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夢の奥で  作者: 関根ゆい
12/21

弟と数学

 ♪~


 数年前にケータイを買ってもらった時から変わらない、初期設定のアラーム音が枕元でくぐもった音で鳴る。


 月曜日だ。

 今日は予備校が放課後にある日だ。

 なかなか開かない目を擦りながら、ベッドから降りて部屋を出る。


 昨日はそういえば、模試で疲れはて、早く寝落ちてしまっていたみたいだ。

 まだ疲れが少し取れず、脳みそが重い。

 いつコウヤが帰宅したのかも知らない。

 眠りにつく間際に、階下で両親が怒っている声が聞こえた気もする。


 食卓につくと、父親は新聞を読んでいて、母親はせっせと俺たち二人分のお弁当を詰めていた。

 いつもなら起きてくるはずの6時半になってもコウヤが階下に降りてこない。母親が俺に起こして来るように言うので、しょうがなく食べかけの茶碗を置いて上に上がる。


 「ゴホッ…ゲホゲホ…」

 部屋を開けた途端に、痰が絡んだような嫌な咳が聞こえてくる。

 コウヤが咳なんて珍しいな。

 数か月前に彼の中学校のクラスがインフルエンザで学級閉鎖したときはコウヤもかかったが、普段滅多に体調を崩さない。

 最近の朝夕の温度差にでもやられたか。


 「おい起きろ、遅刻するぞ。」


 ベッドの中を覗き込みながら、声をかける。

 少し心配で胸がバクバクしてくる。


 コウヤは眉をしかめた後、ゆっくり目を開けた。

 「兄ちゃん…」

 俺の方を見つめるその目は真っ赤に潤んでいた。


 朝ごはんを食べて歯磨きや洗顔を終わらすと、もう一度部屋に戻り、制服を着る。

 階下では母親がコウヤの学校に欠席の連絡をしているのが聞こえる。


 ベッドの下の段では、冷却シートをおでこに貼って、赤い頬をしたコウヤが静かに眠っている。

 あれから慌てて母親がコウヤの熱を測ったり、氷枕を持ってきたりしていた。

 いつもならちょっと母親が世話をするだけで「うるさい。大丈夫。」の一点張りなコウヤだが、ほとんどしゃべらず、されるがままに世話をされていたところを見ると、よほど苦しいのだろう。

 なんだか今回は酷く弱っているように見えた。


 着替え終わると、自分の学習机のところへ行き、教科書を用意する。隣にはコウヤの机がある。机に付属している本棚には、俺の中学の入学式の日に二人で写してもらった写真が飾ってある。もう4年以上昔の写真なのにコウヤはなぜかこれが気に入っていて、ずっと飾ってあるんだよな。

 机の下には、学校の鞄が蓋も閉めずに無造作にひろげてあった。中身は丸見えだ。


 (数学…?)

 その一番上には、淡い色の薄いテキストがあった。それは月刊の数学雑誌だった。

 せいぜいセンター試験でしか数学を使う予定のない文系の俺には無縁なものだが、友達で読んでいる奴はいるし、学校の図書館にはある。

 そうか、あいつがよくこっそり読んでいたのはこいつだったのか…。しかしなぜこっそり…?


 学校に行く前にもう一度コウヤの顔を覗いていく。

 起きる気配はない。苦しそうに胸が上下しているだけだ。

 近くでよく見ると、コウヤの顎やこめかみにはぽつぽつとニキビが赤く潤んでいた。知らなかった、いつの間にできたんだろう。


 いってきまーす…。

 家を出て、駅まで歩いていく。そして学校へいく。

 その間中、さっきの数学のテキストのことがなんとなく引っ掛かって、胸を離れなかった…。

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