ハーフタイム
そのうち女の子のキャラも出てくるようになります
本当に
本当に
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倉木一次、マリオ・マルコーニに続き最後に説明したのは大槌退だった。
木之本が想定する限りスタメン当確なのはこの三人だ。
法水は人差し指を立てて言った。「正しくは『スターティングメンバー』に『当選確実』でしょ?」
米長は足を組み直して言った。「細けぇこたぁいいんだよ」
字がうまいからとGKの堤がノートをとっている。法水は彼を書記と呼び始めている。
法水。「書記、今の発言は議事録に残しておくように」
米長。「だぁってろ」
木之本は手を挙げる。「あの、いいですか話続けて?」
法水。「ああそうだった。オオツチ・マカル君? 呼び方はマカルンで良い?」
木之本は無視して。「松山FCユースに所属しています。180センチ後半でしかも足が速いという特長がある。一年ほど前にサイドバックからセンターバックにポディションを移動し全国区の選手になりました。全国大会で八試合無失点という新記録に貢献しています。次のプレイを読むのが上手いクレイバーな選手です」
法水は首を横にふって。「違うちがう『ヴァ』だ。ちゃんと口の形を見ろ。clever」
木之本は無視して。「センターバックとして十年に一人の逸材とも言われています。将来を大いに期待されているでしょう」
米長は大ゴマを使って言った。「ぶっ潰す」
「反則的な守備力を持っています。選ばれるだろうと予想できるのは、それだけではなく青野監督の求める展開力もかねそなえているからです。ドリブルも上手く試合でボールロストしたことはほとんどない」
法水も大ゴマを使い。「ぶっ」
「中途半端に真似すんな」と米長。
前半戦を終え選手や大人たちがフィールドを離れ建物の中にはいる直前、シャッターが立て続けに切られた。
カメラのレンズに狙われているのは主に試合に出ている代表のメンバーだ。それに青野健太郎。彼が今のところこの中で一番の有名人である。
木之本は監督が言うことに返事をしながら足早に移動していた。
さきほどまで気にならなかったが少し寒い。両チームのベンチメンバーは前半途中に体を動かしていた。
半分が終わっただけなのにすでに体の内外が痛みだしている。いつもよりも負荷のあるゲームだ。
建物の中にはいる直前キャプテンに捕まった。試合にでている一人ひとりと話をしているようだ。直前に米長と短い会話(口喧嘩)をしていた。
すぐ隣を代表選手が引き上げて行く。
今回召集されたのは二十五人。ベンチに(物理的)にはいれなかった五人あまりのためにパイプ椅子が並べられていた。このゲームをほぼゼロ距離で見て出られないことは彼らにとって強いストレスになるだろう。
彼らは遠慮がちに法水を見ている。自分達の経験で彼の能力を測ろうとしていた。
そんなことはできないと木之本は思っている。この人の才能は特別だから。
法水は気にも留めていない。「理想に近い結果だ。本当の理想は前半で五点十点獲って息の根を止めることだがにぇ。それは幸運にすぎる」
「スコアレス」
「こっちがゲームを把握する前に点獲って連中の目を醒ましてしまうよりはいい。青野監督はどうするんだったかな?」
「中盤のつなぎはともかくシュートに関してはセンスですから、選手に考えさせるでしょう。監督は選手の自主性に重きをおく民主主義信仰者です」
「材料をいれたばかりの鍋をかき混ぜはしないと」
「内容自体は悪くないです。ゲームに乗れていない倉木さん以外に悪い点数はつけられない」
「……ひっこめるか?」
「それもこっちにとって良かれ悪かれですよね……」
法水が言うように、あの10番は短所にも長所にもなる。
「おみゃあも頭使うようになったんだにゃあ」
「誰かさんとつきあってれば誰だってそうなります」
木之本はゴーグルを押さえて言った。
「宮益さん?」
「バスケしてませんから」
「ああモトナウさんだった」
「伴です」
法水は右の手の平を上にしてこちらにむけた。
「……なんですか?」恐喝か?「試合中ですからお金は持ってませんよ」
「違うよ、これはこのゲームがまだ俺の掌の上ってじぇすちゃあ」
……監督がホワイトボードの前で指示を与え、出ている選手たちがユニフォームを着替え終えた。
ロッカールームの入口には郷原と監督が立っている。
彼らは口を出すのをやめ、選手たちに会話が始まるのを待っている。
法水は指を立てて言った。「最後のプレイで溜飲が下がった奴もいるだろう。しかしそれは間違いだ。ゲームは彼らのもので我々のものではない。そしてその傾向は後半からますます色濃くなるだろう。言葉をひとつ交わすごと、パスをひとつとおすごとに彼らは『寄せ集め』から『チーム』に成長を遂げる。恐らく倉木もギアをあげるだろう。なこたぁ」タモリ風。「分かっている。彼らの全開のパス回しは僕らの想像を超えるよ。口のpHが2になるくらい何度も言ってるけど個々の技術あっての連携プレイだ。『一流一流を知る』だからすぐに意志を統一させるはず」
この試合で木之本と黒髪の二人が二年生ながらドイスボランチを任されているのは、相手のパスコースを消す能力に長けているからだ。
ボールを頻繁に奪う派手さはないが、中央からの崩しを狙う代表相手に前半この二人の存在は有効だった。
しかしキャプテンの言うことを聞く限り、後半エンジンのかかった相手のパスを止めることはできなくなる……のか?
「で、対策はある」
佐伯藤政に与えられた背番号は6。これは自身が所属する名門広島スリーアローズジュニアユースでのそれと同じである。
このゲームでは三人で構成される中盤の底、アンカーとも呼称されるポディションにはいる。これもまたジュニアユースチームでのそれと同じ。
ディフェンスの際は相手の攻撃を遅らせあるいは奪う。攻撃の際はDFラインからFWまでボールをつなぐ。
他のポディションに比べれば知名度が高い選手は少ない、漫然と試合を観ていても良さが分かりにくい役割だ。
第一に細目、第二にしまりなく横に広がった口元が特徴。お前の顔面について他に語ることはないとよく言われる。似顔絵が描きやすいとも。
佐伯は自分を天才だとは思っていない。
サッカーについて他者に絶対負けないというステータスはひとつもない。ただ与えられた仕事をこなせるだけだ。
このチームにお呼びがかかろうと自惚れなど感じない。普段通り汚れ仕事を請け負うしかないということ。
味方を活かしチームを勝たせることに快さを見出せる選手であった。自分が活躍することに慾はない。
MFに向いた性格であるともいえる。だが目立たずコーチ達にアピールすることができない。
とことん玄人好みのプレイスタイルで、およそ三年後プロ契約を結ぶことは難しいかもしれない。
だからこそこのチームに生き残り自分の価値を見せつけなければならない。
佐伯はロッカールームで声をかけあうチームメイトを観察していた。試合に出ていた人間がアドレナリンと一緒に声を放っている。
まだ首魁を名乗り出るプレイヤーは現れないようだ。
技術的・戦術的な問題が提起されはしても、感情を現わして相手を倒し試合に勝つ心意気をチームメイトに伝えられるリーダーはここにはいない。
リーダーが出てこなくとも反逆者は現れる。
青野監督が口を開きかけたその時だった。
「くっそたりぃなマジで。誰かかわってくんないか?」
足を開いてベンチに座る鬼島結城がそう言った。
すべての人間が彼に注意した。そうせざるをえない。
鬼島結城は静岡の某公立中学校のサッカー部に所属している。
プロクラブの下部組織に所属する選手ばかりのこの代表チームにあって、中学の部活動でサッカーをしている彼は少数派に含まれていた。
鬼島はたとえばアカデミーの木之本とは対照的に不真面目な選手だった。練習中「面倒だ」、「疲れた」と周囲にこぼすような。
特にボールを使わないメニューは嫌っていた。勝利という結果は人並みに欲していたが、そのための厳しいトレーニングという過程を好いてはいなかったのだ。
それでも代表に選ばれるだけの才能はあった。
ピッチ上で鬼島が発揮する力量にはなんら疑いを持てないがしかし、性格には問題がある。
このまま呼び続けるべきか否かを確かめるため青野は試合に出場させている。
……鬼島という人間は自分の態度を表明することに気恥ずかしさを覚える。
鬼島は自分が出ている以上この試合を制しなければならないと思っている。
練習中やる気のなさをアピールしていても、その実勝利には人一倍貪欲なのだ。勝つためにはチームメイトを焚きつけることもする。
鬼島はただ一人の選手に話しかけていた。右斜め前でボトルを傾ける倉木一次に。
「ちったぁやる奴がいるって思ったが勘違いだったみたいでよ。倉木……俺が出るかお前が出るかだ」
倉木はボトルを口から離した。
「お前が本気でやれないんならこれ以上試合を続ける意味なんてねぇんだよ。監督もお前をクビにして別な奴試したほうがいいだろ違うか? てめぇはてめぇのチームで楽しくやってればいいんだよそうだろう『はいそうです』って言えよおい!」
倉木は眼を相手にむけた。
「……最悪の気分だよ。殺れる相手になんだよこんつまんねえ試合はよ。なんで誰も言わない? こいつがクソ寝みいサッカーしてっから勝てねんだよ。十人でやったほうがよっぽどだぞ」
倉木は立ち上がった。
「言えよ」と鬼島が急かす。
「知ってたよ……俺は甘いんだ」
事実甘かった。
彼は昨年、飛び級で昇格しガンズユース(高校年代のチーム)でプレイしている。まだ十四歳だった。そんな彼が本来同じ年代のチームでプレイしたらどうなるか。
いつも周りにいるのは貫録ある大人になりかけの先輩達、対して今のチームメイトも対戦相手も垢抜けない子供だ。
自分を見ることができない倉木は自分もそうであることに気づいていない。倉木は自分より一枚劣る年若い彼らに本気を出すことができなかった。彼の情がそれを許さなかった。青野監督に直訴してまで出たかった試合だというのに。
前半の倉木程度のプレイならば、スタメン組・ベンチ組問わず何人かの選手は再現することができる。
倉木が目立ったのは自分で攻撃を完結させたがったからだ。
鬼島の本心からの批難は倉木に届いた。
後半戦、倉木は自分の求めるものを少しずつ手に入れていく。
法水は言った。「愚直で確かな方法がな。なぁに簡単僕と米長が自陣にまで戻って守備ればいいんだよ」
メンバーの半分は安心のためか息をつき、もう半分は心の中で首をかしげた。木之本は後者の反応をしめす。
法水の作戦にはよく考えれば穴がある。
これまでこのチームは法水のプランに首を横に振ったことがない。それは彼が間違えなかったからだ。彼ほどサッカーを知り尽くした人間はいなかったからだ。
何より法水自身に実権をにぎる意思があり、そして能力もそなわっていた。
実力はゲームのスコアという分かりやすい形でしめされている。
ドアがノックされた。ゲームを進行するスタッフの顔。試合再開が近いと伝えにきたのだ。
「よっしともかく自分達のサッカーをしよう! 最適の健闘を」室内の全員が肩を組み。「行こう!」
声のそろった短いシャウトが廊下にまで聞こえてきた。




