決壊
中学生1-3高校生
5(承前)
黒髪誠実はみっつのポディションをこなせる。
ボランチ、トップ下、それに(センターフォワードにより近い位置でプレイする)セカンドトップ。
数分前から郷原の指示により低い位置でプレイしている。ロングパスはないがそれでも堅実なつなぎで相手のプレッシャーをかわす。
プレッシャーをものともしない軽い身のこなし。しかしこの選手が上がれないのでは得点の匂いがしない。
両チームがチャンスをつくりゴールが生まれそうな流れ。
しかし早い時間にU-15チームが点を獲ればトップは再び士気を上げるだろう。法水がいなくなったことで現状下がっている士気が。
今打ち合いになって不利になるのは実は中学生たちのほうだ。
ならばあえて黒髪をぎりぎりまで元のボランチに戻し、試合を落ち着かせることにした。
3分後、残り時間が十数分になったらトップ下に戻す。10分とアディショナルタイムがあれば『事』は起こせる。
チャンスをつくりだせたことでUー15に焦りの色はない。
右に寄った米長が浮いたボールを押さえる。センターバックがつきまといゴールから遠ざける。
米長の横を日比野が走った。ボールは米長から日比野、日比野から米長。
90度、反時計回りに日比野が走っている。
ダイレクトで米長→日比野。そこからのショートクロスはDFがヘディングでクリアする。
トップのDFはそこからつなげられずルーズボールを黒髪がひろった。ドリブルで前に。
一度下がったDFラインが上がった瞬間ルックアップすらせずに、
①ミドルシュートではなく、
②さらに危険なレンジにまでドリブルするのではなく、
③10時の方向にいるサイドバックの武井を使うのではなく、
④ラインを破る動きをみせた米長を使う。浮き球のラストパス。
センターフォワードとして米長には高さがない。スピードがない。数少ない長所は味方のパスにあわせる動きの良さ。
田島と一対一になったが近すぎる。シュートでは体のどこかにぶつかるだろう。
米長は田島の頭上を越すキック。わずかにゴールから逸れる角度。
上がっていた柳が頭で狙う。も、相手DFが進路先に体をいれた。
ボールはラインを割りトップチームのゴールキックとなる。
木之本が前方にむかい大声を出す。「連携で崩しましょう! 迷っちゃいけません! 人数をかければまだ点は獲れます!」
米長はその言葉に内心うなずいた。人数をかけパスワークで攻撃する。確実さが欲しい。
どうせチャンスを積み重ねなければ2点差は覆せない。年下のボランチが言ったことは正しい。
木暮は木之本の緊張が解けていることに気がついた。
他のチームメイトより年下のこの選手が一番声をあげ味方に指示を出している。生真面目で負けん気が強い。将来リーダーになれるかもしれない。
だが今は勝てない。木之本が将来プロになれるほどの選手だとしても、4年分の差は決して埋めることはできない。
郷原は柳を呼び寄せた。再び黒髪をトップ下にすえたポディションに変更するため。
誠実は思った以上に成長していた。彼がチームの主人であって構わない。トップが彼に驚くのはむしろこれからだ。
ボールを他の選手から木暮に収束させるトップ。
ボールを黒髪から他の選手に発散させるU-15。
いうなればチーム木暮対チーム黒髪。
トップが個人の能力で守りきれる以上、U-15が連携に頼るのは当たり前だ。
その『当たり前』も口にしなければ米長は止められない。前半法水の個人技が輝いていただけに、もう一人のエース足る米長もそういうプレイに走りかねなかった。
黒髪が高い位置にもどって1分と経過していない。
木暮がDFラインにまで下がりボール回しに加わる。
それを追い回す米長と黒髪。体力的に問題はないがリードされているだけに苦痛がある。
右ウィングがハーフウェーライン手前まで下がりボールを受けにきた(武井が追いかけている)。DFラインからボールが出る。
右ウィングは罠。その頭上をはるかに越えサイドに流れたセンターフォワードが狙い。ポストプレイ?
二人の敵にはさまれつつもはるかに上回るFWがヘディングで後方にそらす。
サイドバックがそのスペースにいる。ダイレクトでクロス。
センターバックと競争する左のウィングは囮。本命はいつだってこの男だ。
ピッチの縦半分を走ってボールを追いかけた木暮靖彦。筋肉はまだ自由が利く。
トラップ。
カットインから右足で巻いたシュートを撃てば決められる。
木之本がケア。
先にしかけたのは木之本だった。
(シュートを狙おうとする)木暮の右足からボールを奪いにいく。
それを見て木暮は左斜め前へドリブル。振り切ったか?
いや、ディフェンスフェイントだ。
とりにいくとみせかけ反転し木暮をぴたりと追尾。
木暮のボールが離れないドリブル。とりかえすことはできない。
ペナルティエリアよりわずかに外。木之本は相手を倒しても構わない。
味方は間に合わない。左足でシュートを撃っても楽々ブロックされる。死路だ。
しかし木暮靖彦は本物だった。
ゴールラインにむかったあとストップ反転、木之本のマークを外し、ゴールから離れながら左足の後ろから右足を通しラストパス。ラボーナ。
飛びこんだFWが頭であわせた。
誰もが動けなかった。止まった時間のなかボールだけがゴールネットの内側で弾んでいる。
ついに、ついに試合が動いた。動いてしまった。
トップチームがリードをさらに広げるゴール。
4対1。絶望的な3点差。
GK堤がボールを投げる。
すぐに黒髪が拾い上げた。
10番がボールをもって走る。ピッチ上最年少の彼が折れていない。その動きにチームメイトはゆさぶられる。全員がついていく。
センターマークにセット。
もうゴールするしかない。
ゴールしか見えない。
……木暮にとってシュートを決めることは目的ではない。目的は常に勝つこと。
ゴール前でのファーストチョイスがシュートであることが多くなったというだけだ。
味方を信じ味方が動いてくれれば以前のようにアシストを狙うこともできる。




