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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スフォルツァンドの章
12/58

03:水色リメンバー

『特殊保安群教育部教育課人事調査書』


(姓)穂積/Hozumi(名)安奈/Anna

 現年齢:16

 性別:F

 血液型:O

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:工兵 コラボレーター

 トランセンデンス:怪力

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:1

 身長152cm 体重45kg

 思想:平和主義的

 性格:鷹揚 情緒的

 備考:命令に従順である。戦闘においては積極性に欠ける。自己を抑制しすぎるきらいがある。






 洋瑛と吉沢と口論を中断させたのは、どこからともなく連続して聞こえてくるシャッター音であった。


「おはよう。リアカーなんて出してきて、何してるの?」


 洋瑛と吉沢が視線を向けると、穂積杏奈が一眼レフカメラを顔から下ろしてき、涙ほくろと屈託のない笑顔を見せてきた。


 杏奈が冬のまばゆい日差しを背後にしているのもあって、洋瑛ならず、吉沢までも見惚れてしまう。切り揃えた前髪の下、出来立ての饅頭のような笑顔である。有島が可憐であれば、杏奈は懐っこさだった。


「カピちゃん」


 などと洋瑛は声音をうわずらせる。有島にのぼせ上がっていたくせに、ここでは杏奈にのぼせ上がっている。


 もしも、彼の身に悲劇が降りかからなければ、洋瑛は女をとっかえひっかえするような節操のない男になっていたかもしれない。


「そうだ。穂積さん」


 と、吉沢は掌に拳を打った。


「近田くんがシチューの買い出しに出かけるって騒いでいるんだけど、穂積さんも手伝ってくれないかな。怪力のトランセンデンスだから35人分なんで朝飯前だよね?」


「おい! ヨッシーっ!」


 たちまち洋瑛は激怒した。


「そんなの駄目に決まってるだろう! いくら力持ちカピちゃんだからって、女の子にやってもらうわけいかねえだろうが!」


「別にいいよ」


 杏奈があっさりと言った。「でも」と、洋瑛は手を振ってあわてたが、杏奈は饅頭の笑顔で首を振る。


「どうせ、ふもとに下りて写真を撮ろうと思ってたんだ。手伝うよ。ね?」


 杏奈は瞼を細めながら首を横にかしぐ。その微笑みは花びらがふいたのに似ている。杏奈のこういう仕草は男どもをすっかりとりこにしてしまう。ただ、女どもは「ぶりっ子」と言って忌み嫌う。


 杏奈とともに寮をあとにした洋瑛と吉沢は、足取り軽やかに浮ついた。吉沢までそうだった。


 荒砂山の道は曲がりくねっている。大きな弧を描くのもあれば、鈎状の急カーブもある。


 山を下りて、木々と塀に囲われた広大な兵学校を横目にし、1本道をひたすら行く。


 洋瑛が「カピちゃんはいい」と意地を張っているので、リアカーの車輪を回しているのは洋瑛のみである。吉沢はリアカーに添って歩いているだけ、杏奈は引きも切らずにシャッター音を鳴らしている。


「穂積さん、何を撮っているの?」


「風景」


 枯れた田んぼと畑がどこまでも広がっている。集落が豆粒のように点在していて、柱と柱をつなぐ電線は、雲ひとつない空の下、そよ風にわずかながらに揺れている。


「風景か」


 そう呟きながら、吉沢は遠い目をして果てのなさそうな静けさを見つめた。


 1時間余をかけて駅近くのスーパーに到着する。寮母が金をくれなかったと不満を垂らしながら、洋瑛は自腹で大量の食材を買い込んでいく。


「じゃ、ここからは私が引いていくね」


「いや、大丈夫。俺が言い出したことは俺がやる」


 行商人のようにしてリアカーを引く洋瑛は、女の子に手伝わせるだなんて男がすたるなどと言って、杏奈に梶棒を握らせない。


「何のために付いてきてもらったんだよ。だったら、俺も手伝わないよ?」


「勝手にしやがれ」


 こんな田舎道でリアカーを引っ張っているものだから、軽トラックで通りがかった農家の夫婦が不思議がって声をかけてくる。


「あんたら、荒砂山の子かい? そんなもんで引っ張ってんなら、うしろに載せてけな」


 洋瑛は首を振った。


「僕たちは皆さんの税金でやらせてもらってます。ご迷惑はかけられません。ご厚意感謝します」


 折り目正しく返答した洋瑛の様子に、吉沢も杏奈も驚いた。が、洋瑛は、農家の軽トラックが去っていくと、今のは皮肉だ、と、言った。


「あいつらは軍からしこたま金を貰っている」


「バカだな」


 と、吉沢が呆れる。


「でも、近田くんらしい」


 と、杏奈は笑った。


 皮肉を垂らしたくせ、洋瑛はぜえぜえと息を荒らげ始めた。ときに車輪を路肩に落とし、ときに段差に乗り上げる。洋瑛はリアカーの態勢を整えるだけでも難渋するようになる。


「手伝おうか?」


 杏奈が訊ねてくるが、洋瑛は首を振って断る。吉沢が茶々を入れる。


「お言葉に甘えなよ」


「俺がカピちゃんに手伝わせたら台無しだろう? シチューを作って振る舞ってやったとしてもだな、カピちゃんに手伝わせたって知られれば、台無しじゃねえか」


「じゃあ、どうして俺には手伝わせようとしたんだよ」


「男だからだ」


「男の俺たちなんかより穂積さんのほうがあれだろ。男みたいなもん――。いや、今のは語弊があった。そういう意味で言ったんじゃないんだ、穂積さん」


「気にしてないから大丈夫」


 杏奈が微笑みかけると、吉沢は赤面しながらうつむく。しばらくは黙って歩いていたが、思い出したようにして、また、洋瑛を責め始める。


「ごちゃごちゃごちゃごちゃ。おい、ヨッシー。みっともねえと思わねえのかよ。カピちゃんの前でごちゃごちゃ」


「俺は現実的な意見を言っているだけだ。キミはただの精神論者だ。男とか女とか、まずはそんなものは兵学生には関係ないだろ」


「フン」


 洋瑛は重い荷物を引っ張りながらも鼻で笑う。


「ヨッシー。それは国防軍の考え方だな。自分たちのためならなんでもかんでも自分のものにしちまう国防軍の考え方だ」


 吉沢は唇を押し曲げ、洋瑛を睨みつける。しかし、吐息で怒りを抜くと、リアカーを後ろから押し始めた。


「自分勝手な近田くんにそんなこと言われたくないね」


 駅前から30分ほど引いてきたところで休憩する。


 砂利の敷地に並んでいる自販機で缶ジュースを買うと、吉沢と杏奈の分の小銭も投入し、あとは大の字になって寝転がった。寝転がったままペットボトルの水を飲み干した。


 ぼうっとして空を眺める。


 乾いた風が流れている。この季節の混じりない香りが洋瑛の鼻先をかすめていく。車の往来もなく、鳥のささやきも聞こえず、ただただ広大に果てない空間を全身で浴びるようにして、洋瑛は大の字でいる。


 日差しの注がれてくる音が聞こえてきそうな、昼中の静けさであった。


「ねえ、近田くん。どうしてみんなにシチューを作ろうって思ったの?」


 杏奈がホットココアをすすりながら訊ねてきた。洋瑛は再び空を眺めて考えてしまう。


(どうしてか――)


 有島にのぼせ上がったからである。しかし、無計画に準備を進めていくうちに、有島の喜ぶ顔が見たいという理由は、どこか、この空のようにして青く澄み渡っては広がっていってしまい、一種の使命のようなもの、一生懸命になるあまり、ただ単純にしてやりたいことになっていた。


 洋瑛は体を起こし、杏奈に笑みを浮かべる。


「ホワイトシチューって寮のメシで出ないじゃん。それに、ホワイトシチューはみんなで食ったほうがうまいから」


 屈託のない洋瑛の表情に、杏奈も吉沢も缶ジュースのふちを唇に添えたままになった。ぶりっ子と陰口を叩かれる杏奈も、口うるさい吉沢も、その生い立ち、その環境からして、実のところ繊細な感受性の持ち主であった。


 洋瑛は風のような笑みを浮かべている。飾り気のない、どこか奥深く、それでいて瞳は赤ん坊の目のごとく透明である。


「昔、おふくろがよく作ってくれたんだ」


 洋瑛は両親の話をしたがらない。しかし、鎖がほどけてしまっている今は、無意識のうちに、そして、自分の発言に対してなんの当惑もなかった。やろうと思ったきっかけはのぼせ上がりであったが、35人分のホワイトシチューを思いついたわけを――、洋瑛の心の奥底から湧いて出てきた感情を、杏奈と吉沢にただただ自然に教えてやった。


「チヅとユキとチビ圭は俺の幼なじみだけど、俺も入れて親がみんなSGだから、誰かのところの親が天進橋から帰ってこないときは、誰かの家に預けられていたんだ。たまに、俺のおふくろだけしか官舎に帰ってこないときがあって、そんときはあいつらみんなが俺の家に来た。ガキどもが集まったとき、おふくろは決まってホワイトシチューだった」


 洋瑛は腰を上げ、ペットボトルをゴミ箱に捨てる。


「まあ、ホワイトシチューしか作れねえ、能なしのおふくろだったけどな」


「それにしたって変わっているよ。35人分だなんて」


 そう言って吉沢は空き缶を捨てた。


「そんな俺とつるんでいるあんたもな」


 お互いに鼻で笑い捨てあうと、杏奈も笑っていた。




 荒砂山の坂道にかかると、結局は杏奈がリアカーを引いた。このままだと日暮れになってしまうと吉沢が洋瑛を強く責めたためであり、洋瑛も体力的にも薄々感づいていた。


 小さな杏奈が引っ張るリアカーはすいすいと坂道を登っていく。洋瑛の苦労が報われないぐらいの手際である。


 あっという間に山の中腹の白樺寮にたどり着くと、杏奈はカメラを首から下げたまま、


「よいしょ」


 けろりとした顔で玉ねぎ入りのダンボール箱を右腕に担ぎ、左手にはニンジンやら牛乳パックやらが入ったビニール袋を吊り下げた。洋瑛と吉沢はあわてて残りの食材を抱え込み、杏奈の金魚の糞のようにして付いていく。


 ただ、運の悪いことに、食堂では遅い昼食――休暇日の仕出し弁当をとっている同期生たちがちらほらとおり、さらに厄介なことに菊田とその手下たちであった。


「なんだよ、近田。明日のクリスマスイブに何か料理でもするのか」


 菊田が口端を歪めている。彼にすると野良犬が杏奈と吉沢も一緒にしていたのが気に入らない。


「カピちゃんに手伝わせて。みっともねえな」


 この点、洋瑛と同じ考えである。


 洋瑛はこういう事態を恐れていたわけで、菊田を睨みつけるぐらいしかできない。しかし、ドスン、と、杏奈が玉ねぎの箱をテーブルに叩き置いて、菊田たちの嘲笑をさえぎった。


「私はそんなに手伝ってないよ? それに近田くんはみんなの分を自腹で買って、みんなの分をずっと引っ張ってきたんだから。吉沢さんもだから手伝ってくれたんだよ。2人ともカッコ良かったんだから」


 洋瑛と吉沢はビニール袋を手に下げたまま口を開け広げた。2人ともが顔を真っ赤に染め上げる。


「じゃ、近田くん。明日楽しみにしてるね」


 杏奈がにこやかに立ち去っていき、菊田たちから嫉妬の視線を浴びるままに洋瑛は棒立ちする。吉沢がぼそっと言う。


「近田くん。俺は穂積さんだけは邪魔させてもらうからね」




『特殊保安群教育部教育課人事調査書』


(姓)吉沢/Yoshizawa(名)琥太郎/Kotaro

 現年齢:16 性別:M 血液型:O

 身長176cm 体重70kg


 所属:特殊保安群

 階級:上等兵

 配属:森姫山専門兵学校→荒砂山専門兵学校

 兵種:小銃手 サポーター

 

 トランセンデンス:絶対記憶

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:2

 性格:柔和


 備考:行動に不審な点があり、超法規的措置として落第とした。




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