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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
繚乱
45/59

木暮靖彦(下)

4(承前)



 木暮は結論付けた。

 息を吐くようにシュートを決めなければならない。

 考えることはパスを回すことでもない、相手のマークを外さないことでもない。こちらがリードしていようが相手にリードされていようが関係がない。誰が不調だろうと好調だろうと、試合のリズムがどうであろうと、そんなことは勘定に含める必要はない。

 90分間集中を切らさずただゴールを狙い続ける。それがサッカーだ。

 ゴールが見えたらシュートを撃つ。それだけに傾倒する。

 夢の中でシュートを決め眼を醒ますようになった。起きている間もそのことだけを想っていた。

「ああそれにしてもゴールが欲しい」と。

 自分のポディションは相手ゴールに近くはない。少なくとも3人の味方が自分より前にいる。ボールを持った時やるべきことはパスに決まっている。

 最初の選択肢が味方へのパス。そこまでは良いだろう。中盤でプレイし続ける以上それは覆しがたい定石だった。

 FWとMFの違い、それは低いポディションのMFのほうがボールを受ける回数が多くなるということだ。

 ボールをどう動かし、選手がどこへ走りこみ、どのような形でシュートまで至ることになるのか、それを決めるのは後方の選手なのだ。

 スルーパス、クロス、ドリブル。MFには時間的に余裕があり数秒後にピッチで起こることを予測しえる。ゴール前でできるスペースを見つけられる。

 それならば。

 FWの仕事を奪うことも可能なはずだ。

『うまくパスが回り後はゴール前にいるフリーの味方にいれるだけ、しかしそのスペースには誰も走りこんでおらずボールが流れる』、そんなシーンはどんな試合にも散見される。

 そこに走りこむことができるのなら楽にシュートを決められる。

 自分の本懐はそこにある。

 自分が対戦相手にとって怖くなかったのは、リスクを侵さなかったからだ。ゴールを狙わない選手などなんの脅威でもない。自分の足を縛っていたのは自分だった。

 だから木暮は強くつよく反動する。

 俺は点を獲って試合を決める選手になる。それは自分のサッカー観を脱構築するにも等しい。

 今までは試合にでられるのなら11人目の選手で良いと思っていた。周りを活かすパス、攻めと守りのバランス。そんなものからは見切りをつけなければならない。

 これからは1人目に、エースにならなければならない。

 シュートを撃つということはイコールチームにとって有限にしかないチャンスを奪うということでもある。

 木暮には圧倒的なフィジカルもスピードを活かしたドリブルもない。ミドルシュートはそれなりだがゴールを量産するには確実さがない。自分にあるのは多少の俊敏性と頭脳、それと決意だけだ。



 決意は次のゲームで試された。

 練習で遅々とモデルチェンジしている暇はない。仲間を一人ひとり説得している時間はなかった。実戦で結果を出し周囲を納得させなければならない。

 ただの1試合で自分の環境を変えなければ。


 次の週に行われたトレーニングマッチ、木暮は最高のモチヴェーションで試合に臨む。

 幸運なことに相手の守備は固かった。単純なボール回しでは崩れない。

 2人の間でボールが動いている間に3人目の選手が走りチャンスをつくる。いわゆる第3の動き。高度な意思疎通なしには実行しえないプレイ。

 木暮が3人目になる。


 最初のチャンス、木暮はピッチの縦半分を全力でスプリントするも、彼が望んだラストパスは送られてこなかった。


 2度目のチャンス、クロスボールは彼の前でタイミング良く飛び出したGKにキャッチされる。


 3度目のチャンス、ディフェンスラインの裏をとったがDFに追いつかれエリア内で倒された。笛は鳴らない。


 4度目のチャンス、5度目のチャンス、6度目のチャンス……。


 そして最後のチャンス、これが一番難しい場面だったのだ。

 何度もゴール前に飛び出していた木暮は警戒されきっている。

 ウィングからマイナスのクロス。これを木暮がスルー。MFがダイレクトでいれる。

 そのシュート性の縦パスをFWが頭でフリックオン。木暮にあわせる。

 本能的に走っていた。ボールは膝の高さ。頭から飛びこんだ。

 ボールとともにゴールの中に入っていく。

 木暮は……先制点を認めると同時にうずくまった。震えて立ち上がることさえできない。

 ゴールセレブレーションというにはあまりにも重すぎる。

 近づいてきたチームメイトも足を止めた。

 どうしても欲しかったものを彼は手に入れたのだ。


 新しいサッカーはその日のゲームをもって認められる。1得点にとどまりはしたものの、つくりだしたチャンスの数は多かった。

 中盤にいたはずのこの選手はゴール前、味方にとっていて欲しいところに必ず姿を現す。

 対戦相手にしてみればもっとも厄介な動きである。

 以降試合をこなすにつれ木暮の得点力はいや増していき、その才能は各所に知られることとなった。いわく10手先を読む最後尾のストライカー、いわく考えて走るサッカーの体現者、いわくアカデミーのエースと。


 欲深くなった木暮はこう答える。

 俺はまだ欲しいものなど何も手にしていない。この力でいずれすべてを手に入れる。プロクラブへの内定も年代別の代表選出も過程にすぎない。

『サッカーという競技においてゴールのみが正義』。それは決して郷原が木暮に訴えたかったことではなかった。

 動きの機敏さ、そして並の選手よりワンタッチ少なくボールをコントロールできる技術は、ゴール近くで活かすべきではないかと指摘したかったのだ。


 木暮はすべての試合で点を狙う。ゴールは習慣でなければならない。だから年少相手のゲームであっても手を抜くなどありえないのだ。

 他のメンバーは木暮のために走り彼を攻撃に専念させた。そうでなければ彼の得点能力は完全に開花しなかっただろう。法水好介以上の独裁が許されているのはもちろんこのエースがすべての選手に認められているからだ。彼の才能は本物だった。


 MFのゲームメイクとFWのゴールセンスを兼ねた異形のプレイスタイル。

 木暮は要求したボールがこなかったら体全体を使って怒りを表す。

 なぜ俺に出さない? 他の誰よりも俺がそれを欲しているのに。

 どんなに得点を重ねたとしてもこの飢えは、渇きは癒えない。

 ゴール前でパスを選ぶような、味方のミスを笑顔で許すような、そんな以前の柔な人格は消えて失せた。

 DFが恐怖する鬼の形相で執念深くゴールを狙い続ける。

 これが木暮靖彦だ。


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