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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スフォルツァンドの章
11/58

02:オールザメンバー

『特殊保安群教育部教育課人事調査書』


(姓)雪村/Yukimura(名)章介/Shosuke

 現年齢:17

 性別:M

 血液型:A

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:選抜射手 カバーアタッカー


 トランセンデンス:動体視力

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:1

 身長181cm 体重73kg

 思想:SG

 性格:冷静沈着 協調性あり

 備考:他人に分け隔てなく接する。キャプテンシーを持つ。統率力あり。訓練にも真面目に取り組む。






 この童貞は本来、己の感情に対してものすごく単純である。その単純性が導き出す虚無を恐れているので、心のうちを鎖でがんじがらめに縛りつけている。


 しかし、有島愛に向けられるのぼせ上がりの行く先を虚無ではないと彼のセンサーは感知した。


 すると、その目的意識はかつてないとんでもないところに向いた。


「クリスマスに35人分のホワイトシチューを作るからよ、ヨッシー、レシピを暗記しておいてくれ」


「35人分? 本気で言っているの?」


 吉沢が眉をしかめても、洋瑛は笑顔でうなずく。


 それまでは「無為なもの」に一生懸命であった。ところが発想が逆転されて、奇行と同じエネルギーでもって「有為なもの」に一生懸命になり始めた。


 何が無為で何が有為かは判然としないが。


 もっとも、洋瑛にすれば「喜び」は有為であったろう。


(有島の喜ぶ顔が見たい。全員分を作れば有島はすごく喜ぶはずだ)


 洋瑛が徹底してすさまじいところは、目的意識が「自分の喜び」ではなく「人の喜び」であるところだった。彼の中では自分の喜びなどはさしたるものでもなく――いわゆる自分の喜びは自分だけのものにしかならない無為なものであって、人の喜ぶ姿こそ目に見えて有為なものである。洋瑛にするとそれが自らの無為を覆い隠すための手段なのである。


 洋瑛は愚者に近い。しかし、聖者にも近いかもしれない。


 残念なのは直情的なのである。


(有島が喜んでくれれば俺も嬉しい)


 野良犬は駆けずり回った。


 寮母に厨房を貸してくれるよう掛け合い、厨房で調理道具をいちいち確認する。暗記してくれと命じたくせにレシピを凝視すれば、それに飽き足らず宿直室を訪ね、笹原少尉の立ち会いのもと、インターネットであらゆるホワイトシチューを研究するという入れ込みぶりである。


「ホワイトシチューを作る」


 とは、吉沢にしか伝えていない。


 雪村や藤中にも手伝わせるつもりでいる洋瑛は、彼らが逃亡するのを用心して秘匿している。しかし、野良犬が勇んで駆け回っているものだから、その行動は誰彼の目にも映っている。


「あいつ、何をするつもりだよ」


 と、同期生たちはその内容を知らない。寮母や笹原少尉は洋瑛に口止めされている。洋瑛の思いがけない献身性を微笑ましく見守っている。


 しかし、菊田雄大や山田真奈を筆頭にして、彼がまた奇行を始めたと疑い、


「クリスマスをぶち壊すつもりなんじゃないのか」


 とまで警戒した。


「近田」


 と、ある日の夕食どき、山田真奈が彫りの深い顔立ちで詰め寄っている。「ギョロ目」と洋瑛は言っているが、真奈の大きな瞳は野良犬の洋瑛に対峙するときだけ剥き出されているのであり、洋瑛が嫌うほど醜い容姿ではない。


「近田。なんだかこそこそやっているみたいだけど、何をする気?」


「何をする気って――」


 洋瑛はにやにやと笑っていた。笑いながら、ちらりと真奈の手下どもが座っている席を見やった。7人の女どもは野良犬に立ち向かうリーダーの姿を見守っている。その中には有島もいる。有島の眼差しはどちらかといえば、真奈と洋瑛がいつものように口喧嘩を始めるのではないかという不安である。


「何をする気か、それは秘密です」


 真奈は眉根をひそめる。洋瑛は普段、敬語で話さない。真奈は薄気味悪くなって二の句が告げず、洋瑛の食事をただただ眺めていたあと、ようやく言った。


「みんな、クリスマスを楽しみにしてるんだから、邪魔だけは絶対にしないでよ」


「オーケーオーケー。邪魔だけはしないよう心がけますよ」


 真奈は首をかしげながら自分のところの拠点に戻った。


 えらく上機嫌な洋瑛の様子を藤中と雪村は見つめる。


「近田は頭でも打ったんだべか」


「言い得て妙だ」


 と、洋瑛がわけのわからないことを言うので、悪友たちも不気味に感じた。


 洋瑛がいつものようにしてさっさと自室に帰ると、雪村はひそかに藤中と吉沢に言う。


「あんまり関わらないほうがいいぞ。クリスマスに何かするつもりだろうけど、あいつ、たぶん、俺たちを巻き込む気だ」


 飛び火を恐れているのは、雪村たちだけではない。


「チビけい


 もその一人である。


 幼なじみである。洋瑛の残忍な部分をもっとも知る少年であろう。


(ブラックスクロファを殺してスイッチが入ったのかな……。やだな……)


 いきいきとして冬の季節にある洋瑛の姿は、傍目から見て、圭吾にはあの怪物が蘇ったとしか思えなかった。


 圭吾は、昔、洋瑛がよく昆虫や小動物を傷めつけていたのを間近にしている。


「チビ圭。見つけてこい」


 と、洋瑛に命ぜられるのもしばしばであった。


 小川でのオタマジャクシ集めも手伝わされた。なぜ、オタマジャクシを集めているのか訊ねても答えてくれなかったが、そのころエアガンを持ち歩いていたので想像についた。


 空き缶を射撃の的にするだけでは飽き足らず、オタマジャクシをカエルになるまで育て、殺すためである。


 結局、オタマジャクシは干からびてカエルにならなかったが、次に洋瑛はエアガンを改造して殺傷能力を違法的に高め、野良犬、野良猫を田畑で追い掛け回し始めた。


「チビ圭。見つけてこい」 


 洋瑛は残忍の矛先を人間に向けてくることはなかったが、毎度グロテスクな光景に立ち会うのだから、圭吾は嫌々だった。それでも、圭吾が洋瑛の子分をやっていたのは、洋瑛のコバンザメをやっていればほかの同級生たちにいじめられなかったのがある。


 SGの卵、英雄が約束された圭吾は、やっかみからいじめられた時期があった。千鶴子や由紀恵が守ってくれたが、女のコバンザメをやっているわけにもいかず、洋瑛の残虐性を隠れ蓑にしたのである。


 ただし、洋瑛から見たら「チビ圭」である。チビだからというのではなく、圭吾には3つ上に圭一という兄がいるのだった。弟の圭吾は家族から親しみを込めて「チビ圭」と呼ばれていたのである。


 洋瑛はこれをある意味で勘違いし、圭吾を「チビ圭」として、弟分、あるいは子分にしていた。


 洋瑛が由紀恵と付き合うようになってから、洋瑛の残忍行為は鳴りをひそめたが、兵学校に入ると、藤中が洋瑛に賭博を教えてしまう。


 雪村も加わった3人は「勝ち負けの清算はSGになったときに」といういかがわしい絆をつむぐ。圭吾はむしり取られるのを恐れてならず者たちから遠ざかり、「ホモ野郎」の片岡と親しくなり、すると自然的に菊田の手下になっていたのだった。


 今、菊田一派の防波堤が洋瑛を近寄せないが、


(あれだけ張り切っているんだ。絶対に手伝わされる)


 圭吾は警戒した。


 関わらないように目も合わせないでいた。


 クリスマスイブの前日は全休日の日曜日で、圭吾は洋瑛の魔の手から逃れるために外出を計画する。朝食を終えると、その足で宿直室の田中教官のもとを訪ね、外出許可と外出時のGPS機器を受け取り、寮から逃げた。


「あれ? なんだよ。チビ圭は不在か。あいつどこにいんだ」


 圭吾の部屋に札がかかっているのを見た洋瑛は、吉沢琥太郎とともに雪村の部屋を訪ねる。雪村の部屋にも札がかかっている。藤中の部屋を訪ねる。藤中の部屋にも札がかかっている。


「なんだよ。まだメシでも食ってんのか」 


 洋瑛は吉沢とともに食堂棟にやって来る。全体行動から解放されているこの日は皆が思い思いの時間を過ごしているが、9時ともなれば朝食をとっている学生はいない。洋瑛が当てこんでいる連中の姿もない。


「ま、いいや。俺とヨッシーで行こうぜ」


「行こうぜってどこに?」


 吉沢は35人分のシチューを作るとしか聞かされていない。


「スーパーだよ。買い出しだよ」


「えっ? スーパーってこの辺に見当たらないけど、どこにあるの。駅前に行かないとないんじゃないの」


「すぐそこにあるよ」


 洋瑛は吉沢とともに宿直室を訪ねる。田中中尉にスーパーに買い出しに出かけたいからと伝える。すでにあらかじめ伝えている。GPS機器はすぐに渡される。


「教官」


 と、マッチ箱程度のGPSを受け取りながら吉沢は訊ねる。


「スーパーはこの辺りだとどこにあるんですか」


「駅前だ。森姫山と同じだ」


 洋瑛がすでに素知らぬ顔で踵を返そうとしており、吉沢は引き止めた。 


「ちょっと、近田くん。駅前だなんて片道1時間以上はかかるじゃないか。しかも35人分の買い出しだなんて無理に決まってるだろ。どうやって持ってくるんだよ。俺だってそんなこと聞いてないよ」


 すると、洋瑛は田中中尉をちらっと見やる。


「教官、車を……」


「自分たちでやれ」


 田中中尉は宿直室のドアを閉めた。


 ――。


 そのまま、田中中尉は耳をそばだてていた。廊下を行きながらの2人のやりとりを聞いていた。


「どうすんのさ、近田くん」


「リアカーがある」


「笑わせないでくれよ。誰かほかの人にも協力してもらえよ」


「あいつらが俺なんかに協力するわけないだろ」


「だったら俺も協力しないよ」


「俺はシチューが作りたいんだっ! 頼むよお。ヨッシー。手伝ってくれよお」


 田中中尉は机の前に腰掛け、マウスを動かしてカメラの映像をモニターに映し出す。


(吉沢とずいぶん仲がいいな)


 田中中尉は洋瑛が目覚めてしまうときを恐れているが、帰属意識の薄い洋瑛に友情の心でも芽生えてくれれば、一定の制御になるかもしれないとしている。


(しかし、吉沢はな……)


 モニターはロータリーを映し出している。


 リアカーを引いてきた洋瑛だが、吉沢は顔をしかめており、なかなかそこから動き出さずに揉めていた。吉沢が説教をしているという具合で、洋瑛がたまにわめいているという具合である。


 そこに穂積杏奈がやって来た。2人は揉め事をやめ、杏奈と話し始める。


 洋瑛が急ににやにやとし始める。


(こいつ、女にも容赦ないが、穂積は別か)


 田中中尉は杏奈に外出許可を出している。彼女は決まって毎週日曜日には外出する。といっても寮の外に出るだけで、写真を取っているだけである。


 少々の時間、3人は話していたあと、洋瑛がリアカーを引くとともに同じ方向に歩き出した。カメラをロータリーから門に切り替えると、3人は寮の外に出、坂道をくだっていった。


 リアカーを引いている洋瑛の姿に、田中中尉は笑ってしまう。


(そっくりだ)


 ふと、田中中尉もあの味を思い出した。カメラの映像をモニターから落とすと、携帯電話をいじくり始め、兵学校生時代の写真を眺めていった。





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