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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
繚乱
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かつていたところ



 山と盛られたサラダが二皿。テーブルの上にはドレッシングと箸が二膳。

 並んで座る二人の少年は、申し合せたように同時に料理にとりかかった。

 瞬く間に空になった皿を持ち、二人は無言で次の食べ物を獲るため席から離れた。法水と米長の両名はアカデミーの生徒の中でも有名人だったため、自然と視線が集まっている。

 食べ盛りの年齢であることを考慮しても多すぎる量の料理を持ち帰り(食べることでも競い合っているのだ)、二人は話を始める。

「それにしても(たぎ)るね」と法水。


「勝算はあるのか?」と米長。


法水は胸に人差し指をあて。「僕が、試合に、でることだよ」


「……やっぱ頭おかしいわ」


「なぁにが? 代表がおでましになろうとぼっくんがちょいと気張ればこうよ」

 法水は人差し指で喉を掻っ切る仕草。


「対戦相手の情報は?」


「全然全然」


「青野……だっけ? 代表の監督の戦術は詳しいのか?」


「ニェート。露ほども」


「ならなぜ試合を望んだ?」


「だって代表。代表。代表だ」

 そう言うと法水は、また夢中で目の前の料理に格闘し始めた。大食いではあるが意外と作法はなっている。


 この国で最高の権威を持つサッカーチーム、それはクラブではなくナショナルチームなのだ。そんなことは誰だって知っている。

 殊育成年代において代表に選ばれ試合で活躍することは選手にとって大きい意味を持つ。プロクラブの人間の眼に留まりやすくなり契約を結ぶことにつながる。

「ま、お祭りは準備している時が一番楽しいってね? 予告編より面白い映画なんて滅多にないし」


「何言ってんだよ急に。怖気づいたいのか?」と米長。周囲の生徒らも無言で法水にツッコむ。


「全身全霊するけど必ず勝つたぁ言えないよ。どんないい選手だっていい監督だってそうなんだ」


「そりゃ確実に勝つ方法だなんてない……」


「でも試合中やる気をなくす奴がいるかもしれない。仲間同士で喧嘩になって勝負以前の問題になるかも。あるいは試合の前に体調を崩すとか、それとも弱点をうまく突かれるかも。全力を尽くせないまま負けるほうが僕は怖いよ」


「やる前から負ける時のこたぁ考えたくねぇ」


「いつだってアクセル踏みこんでないと本気の走り方忘れちゃう。さっき代表のことを知らない云々ぬかしてたね?」


「ああ」


「普段俺らがやってることが最善だよ。あのメソッドこそが最高のサッカーだ。でもまぁ、ある程度ネタは仕入れたいかな」

 先に食べ終わった法水が立ちあがる。むかいの席で木之本が木暮と話をしていた。身長は四学年下の木之本のほうが10センチ高い。

 木暮の背が低いのではなく木之本が高すぎるのだ。

法水はなよなかな動きで二人の前に座り。「ごおめんあそばせお邪魔させてもらおうかしらぁん?」


「変な奴がきた」と木暮。


 木之本は木暮のほうを向いて。「ご存じですか? 法水好介さんですよ」


「こんなキャラ立った奴を知らないとでも思ってたのか」


「さっきからいちゃいちゃと何話してんの」と法水。


 木暮はもう眠いのか眼を細くし、テーブルに頬杖をしていた。「この子があんまりサッカー詳しいからクイズ出してたんだ」


 法水は木之本を見て。「いおおおおおあうだっけ?」


 木之本は大口を開けて。「なんで母音だけで記憶してるんですか? 木之本伴です。ていうか『お』が続くんですね僕の名前」


「キックインが試験採用された大会は?」


「また質問攻めですか? 93年のU-17世界選手権です」


「ジャン=マルク・ボスマンは何人?」


「ベルギー人です」


「前半のうちに3点のリードをなくしたのは?」


「多分浦和です。2003年だったかな」


「『なんでサッカーを始めたかと言われれば』」


「『そこにサッカーがあったからかな』」


 木暮が口をはさむ。「ね、凄いでしょ?」


「俺より目立つなんて許されざるよ」


「さっきからお話されてましたよね、米長さんと」


 その米長が振り返る。食後の二杯目の茶を飲んでいた。

「わざわざ話すことじゃないぞ」と彼は法水に釘を刺す。


「わざわざ隠すことでなしに。聞いてよ木之本くぅん。僕らそりゃ強い奴らと試合うことになったんだ」


「そうなんですか?」と木之本。


「それはもう最上のゲームさ。準備をしっかりして祭りに備えないと。相手とドンパチできる戦力はそろっているけんど、それでも前言どおり全力を出しきれないで試合終了ってなるのが最悪じゃけ」


米長はやや苦しい顔で。「それはそうだが……」


「だからこの私法水好介が広く人に意見を求めようというのだ。木之本君。君ならどうする? これからとんでもない連中と試合をすることになる。エキサイティンでガチなゲームを演じることになる。君はならどうするとや?」


 ……空気が変わったな、と法水。

 こんな顔をするのか、と米長。

「勝ちますよ」と木之本は前を見て答えた。


「それは前提だろ」と木暮。


「誰にも負けたくないからこうやって毎日練習しているんです。相手が走れない時間に走れるようになるため。勝負事っていうのは本質的に汚いんです。相手の長所を封じてこちらのいいところだけが出るようにするものです。そうでしょう?」


「そう思うよ」と法水。


「しっかり分析して備えるべきです。それは監督がしてくれるんでしょうけれど」


「んー今回の件については難しいかもね。それについては一任されちゃったし、ついでに相手が(代表のメンバーが)まだ決まってないから」

 木之本は頭を傾げる。相手が決まっていないのに『強い奴』。なぜそう言い切れる?

 法水が食堂から退出しようとした後輩の一人を引き留めた。黒髪誠実(通称セイジ/クロ)だ。

「カマンジョイナス、ミスター黒髪。一緒に悪巧みしようぞ」

 誠実はターンして、何も言わずテーブルにやってきた。

 こいつが14歳以下のチームの中心選手か、と木暮は気づく。大人しそうな顔をしている。

「もしね、仮にね、一応ね、想像上の話なんだけどさ。これは勝てない相手だなって思ったらどうする? 誠実は」


「別に。ありえませんから」


「ふふんふ。ありえない?」


「僕の兄よりサッカーがうまい人なんていませんよ」


「……話に聞く名義お義兄さんか」


 米長は耳にしたことを思い出す。黒髪怜悧・誠実姉弟の兄が1年前に海外で行方不明になった、と。

 誠実は続けて述べた。「兄より下手な人と試合をしても負ける気なんてしません」


 やはり見込みがあるな、と法水は考える。木之本とは対照的に平静な人格の持ち主。自分の師匠ともいえる4歳上の兄に最上の地位をあたえることで、対戦相手のレヴェルがいかに高かろうと精神的な負荷なく自分のサッカーを遂行できる。

 黒髪誠実のサッカー、それを法水は知っている。あれは無類だ。

「木之本、黒髪」と法水。


「はい」と黒髪。


「なんです?」と木之本。


「僕はひろみっちゃんに顔がきくから特別に参加してもらおっかな。僕らのチームにさ。大丈夫(だいじょば)ないことはないと思うし」二重否定。


 米長が怒って。「わざわざ今レギュラーの奴を外すのか?」


「高校からはどうせ実力差でトップかチャレンジで振りわけられることになるだろ? 分かってないな。僕らは代表と戦うんだよ」


木之本は小さな声でつぶやく。「代表?」


 米長が法水を蔑んだ眼で見る。「人攫い」


「チーム内に競争がなくちゃ駄目(だみ)だ」法水は立ち上がり部屋の中にいるチームメイトを呼び寄せた。「したらば早速」


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