小さな魔法使いとジンギスカン 〜ほら、あーんして〜
ボクの家に少女が飛び込んできた。
その少女は今、びしょびしょに濡れている。
雨降りの夜、ボクは小さくなった彼女を服の中に入れてあげた。
これはお店で買い物を終えた後に彼女が巻き起こす物語。
「今夜はやっきにっく〜。」
という歌を楽しそうに歌っていた彼女が、今はムスっとしている。
彼女はボクの服の中でおとなしくしている。
しかし、なにかをぶつぶつ言ってるのがわかる。
きっと恥ずかしさを紛らわしているのだろう。
まぁこれはボクの勝手な想像に過ぎないんだけど。
きっとそうに違いない。
これで形勢逆転の兆しが見えるかもしれないからね。
ひひひ。
やったぜ!
これで今夜はボクの勝ちだ!
小さくなった彼女にどうやって仕返しをしてやろうか・・。
今の彼女は無力同然!
まぁ、何度もいうけどこれはボクの勝手な想像に過ぎないんだけどね。
ボクは家に着くと、すぐさま洗面台に駆け込んだ。
廊下にはボクの髪から滴り落ちた水が残された。
そんなことには目もくれずタオルを取り出し、彼女を優しく拭いてあげた。
いつもどおり自分を拭くような力だと、彼女にとっては強すぎるだろうから優しく拭いてあげた。
「・・・ふにゅ・・ふにゅ・・。」
ボクが頭を拭くたびに彼女が言う。
・・・面白い。
これは新たな遊びかもしれない。
ここでいっちょ遊んでみようか・・・。
いや、やめておこう。
いつものパターンだと、拭いているボクの腕が吹っ飛んだりしかねない。
今回はおとなしく彼女に仕えていよう。
柔らかいタオルで彼女の頭を包んであげる。
なんて可愛らしいんだ。
このチマチマした身体がボクの手の中でモゾモゾしている。
このまま手の中でギュってしてみたい・・・。
ボクはなんて幸せなんだろう・・・。
「ちょ、ちょっと!もぅいい!もういいよ!乾いたー!!」
小さいながらに訴える彼女。
恥ずかしさが限界を超えたのだろう。
「あ、ごめんごめん。ぼーっとしてたよ。」
「もー・・・。」
ほっぺを膨らます彼女。
・・・彼女の髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
彼女の髪の香りがわかる・・・。
甘くて心地よい香り。
なんだか懐かしいや。
個の香りは・・・以前どこかで嗅いだことがあるような・・。
ボクが中学生の時、そう・・・サッカーのリフティングに夢中になっているあの時。
近くでボクのリフティングを見ていた一人の少女・・。
その少女の名前はわからなかったんだよな・・・。
ボクの名前を教えただけで・・・そこからその少女とどうなったかは覚えていない。
ただ一つ覚えているのは、その少女はボクを熱心に見ていたということ。
それだけだ・・・。
ボクが昔を思い出していると、彼女は自分の手で髪をとかし始めた。
ボクの足元でせっせととかしている。
さらさらしていて綺麗な髪だ。
しかし・・・身体は小さくなるのに髪の長さはちょっとしか短くならないんだな・・・。
なんなんだ。
この中途半端な変身。
髪を引きずってるじゃないか。
これじゃあ不便だよな・・・。
せっかくの綺麗な髪が汚れてしまう。
「ねぇ、愛ちゃん。髪の毛邪魔じゃない?小さいときだけ縛ってみたら?似合うと思うよ。」
「・・・ふ、ふん。別に賢介くんの言いなりになんかならないもんね!」
この娘の気持ちはどっちなんだ。
好きだと言ったり否定したり。
まぁ最初にボクの家を爆破したときの言葉はフェイクだろうな。
あの破壊力・・・家中の家具が原型をとどめられないほどだ。
手加減はしていないくらいの火薬量。
窓ガラスだって全部割れちゃったし。
自宅崩壊、床下浸水、まさに爆弾テロ。
会ってスグに惚れて告白なんてありえないし。
いったいどういうつもりなんだろう。
とにかくボクも髪を拭こう。
風邪をこじらせちゃうのも面倒なことになるしね。
タオルがふわふわしていて気持ちよかった。
一度でいいからボクが小さくなって彼女に拭いてもらいたい。
そんなことを考えるのは変態でしょうか。
ボクらは髪を乾かし終えると、先ほど買ってきた焼肉と家庭用コンロを取り出した。
あっと、野菜を忘れるところだった。
きちんと野菜も食べないとね。
特に女の子は美容に気を使わなきゃならないね。
男としてそこらへんは気遣いしないと。
「愛ちゃんは・・・待ってていいよ。その身体じゃあ準備できないよね。」
ボクがそういうと彼女は何も言わずテーブルへチョコチョコと歩き出した。
さっきのことで怒ってるのだろうか。
妙に態度が冷たい気がする・・・。
そんなことを考えながら準備を進める。
野菜を手ごろの大きさにちぎって、コップと牛乳、そして食器を出し・・・岩塩は・・・やめとこう。
男の料理は野菜を包丁で切るなんてことはしない。
ただ豪快に指先で野菜たちをいたぶっていく・・・。
これが男の料理のあるべき姿ではなかろうか!
ひさびさのジンギスカンなのだから、変なことをして食事の雰囲気を崩すのはやめるのが得策だ。
お皿に野菜を盛りつけ、また別の皿にお肉を出す。
さて、準備ができたところで始めるとするか。
ボク台所から下準備のできた食材を食卓まで運ぶ。
いやまて、彼女が見当たらない・・・。
辺りを見回してみたが彼女はいなかった。
さては・・・と思いしゃがんでみると、案の定椅子の脚にしがみついていた。
今の彼女にとっては椅子でも凄く高いんだろうな。
仕方ない。
「乗りな、愛ちゃん。テーブルの上に乗せてあげるから。」
そう言って両手を彼女の前に差し出すボク。
「・・・ありがと。」
チョロチョロと手の平に乗り、ちょこんとボクの両手に座る彼女。
小さいときだけは可愛いなぁ。
この無力さがたまらない!
ちょっと力を入れただけで壊れてしまいそうだ・・・。
小さくても素直じゃないけどね。
ボクは腰を上げて彼女をテーブルの上に乗せた。
そこである事実に気がついた。
彼女にはコップがでか過ぎる・・・。
それに箸だって。
これじゃあコップに入れた飲み物を飲もうとした彼女が溺れちゃうよね。
どうしようか・・・。
あ、そうだ。
あれが使える。
え〜っと、薬を飲むときに使う小さなプラスチックのカップ。
ボクは台所までかすれた記憶をたどって探す。
確かあったはずなんだけど・・・。
「あ、あったあった!!これなら大丈夫だ!!」
「何があったの?」
「愛ちゃんが使うコップと爪楊枝だよ。これで牛乳が飲めるし、食事もできるね。」
「・・・優しいね。気を使ってくれたんだ?ふ〜ん・・・。」
ようやくまともに話しかけてくれた彼女。
機嫌がちょこっと直ったみたい。
二つのコップに牛乳を注ぐボク。
「あ・・・ぁ〜。」
彼女は牛乳を見るとちょっぴり嬉しそうに笑った。
実は楽しみだったんだろう。
牛乳を注ぎ終えると彼女は自分用のコップを両手で持った。
両手でやっと持てるくらいの大きさだ。
コクン、コクンと飲む彼女。
はぁ・・・幸せだ・・・。
悔しいけどやっぱり可愛い。
まるで小動物を飼っているような気分だ。
「なにヘラヘラしてんの。表情にしまりがないぞ。」
・・・言い返せない。
ボクは黙ってジンギスカンを焼き始めることにする。
彼女用には小さくして焼いてあげる。
ジュウジュウと音を立てて焼けていく羊様。
小さな焼けたお肉は彼女の小皿に、大きいお肉はボクに。
美味しく焼けてる。
久々のジンギスカンの味が口いっぱいに広がる。
羊様に感謝せねばなるまい。
こんなに幸せなひと時を羊様は与えてくれた。
涙で前が見えない。
ぐ・・・ぐす・・ぐす。
ちょっとオーバー過ぎたか・・。
ホントはそんなこと思ってないんだけど、動物愛護団体の方々が最近うるさくてさ。
このくらい言っておけば充分だろう。
彼女のほうをちらりと見るボク。
苦戦しているようだ。
爪楊枝が上手く使えないようだ。
「む〜・・・ぁぅ・・!!・・・みゅ!!・・にゃ!!!」
お肉を爪楊枝で刺して、何とか口に運ぼうとするがポロリと落ちてしまう。
相当食べるのに悪戦苦闘しているようだ。
いてもたってもいられずボクは口を開いた。
「愛ちゃん、食べにくかったらボクが食べさせてあげようか?」
「いらないっ!」
即答する彼女。
「ふ〜ん・・・それならいいけど・・。」
ボクは彼女のことを心配しつつ食べる。
ブスッ!
「・・・ぁ!!」
ポロリ。
横目で気にしながら食べる。
「・・・・むぅ・・ぅ・・と、と・・あ!!!!」
見ていられない。
何度も何度も挑戦するが、彼女は食べられない。
お肉が彼女を嫌がるようにポロポロと落ちていく。
「・・・賢介くん・・・お願い。」
機嫌が悪そうに彼女は言った。
ようやく観念したらしい。
ボクに助けを求めるとは・・・これはいいチャンスだ・・。
「ふ・・・仕方ないなぁ・・・。愛ちゃんは自分のことが自分で出来ないなんて。あ〜ぁ、めんどくさいめんどくさい。」
大げさに言ってみるボク。
「・・・むぅ。」
彼女の顔が曇り始めた。
だんだんと彼女の瞳が潤んできた様子をボクは気づくことがなく。
「まったく愛ちゃんは・・・。」
そう言い掛けると彼女がぽろぽろと泣き始めた。
「ひっく・・・だって・・・だって・・。」
あ・・・。
やりすぎたようだ。
こんなとき、どうする・・。
ちょっとからかってみようとしただけなのに・・・。
遊び半分でいじめてみただけなのに・・。
だけどここはボクが悪い。
謝るほかないよな・・。
「あの、ごめん。ちょっと言い過ぎたよ。ホントはそんなこと思ってないから、ね?」
「ひっく・・・ひっく・・。」
「ねぇ、ごめん。ボクが手伝うからさ。」
「・・・うん。」
コクンとうなずく彼女。
やれやれ。
やっと泣き止んでくれた。
女の子の涙ってのはどうしてこんなにも強力なのかね。
涙一粒で世界が救われるくらいの力を持っていそうだ。
ぅう・・・罪悪感でいっぱいだ。
そんなこんなで食事は終わり、いよいよ土曜日も終わりを告げようとしている。
常にクライマックスの一日だった。
濃縮還元で百パーセント以上なほど一日が濃い・・・。
かなりの疲労感でぐったりだ。
こんなんじゃあ「今夜は覚えてやがれ」ってな宣言が嘘になってしまう。
何とか軌道修正して体力を回復させなくては。
とりあえず自分の部屋まで戻ろう。
この少女も連れて部屋まで。
彼女を手の平に乗せて階段を上り自分の部屋に入った。
部屋に戻って布団を敷いて、身体を伸ばす。
「ふ〜・・・んん・・。あ、そうだ。牛乳の味はどうだった?初めてなんでしょ?」
「美味しかったよ。牛乳って白いから甘いかと思ってたけど、全然甘くなくてびっくりしちゃった。」
彼女はニコニコしながら答えた。
「あはは。それは残念だったね。なんなら砂糖でもいれちゃえば?」
「砂糖ってシュガーのこと?」
「シュ?・・・そ、そう。シュガーのことだよ。」
「入れたら甘くなるかなぁ?」
「なると思うよ。塩と間違えなければね。」
「間違えないよー。そんなの入れたらドロドロになっちゃうでしょ!」
ドロドロ?
なにを言ってるんだこの娘は。
「それ・・・塩じゃないと思うけど・・・。」
「えー!塩って入れるとドロドロになるんじゃないの〜!?」
「ならないよ・・・愛ちゃんの考えてるそれはどんなやつさ?」
「えぇと〜、白くて粉みたいな・・・。」
「それは多分・・・片栗粉だよ。」
「ひゃ!間違っちゃった!そんなの入れたら危険だったね!爆発しちゃうとこだった〜!!」
「え?爆発?・・・あぁ〜・・。はは・・・は・・。」
・・・中途半端に砂糖を片栗粉や火薬と勘違いしている。
もちろんその後、きちんと教えてあげましたよ。
お腹いっぱいになって、すっかり寝る時間になり、雨も降り終えた土曜日の午後。
ボクたちは手をつないで眠りにつきました。
もちろんボクの顔の上にはトラップが浮いているでしょう。