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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
傾世
8/59

彼はまだもっていない

ようやく前半が終わります

 1(承前)



 それから十分余り代表が攻める時間が続いた。

 代表はパスサッカーを指向する。すべての選手の技術が向上しきってしまえばこうなるだろう。

 使っているのは足でもやっていることはバスケットやハンドボールとそう変わりがない。パスは速く正確。しかける前の段階でミスは発生しないのだ。



 印象的なのはこの攻撃のシーン。

 倉木はセンターバックのすぐ前までポディションを下げた。

 その倉木からセンターサークルの中のボランチへ浮き球のパス。

 その選手がスルーしもう一人の中盤の選手がボールをタッチ。

 木之本は体を寄せターンさせないことに成功した。だが横パス。

 ポディションを上げていたセンターバックの大槌。ただ速足で移動しているだけなのにかなりの迫力がある。

 左サイドに流れたFWにパスしようとしていた。が、コースをサイドバックが切っている。

 二番目の候補はすぐ横を走るサイドバック。

 そのサイドバックへパスがきた。彼は動き直したFWへ。

 この二人の連携で崩す……のではない。この髪がやたらくしゃくしゃのFWは一人で攻めきるつもりだ。ゴールまで二十メートル。

 カットインと思わせ縦へ。アカデミーのマークが一人遅れる。

 ゴールラインまで一直線に進んだ。DFが必死に追走。そこから左足でラストパスか?

 いやシュートだ。

 GKの堤がパンチング。ボールは無人のゴールエリアを転がり、アカデミーのDFが悠々とキープする。



 15番。

 プレイが途切れるたびに大きなリアクションをする少年だった。

 今は両の拳を腰のあたりでにぎりしめ、上をむいて意味のない言葉をだしている。憂さ晴らしは済んだのか自陣に引き返した。

 気質は攻撃的だ。それは眼を見ただけでもわかる。

 彼は縦にフルスピードで走り、体勢を変えずそのまま体の真横にむかってコントロールしたシュートを撃った。

 派手さはないが実用的で高度な技術である。

 これからは木之本以外のチームメイトも顔と名前を一致させるだろう。

 スペシャルなのは倉木だけではない。

 他の十人は必要な時にだけエゴイストになり、他の場面ではチームメイトの力を引き出す大人のプレイをみせていた。



 木之本は時計をなるべく見ないようにしている。

 試合中印象する時間は著しく減速するが、それでも前半はまもなく終わるとわかっていた。

 苦しい試合はこれまでに何度も経験している。

 スコアは動かない。

「ゼロ・ゼロで終わるのが理想に近い」と法水は前言していた。しかしこのまま何もできずにホイッスルをむかえたくはない。

 そしてなるべく悪い感情を持ったまま代表にはロッカールームに帰ってもらう。その感情はハーフタイムの十五分間続くのだから。これも法水の言だ。

 ベンチの前でプレイする左サイドバックの武井が監督の指示を伝える。「もっと前から」ボールを奪いに行け、と。

 米長は眉間にしわを寄せ怖い顔をつくり中盤でボールを追いかけた。その小細工は成功し代表はバックパス。センターバックにもどされる。

 とことんパスサッカーに特化したチームだ。少なくともこのメンバーにボールを持ってから味方を探す選手はいない。

 木之本は全方位に眼をむけ配置を咀嚼する。

 ここがリスクを侵す場面だ。狙いは相手の10番。

 倉木のポディションが低い。

 だがそれでもボールを受ければ右足左足を問わず正確に操作する。視野は広くどんな体勢からでもパスをとおす。前をむく。

 この選手にプレイさせるつもりはない。

 このチームはあえてマークの集まる(敵をひきつけた)倉木を司令塔の役割を負わせ、サイドへ展開させている。他のルートは多用されない。

 ゆえに、

 センターバックは高確率で倉木にパスを出す。

 やや離れた距離、DFがキックした直後に木之本は倉木の前に立つ。

 倉木がその力を発揮するのはボールに触れてから。

 それ以外の場面でなら木之本は彼に惑わされない。

 右のインサイドでボールをトラップ。

 ただちにすべての角度からプレッシャーが。

 相手ディフェンスのほぼ真横、右のタッチラインそばにいる法水、その右足へ左足でパス。

 遅れて倉木が木之本へ体を寄せてきた。

 法水は前だけを見ている。

 選手達が代表陣内に突撃。

 法水はタッチラインをトレースするラインでボールを走らせた。

 そのボールを護衛するかのようにマークする左側のDFに体をぶつけ並走する。そして引き離した。

 大槌がいつのまにか法水の前まで飛び出している。

 法水は勝負しない。すぐさまクロスボールをゴール前に。

 サイズのある大槌に近づかれていたら、体のどこかにぶつかっていただろう。

 つり出された形の大槌であったがしかし、やられたとは感じていない。

 相手の攻撃陣のなかで一番背が高いのは眼の前の法水。

 この距離からのハイクロスなど容易にはね返す。

 ボールは二人の味方と四人の敵の頭上を越えて、フリーの米長の元へ。エリアの角で待っている。

 トラップする時間はない。

 左足が地面に噛みつき、

 右足がしなる。



 木之本は横目に見ていた。

 珍しくベンチにいる郷原が試合中初めて腰を浮かせているのを。

 スクールマスターはすぐに座り直し、何事もなかったかのように澄ました顔に戻る。

 ボールはポストをかすめゲームから逃げていった。

 あの角度と距離でダイレクトボレーを枠内におさめられる選手はそう多くない。

 キーパーの手にとどかない位置を狙える選手となると、なお人数は限られるだろう。

 米長公義以外にそれができる選手は、もちろんこのピッチのなかにいる。



 マルコーニがゴールキックを蹴る直前、ホイッスルが二度続いて鳴った。

 前半終了。

 右手を高々と上げた法水は米長に近づいて言う。

「技あり二回であわせて一本?」


「今度ぁ柔道かよ」

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