チョイス
現在中学生1-3高校生
5(承前)
さきほどのシュートで気を良くしたのか、柳は色気を出し始めた。
ハーフウェーライン近辺でボールを奪うとゴールに向かいドリブルを敢行する。
DFは追いすがるので精一杯。(その柳を米長と黒髪が並走する)。
そのまま柳が今度はファーを狙ったシュート。いやパスか?
ボールは黒髪の足元に。スルー?
いやボールに触れてシュートの軌道を変え
るのではない、ボールを追いこし右踵で落とした。追いかけてきた木之本が叩く。
ボランチの斜め後方からのスライディングは遅かった。砲撃のようなシュートはクロスバーの上部に当たり、ゴールのフレームをきしませる。ボールは外へ。
木之本は頭を下げ、米長は手を叩きシュートに至ったプレイを褒めた。そして黒髪は黙って相手のゴールキックにそなえポディションを下げる。
木暮靖彦は内心頭を傾げていた。
このシーン、黒髪にはゴールに直結するみっつの選択肢が保障されていた。
①柳のシュートをスルーし米長に任せる。
②柳のシュートの威力を利用しGKの逆をつくプッシュ。
③低いボールをヒールでコントロールし木之本にミドルシュートを撃たせる。
実際には③が採用されたわけだ。黒髪はボールがくる瞬間まで悩むことができた。①はDFにカットされ、②はDFにシュートコースが塞がれている。それが分かったから最適解たる(そしてもっとも難しい)③を選んだ……のか?
深読みのしすぎかもしれない。たまたま攻撃がうまくいっただけで。
シュートを外した木之本には分かる。
黒髪がゴール前でみせたプレイは彼にとって特別なものではない。練習や試合でよくみせる、彼のサッカーにおける知性を十分に発揮させたプレイ。
黒髪の最良はアタッキングサードでチャンスをむかえた時、かつ複数の敵と複数の味方が近い距離にいる時発揮される。
彼ほどの選手ならばボールを足であつかっていると捉えてはいけない。彼のプレイスタイルはバスケットボールのポイントガードに近い。
まずドリブルでボールを失わない。幼少時より両足でボールをあつかっていたため、並のプレイヤーより選択肢が2倍あるといってもよい。
そして視野が広い。敵と味方の位置を完璧に把握できる。
彼の特長は最後の瞬間までプレイを変更することができること。
シュートからパスへ。ロングパスからショートパスへ。パスからドリブルへ。
木暮の懸念はあたっていたのだ。
黒髪誠実をたった一人の選手として鑑定すれば、その評価は一流にとどまっただろう。
だが誠実の周りに彼をサポートする選手をそろえることができれば、彼は一流をさらに超えた選手になれる。さして足が速くもなく頑丈でもないこの少年が輝くためには、頼れるチームメイトが必要だった。
そして相手ゴールに近くで起用すべきだ。ボランチも悪くはないがトップ下が最良。その位置ならばプレイヤーに最多の選択肢が与えられる。パスもドリブルもシュートも。
ピッチ上に誠実を中心に無数の角度、長さ、タイミングでラインが形成される。
木暮は言い聞かせる。
シュートを撃つ以外のシーンで目立つことは許されない。
センターバックからパスを受け、さらにその選手を遠い位置に走らせる。
そこからまたバックパス。低めにポディションをとる。
左サイドのFWにパス。ドリブルでしかけるも無理はしない。中盤に下げる。
(パスが回る間、木暮は少しずつゴールへ近づいていく)。中央を経由して右サイドのFWへ。
FWはキープを狙うも潰されボールは外へ。トップチームのスローインとなる。
再開が速い。走ってスローインを受けたサイドバックが駆け上がる。U-15チームは誰も追いつけずサイドをえぐられる。
高さで上回るFWにあわせてもよい。だが本命はいつだってチームのエースだ。上がってきた木暮はシュートを撃つべく、足元を両手でしめした。
木之本が背後にいる。前半よりもずっとタイトなマーク。これでは味方の位置が確認できない。
ボールが要求どおりきた。
木暮は決定力だけの選手ではない。
ボールを奪いにきた木之本を(判断ミスだ)アウトサイドのワントラップで置き去りに。
インステップでゴールを狙わんとするも黒髪に奪われた。味方の声が聞こえなかった。
いつの間にここまで。
ここで守りに参加するとは。
郷原が大きな手振りで黒髪を褒めている。恥ずかしいのか黒髪はベンチから顔をそむけた。
攻撃に専念するためのトップ下への転向だと思っていたが……それだけの選手ではないということだ。勝利のために戦っている。
感情が顔に現れないため分からなかったが、黒髪誠実なるこの少年、胸の内に色濃い情熱を秘めている。




