リプレイ
現在中学生3-4高校生
11
後半26分。黒髪の得点から4分経過。米長の得点直後。
郷原と熊崎がトップ下の黒髪にもっと高い位置でボールを待つよう腕でしめす。
FWの米長に並ぶような位置になる。トップチームがもっとも注意する選手がもっとも警戒すべきエリアでボールを持つことになる。
黒髪とはより頻繁に言葉を交わす。同じプレイメイカー。パスを何本でも交換し合いディフェンスを崩す、その答えは同じだった。
しかし後半、両名のイメージが完全には一致していない。元々同じチームでプレイしていなかった。
時間がない。
次の機会を活かせなければ、郷原が言うところの『時間帯』は終わる。トップチームがゴール前を固めそのまま終わらせてしまうだろう。
相手選手の一人がディフェンスラインの前で何か喚いている。ここからでは内容が分からない。
「追いかけるな!」と米長が叫ぶ。
黒髪は走るのを止めふりかえった。
ボールが左サイドバックから左ウィングへ。染谷と菊池がはさみこもうとする。
「相手に攻めさせろ。奪ってカウンターだ」
うなずく黒髪。「どうします?」
「ゴールを狙え」
「はい!」
「俺が流れてスペースをつくる。お前が使え」
おそらく頭の問題だ、そう米長は思う。
発想でこいつに勝てる選手はこのピッチにはいないだろう。
敵・味方の配置をリアルタイムで読み取りそこから最適なパスルート・連携を選べる。
こいつの意図に自分が追いつきさえすればトップチームを崩せる。
法水がいない以上ペナルティエリア外からのミドルシュート・ロングシュートは厳しい。つまり狙いは。
シンプルにディフェンスラインの裏だ。
そこへどちらかあるいは両方が走るしかない。
今の米長はまるで狡猾な狼だ。得点に対する嗅覚は急速に発達し、FWの不在をまったく感じさせない。
笛が鳴る。
自軍エリアのすぐ前でファウル。U-15のボールだ。
すぐにプレースキック。
ボランチがドリブルでゲイン。
カウンターアタックが始まる。
トップチームはリトリート。
だがシュートを狙えるエリアまでは走らせない。
マークが体をいれる直前黒髪にパス。
黒髪は日比野へ。
日比野から黒髪。
黒髪がしかける。しかしマークは外れていない。
エリア内、覆いかぶさるように3人のDFが。
その時米長は自分がシュートを撃つシーンを幻視していた。
後半26分。黒髪の得点から4分経過。米長の得点直後。
U-15チームが3点目を決め、試合を再開しようとするまでの極短い時間、木暮が仲間に訴える。
「ゴール前ではマンマークだ! 怖いのは正面からの攻撃だけだ。コースを限定すればミドルを撃たれてもいい」GKの田島を信じろ。「サイドからいれられても跳ね返せる」体格差がある。「10番は確実なプレイだけを選んでいる。選択肢を消しさえすれば無難なプレイしかできなくなるはずだ。味方に任せるところはまかせていい」ボールを奪いに深追いしないで良い。「8番にはFWの仕事はできない。下がっても喰いつきすぎるな」つくられたスペースに走りこまれると厄介だ。「ボールを失った時は前を向かせるな。ボールの近くに集まっていればプレッシャーもかけやすいはずだ。相手陣内でプレイする。前に残ってる二人は足が速くない。ラインは上げていい。あっちにカウンターはない」
ゲームが再開しても木暮はまだ口を動かしている。「黒髪は基本パサーだ。一人なら怖い選手じゃない。他をマークしていてもあいつが何をするかよく見ていろ。法水と違って想像以上のプレイはない」
トップチームがパスを回す。
木暮がボールをさばき横にいる選手にパスを送る。まだ言葉は続く。
「いいか、リードしているのはこっちだ! 相手に押し上げる気力はない」
その木暮の前で木之本が発破をかけた。「1点差です! 絶対逆転できます!」
ボールを追いながら、年上のチームメイトはそのセリフに励まされていた。彼らは木暮のように理論に頼っていない。追いかける側の優位がここにはある。
とはいえボールを奪わないことには始まらない。
木暮の意図した通り、ボールホルダーの周りにトップチームの選手が集まっている。ボールが動けばそれに従い構成される多角形が移動した。
U-15はマンマーク気味に守っている。
混戦の中一瞬の隙。
その時ボールを持っていたのはやはり木暮。
かねてから育てあげた得点本能が作動する。
作動してしまう。
ドリブルからのミドルシュートが撃てるコース。つくられた罠。
つっかけた瞬間死角から木之本が飛び出す。
木暮が倒れそのままボールを抱える。笛は鳴るがしかしファウルを犯したのは木暮のほうだ。主審を欺く行為。木暮と木之本に接触はなかった。
「マイボール!」ベンチが叫んでいた。
木之本が木暮からボールを奪いセット(渡してしまった、と木暮)。すぐにキック。
パスをもらった染谷がインステップでドリブル。
マークは不在。
独走を許された。途中出場でまだ体力がある選手。
カウンター? しかし後方には人数をそろえてある。
中央に3人のDF、黒髪と米長をマーク。
右サイドに日比野とトップチームのMF。
ハーフウェーラインをまたぐ。近いところにいたFWが染谷に追いつく。
染谷から黒髪に。
黒髪→日比野。あえて緩いパス(黒髪はDFの間にはいる)。
ディフェンスを日比野に喰いつかせるためだ。が
守る3人のうち、3人とも黒髪から眼を離れなかった。
日比野→黒髪。速いパス。
トラップ即シュート。それが黒髪の狙い。
しかしすべての可能性を奪われた。シュートコースは消され襲いかかられる。
再び反転しDFから離れる。黒髪が逃れ、
味方にスイッチ。米長が挑む。
二人のDFが静止する。
最後の一人が追いすがる。
シュートの直前そのDFが後退を止め、距離を詰めた。
米長は左にステップ。
バランスを崩したところ、真横からスライディングを浴びせられた。
米長公義は倒れない。
前かがみになるがボールのすぐ横に左手を置き堪える。
角度がない。撃ちやすい右に持ちかえることはできない。
キーパーが近づいてきた……。
木暮靖彦はその日のうちにゲームをヴィデオで見返している。
……あれは試合終了の4分前、U-15最後のチャンスだった。
黒髪はゴール前でチャレンジしなかった。リンクマンとしては一流であっても純粋なアタッカーとしてはそうでもない。
混戦のなかからするすると抜け出すスキルはあってもゴール前で3人を相手に真っ向勝負ができる力はない。
『黒髪は確実なプレイを選ぶ』という直前の読みは当たっていたのだ。だから誠実はボールを失うリスクを恐れゴールから離れる方向にドリブルした。
しかし米長だ。
米長なら決して逃げることはない。
ボール奪取に長けた米長がそこにいるのなら、味方の誠実からボールを奪いとることは予想できた。
黒髪は反転・加速しボールを自分と米長との間に設置した。
強奪ではなく転換。
米長が黒髪からボールを奪っていたら、そのタイムロスをトップチームのDFは見逃さなかった。
誠実→米長のスイッチが成功したからこそ2人のDFを置き去りにすることができたのだ。
想像すればこんなところ。全速力で背中を見せ逃げだしたドリブラーが次の瞬間同じスピードで自分を抜きにかかっている(しかも背後の視界を確保して)。
どんなクイックネスを持つ選手にもできないことをこの2人は即興のコンビネーションで実現してみせた。
最後に残ったDFの依田がスライディングで止め(かなりギャンブルなプレイだった)、シュートは不十分な体勢のまま実行された。力のないそれはサイドネットに外れた。あとはトップチームが残り少ない時間、試合をフリーズさせるだけ。
だがそのあとも米長は戦うことを放棄しなかった。
……ボールが動いている限り考えるのは試合のことだけだ。余計な思考に溺れることはない。法水のことからも父親のことからも離れていられる。
もう一度ボールに触れた時だ。何もかもを変えてやろう。すべての人間を驚かせてやる。
10分あればイケる。まだアディショナルタイム……いやワンプレイでいい。
もう少しだけ走ろう。
この場所ではすべての動作に意味を見出せる。
すべての言葉が記憶に残る。
米長は前方に右腕を上げ味方を呼ぶ。
「俺に寄こせ!」
直後、




