワインはいつ使うんだ?」
「肉を炒めるときって言ったじゃんか。早く入れてくれよ」
吉沢に釘をさされて、ワインをフライパンに振りまいた。引火して驚いた洋瑛は雪村と交代する。
大鍋のホワイトソースが出来上がったので、炒めた鶏もも肉と、湯切りした野菜を放り込んでいく。
あとは煮えるのを待つだけと言われて、洋瑛は大鍋の前に張った。雪村たちが調理場を出ていっても、1人、ぐつぐつと煮え立つ音を聞いていた。時折、蓋を開けて、膨らむあぶくをいとおしそうに眺めた。
(きっと、絶対にうまいはずだ)
我が子を愛でるように微笑んでいたら、いつのまにか、配膳カウンターに三白眼があった。頭のうしろにポニーテールをぶら下げて、由紀恵が笑っている。
「何を作っているの?」
「ホワイトシチューだ」
と、洋瑛はぶっきらぼうに答える。
「シチューか。ヒロのママにご馳走してもらったね」
「フン。あんまり覚えてねえな。てか、チヅと一緒じゃねえのかよ」
「いっつも一緒にいるわけじゃないし」
蓋を開けて玉杓子でシチューをすくい、それをなめる。
「おいしい?」
「味見してみればわかる」
玉杓子から小皿に流した乳白色のそれは、ほのかな湯気を昇らせていた。
「熱いぜ。やけどすんなよ」
洋瑛が配膳カウンターに置くと、由紀恵は頬杖をついたまま人差し指の先を小皿に浸し、厚い唇の中に入れた。
目尻を緩めて笑んでくる。
「おいしいじゃん」
「当たり前だろうが」
洋瑛は鍋の前に戻って蓋を閉めた。
「どうせお前らは気取ってるから、明日のクリスマスには出てこないんだろ」
「さあね」
「35人分だからな」
鼻で笑って返した由紀恵であったが、しばらくの間はそこにいて、ずっと洋瑛の横顔を眺めていた。
無論、なんのために洋瑛がこんなことを始めたのか、杏奈と吉沢以外の同期生たちはわかっていない。いつもの奇行だと思っている。
ところが、奇行も初めて献身性を持った。次の日の夜の催し物では、洋瑛のシチューを食すれば、同期生たちはうまいと言った。
最初は言わなかった。ただ、女どものリーダー格の山田真奈が、
「おいしいじゃん。毒でも入れた?」
と、減らず口ながらも評価してきた。彼女もただ単にリーダーをやっているわけではない。一応はSG候補生のよりどころとしてのリーダーである。度量というものが少なからずある。
真奈が認めてしまえば手下の女どもも口々に「おいしい」「近田を見直した」などと表情を崩していく。
いっぽう、菊田といえば、一口も口にせずに圭吾に押し付けた。この点、女どものリーダーより格下であった。ただ、片岡進之介などの手下どもは「うまい」とは言わなかったが、女たちの雰囲気に飲まれて完食していた。
しかし、洋瑛は夕食を食べたあと、すぐに自室に帰ってしまった。人知れず食堂から去っていってしまった。
開放感に和気あいあいとしている輪にどうしても馴染めなかった。さらに、片岡がアコースティックギターを持ち出してきていたので、
(ふざけんな、気持ち悪い。あのギターぶっ壊したくなってくる)
我慢ならなかった。片岡が歌い出す前に逃げた。
でも、名残惜しくて渡り廊下で立ち止まっている。
(カピちゃんの感想聞いてないや)
漏れ聞こえてくる声を見つめるようにして、1人ひっそりと振り返っている。
(有島がケーキがどうたらって言ってた)
千鶴子や由紀恵があそこにいたのかどうか。見つからなかったというのはいなかったのではないのだろうか。
(チビ圭もなんだかんだで喜んでいたな)
雪村も藤中も、いつもはあぶれ者であるのに、自分たちで作ったホワイトシチューを吉沢とともに積極的に配っていた。
(ま、いいや。性に合わねえし)
洋瑛は渡り廊下を歩いていく。男子棟の自室に帰ってくると折り紙を取り出した。
決して満足していない。「うまい」「おいしい」と城壁の門番たちに称賛されたが、洋瑛の胸のうちには虚しさの穴がぽつりと空いている。祭りのあとの寂しさのような、それでいて祭りはまだ続いているのだ。
洋瑛は折り紙を机の上に出したきり、ぼんやりとして窓の外を眺めた。
(俺がいなくなっていたら、菊田とか真奈ババアはともかく、有島はどう思うだろうな。あんなに顔を赤くして俺を誘ってくれたっていうのに)
洋瑛は溜め息をつき、腕を組んで悩みこむ。
(なんか、みんなで遊んでいるところからこっそりいなくなるなんて、ひねくれ者がカッコつけているみたいだよな。そういうのって嫌だよな。逆にカッコ悪いよな)
喜ぶ顔が見たいという思いから始まっている。さらにはホワイトシチューを幼いころのように大勢で囲んで食べたい、と。
それはきっと有島にとっても、皆にとっても、喜びであろう、そうしたぼんやりとした理屈でもって駆け回ってきたのである。
(でも、くっだらねえギターなんか聴きたくねえ。あのギターでホモ野郎の頭をぶん殴っちまいそうだ)
「そうだ」
と、洋瑛は思い立った。折り紙の手習い本を取り出してき、クリスマスに関連したページを開く。
(プレゼントしよう。クリスマスプレゼントだ。そうしたら有島も喜ぶはずだし、ギターも聴かなくて済む)
毎度、発想が芸の細かい変質者かつ直情的単細胞のため、気恥ずかしさはまったくない。むしろ、下手なギターの音色などよりも自分の折り紙のほうがよっぽどクリスマスらしいとまで思い始める。
(カピちゃんにも作ろう。ヨッシーとか雪村とか藤中にも手伝わせちまったから作ってやるか。チビ圭にも仕方ねえから。いや、あいつらにはウンコの折り紙でいいや)
がぜん、にやにやと笑いながら巻き糞の折り紙を作っていく。巻き糞はいつも折っているのですぐに4つが出来てしまう。
(時間オーバーしねえように指パッチンしておくか)
と、折り紙だけのために高速運動化した。
そうして、有島に渡すためのクリスマスリースを折っていく。小さい折り紙でひいらぎの葉を何枚も作り、リボンを折り、鐘も折り、リングのベースを鋏で型取り、それに小物を糊で貼っていく。
出来上がったものを満足気に眺める。
「カピちゃんには雪だるまだな」
プラモデルを作っているのと同じ感覚である。手先の器用な洋瑛は雪だるまのマフラーまで折った。
それと念の為にクリスマスツリーを2本作る。
「風神雷神の不良にも作ってやるか」
千鶴子にはサンタクロースのブーツ、由紀恵にはサンタクロースの帽子を折った。
時計を確かめれば7時をすぎたころ。指を鳴らして高速運動から解放する(くどいようだが、洋瑛は時間を解放すると思っている)。
出来上がった折り紙を持ってにやにやと笑いながら、洋瑛は食堂棟にやって来る。中を覗いてみる。片岡がギターを鳴らしているばかりか歌っている。ただ、誰もが相手にせずに談笑のさなかである。
(ホモ野郎も神経の図太さだけは大したもんだな)
当てにしていた笹原少尉がいたので、洋瑛はこっそりと引き戸を開ける。なるたけ同期生たちに気づかれないようにして笹原少尉の視界に入り、愛想笑いで敬礼する。頭をへこへこと下げつつ、唇に人差し指を添えながら、外の廊下へと手招きする。
「どうしたの。シチューおいしかったよ。ツッパってないであなたもいればいいじゃない」
「ちょっと野暮用で。教官、これ、よかったらどうぞ。クリスマスプレゼント。日頃の感謝の意を込めて」
クリスマスツリーの折り紙を渡した。
笹原少尉は黒縁瞼を見開いて驚く。
「これ。寮母さんの分。渡しておいてくれませんか」
「もう――。よくわかんない子ね」
「あ。あと、あのう、不良の葛原コンビはいますかね?」
「うーん。いないけど?」
「あ、そうですか。じゃあ、これ。ブーツがチヅで、帽子がユキで。ブーツがチヅで、帽子がユキですかんね。渡しておいてくれないですか。ブーツがチヅで、帽子がユキですよ」
笹原少尉は笑ってしまう。
「なら、呼んできてあげますよ」
「あ、いや、呼んでくれるんなら、あとででいいんです。こっちを先に渡してくれないですか。これは有島に。これはカピちゃんに。あと、ウンコはヨッシーと雪村と藤中とチビ圭に」
「入ればいいじゃない。直接渡せばいいでしょ。何を恥ずかしがっているの」
「いや、じゃあ、こっちだけ。有島とカピちゃんの分だけは渡してくれないですか。ウンコは自分で直接渡すんで。有島がこっちの葉っぱでカピちゃんが雪だるまですかんね。有島がこっちですよ――」
「自分で渡しなさい」
「そんな無理に決まっているじゃないですか。俺は有島とカピちゃんが喜んでくれればそれでいいんです。有島とカピちゃんのおかげでシチューを作ろうって思ったんです。お礼で。お礼なんです。でも、直接みんなの前で渡すと冷やかしてくるバカがいるから、そうなると俺が場を台無しにしちゃうじゃないですか」
高速運動の怪物である洋瑛の心変わりのさまには、笹原少尉も折れてやれなくはなかった。
「わかりました。じゃあ、これが有島ね。こっちの可愛い雪だるまは穂積ね。今回だけだよ。それと呼んできてあげるから。葛原コンビ」
笹原少尉が食堂棟から出ていくのを見届けると、にやにやと笑いながら食堂に入る。
消えていた野良犬が戻ってき、ましてやにやついているので、同期生たちは荒らしに来たものだと思って不審がる。
そんな怪訝な視線をよそに洋瑛は悪友たちが座っている席に向かっていき、巻き糞の折り紙をテーブルにぽいと放り投げた。
「雪村、藤中。クリスマスプレゼントだ」
「は?」
雪村と藤中は巻き糞の折り紙を手にして眺め、眉をしかめる。
さらに洋瑛は菊田一味の中に紛れ込んでいる吉沢のもとに歩み寄っていく。
洋瑛が何か仕出かすかと思って菊田一味は息を呑んで警戒しており、片岡もギターを止めた。
隣のテーブルの女どもも、有島も、向こうで3人で1席になっている杏奈も、洋瑛の次の行動に目を見張っていた。
「ヨッシー。チビ圭。シチューを手伝ってくれてサンキューな」
そして、巻き糞の折り紙をテーブルに放り投げる。
「お礼にクリスマスプレゼントのウンコだ」
洋瑛はこらえきれなくなって笑い出し、けらけらと声を立てながら食堂から去っていく。
やっぱりそうか――。
と、同期生たちは洋瑛の奇行に眉をひそめてしまう。
しかしながら、吉沢が、手にした折り紙のできように吹いて笑ったので、同期生たちも良かれ悪かれつられて失笑し、変に和やかになってしまった。
『特殊保安群教育部教育課人事調査書』
(姓)軽部/Karube(名)圭吾/Keigo
現年齢:17
性別:M
血液型:O
所属:特殊保安群
階級:一等兵
配属:荒砂山専門兵学校
兵種:小銃手 サポーター
トランセンデンス:筋肉持久
トランセンデンスクラス:C
反乱危険レベル:1
身長166cm 体重67kg
思想:SG
性格:消極的
備考:戦闘能力に長短なく、資質も平均的、すべてが平凡である。優柔不断のきらいがあり。




