交錯
現在中学生1-4高校生
7
このピッチ内に兄以上の選手はいない。
兄はより勤勉で、より良く、より速く、より強かった。
それなら焦る必要はない。落ち着こう。
ポディションは一番自分が活きるトップ下。ここでゴールを狙う。
もしこのチームに兄がいれば。そう考えてしまった。
きっと相手に大量のリードを許してしまうような今のような展開は許さなかったはず。
……本当は誠実にも分かっているのだ。
自分の兄に自分やチームメイトらほどの才能がないことを。
黒髪名義もアカデミーのテストを受けているが、最初のテストすらパスできなかった。高校サッカーの強豪チームでプレイし海外留学が認められるほどの実力があったとしても、今後自分や姉と同じステージに立つことはきっとなかっただろう。
それでも自分にとってのアイドルであることには変わりない。
後半21分。トップチームの追加点から1分後。
U-15チームが前へ出る。
ディフェンスブロックの外でボールを回す時間はない。
下がった米長が怒りをこめたようなミドルシュート。際どいコースへ飛んだ。トップチームのGKはキャッチせずセーフティに外へ弾く。コーナーだ。
米長は時間を気にする。ここでなんとかしなければ。
ハーフタイムに郷原が口にしていた。
「相手をビビらせたいなら曖昧なゴールじゃだめだ。微妙な判定のPKとか、あからさまなミスからの得点よりも、流れのなかからのちゃんとしたゴールのほうが相手の心を折ることになるよ」
この際そんな贅沢はいってられない。
このセットプレイでやるしかない。
コーナーエリアに駆けそうになった米長だが、そう、今はあわせるハイタワーがいない。法水がこのピッチにはいない。180センチの木之本はファーにおくとして。
トップチームの監督が「全員で守れ」と叫ぶ。ここをやりすごせば中学生たちの気力は完全に折れる。
ゴールポストに木暮靖彦は左手で触れた。誰かをマークするのではなくGKのサポート、シュートが飛んでくればゴールライン手前でボールをかき出すことになる。
いつものキッカーである米長ではなく右サイドバックの菊池がボールの前に立つ。右足ではいってくるボールを蹴ってくる。田島が「米長チェック!」と叫ぶ。
シンプルにゴール前に。(木之本はファーサイドへ逃げている)。
ニアサイド、身長のない米長にボールが。
米長はコーナーにむかい走っていた。頭で角度を変える。ボールがニアにいる選手をすり抜け木暮にむかってきた。
(木暮の正面に選手が)、黒髪だ。
ボールまでのディスタンスは同じ。黒髪は小さくジャンプしている。
ボールは木暮の胸の高さで飛ぶ。
あとは振りの速さ。木暮の右足と黒髪の左足。
二本の足が飛び交う。木暮の右足にボールの感触は残らなかった。
黒髪はゼロ距離のシュートを決めた直後、なんの感動も見せずボールを抱え移動する。郷原の託したプランを完遂するつもりだった。イレヴンの誰よりも本気だったのはこの少年だ。
米長が大きく口を開き手を叩く。鼓舞しながら自陣に引き返す。
4対2。トップチームはおそらく5分もせずに立て直してくるだろうと郷原は読んでいた。ハーフタイムに長めの時間を申告したのは年少のチームの気力を萎えさせたくなかったからだ。
それでも、リスクを侵し戦い続けることができれば、しばらく彼らの時間になる。




