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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
繚乱
43/59

集中

現在中学生1-2高校生

3(承前)



   *


 法水は試合のほとんどの時間、リラックスした様子でプレイし続けた。にやけ顔で眼を細め。まるでこれが誰の眼にも留まらない遊びの試合であるかのように。ただ一人だけなんのプレッシャーも感じずサッカーをしていた。おそらくそういう演技をし続けていたのだろう。倉木と同様相手に恐れられるために。郷原からも聞いていたが、彼は誰よりも勝利に固執する。チャンスがくれば本心が出る。ヴィデオには映っていた。キーパー相手に牙をむいたあの睨んだ顔が法水好介本来の表情だ。


   *


 この時法水は憤りの感情を一切隠さずにプレイし続けていた。

 米長が出したパスに柳が追いつけずタッチラインを割る。トップチームのスローイン。

 木之本のそばに木暮が立っている。背は木之本のほうが10センチ高い。

 試合が再開し木之本はまたポディションを下げていく。どうすればいい? 郷原は試合前に述べていた。

『これまでどおりのサッカーをしていては先輩方には勝てないぞ』。『工夫が必要だ』。

 何をどうすれば正解だ? この屈辱的な展開が少しでも楽になるアイディアがあるというのか? 少なくとも試合に出ている面々に答えは見つけられない。

 時間が止まったりはしない。ハーフタイムまであと5分ある。それまでは耐えるしかないのか?

 トップチームとU-15チーム。もちろん同じサッカーを志している。

 我々はボールを支配する。ボールを走らせ、そして技術で相手を騙せる。攻撃は個人でするものでなく人数をかけ連携でするものだ。

 それを今できているのはトップチームだけ。年下のこちらはチャレンジなどしない。アカデミーのセンターフォワードの才気がそれをさせない。



 宮原はペナルティエリアでシュートを二の腕に受けた。

 おざなりにFWが抗議する。その間に宮原はロングボールをいれた。中盤を飛ばし前線に。ただ法水に。それだけが同点への道だ。

 ボールに先に触れたのは相手のセンターバックだった。だがトラップをしくじり後ろをむいてしまった。

 法水に回りこまれる。ゴールラインがすぐ先だ。味方のカヴァーもない。

 センターバックはつなぐことを諦めた。ミスが即失点につながりかねない。

 ボールを外に蹴り出す。

 この試合年下のチーム最初のCK。ボールを手で運ぶのは米長だ。

 様々な意味で足が重いチームメイトが上がってくる。

 米長がボールを蹴る直前、法水は集団から離れエリアから出る。

 敵のFWが近いサイド、ダイヴィングヘッドでクリア。

 そのこぼれ球の先にははかったように法水が待っている。

 偶然すら支配しているのか、と米長。そしてパスをもらうため叫びながら近寄る。

 法水は米長の声を耳にいれていない。

 ただシュートを。

 ボールに駆け寄る法水。

 右足でのシュート、ゴールのニアサイドを狙うように見える。

 しかし現実には。

 ダッシュをキャンセルし、ボールが転がってくるのを待つ(ゴールへの角度が広がる)。

 左足でのシュート、キーパーのいないゴールのファーへ撃つ。

 シュートは枠内に収まる。

 だがゴールライン上で守っていたDFがヘディングでボールを外へ出した。

 


 反対のサイドから再びCK。

 法水は口を閉じただ険しい顔をゴールにむける。

 米長は無言のまま駆け足でピッチを横切る。

 ……開いた口をどうにか塞いだあと、トップチームのFWが木暮に言った。「……年齢詐称って噂はマジかもしれないな」あんなシュートフェイントみたことがない。


 木暮は答えて。「プロにだってそうはいないよ。あいつはスペシャルなんだ。歳は勘定にいれないほうがいい」

 再度米長が蹴ったCKをトップチームのキーパー田島が直接キャッチ。一時的な攻勢は止まる。

 郷原は法水のシュートを見てから拳を握り続けていた。パスどころかシュートで使う足を切り換えるとは。

 あんなプレイを思いつき実行に移し実現できる奴はプロを含めても数えるほどしかいないだろう。

 誰かの指導により身につけられるという範囲をはるかに超えている。天賦の才と言わざるをえない。

 全員で守ったためトップチームは失点を防ぐことができた。

 守る味方がニアサイドへのコースを消していたため、キーパーの隣で守っていた依田はその場に残り高さのあるシュートを止められた。

 法水はやや上ずった遅いシュートを撃たざるを得なかったため、トップチーム最後の壁には辛うじてジャンプに備える時間があったのだ。

 

 ……今の法水には味方が見えていない。今の場面、無理にシュートを撃つより米長を経由しゴール前の味方の頭にあわせたほうがゴールの可能性ははるかに高かった。

 法水は試合中にキレている。チームメイトや大人達からの言葉はまるで耳にはいっていないのだ。異常な精神状態にある。

 このままならピッチの外に出ていってもらったほうがチームの勝利のためだ。

『勝利』、それこそ本人が今日まで求め続けたものではないか。文句は言わせない。



 U-15のチャンスばかり、というか法水好介がつくりだしたシュートシーンばかりを描写しているが、この試合の前半をモノにしているのは内容としてもスコアを見てもトップチームだ。

 前半のMVPはゴールキーパーの堤。複数のアタッカーがエリアに侵入している場合、シュートが撃たれるタイミングは見極めにくい。それでも彼は動ぜず好セーブを連発した。

 木暮靖彦による先制点と2点目からすぐさま立ち直り、ゲームの続行をチームメイトに強制した。フォーバックも落ち着きを取り戻しそれに応えるようになった。

 ディフェンスの懸命さは、だが、オフェンスの献身にはつながらなかった。中盤の5人は2カ月前の試合のように果敢に攻め上がることはない。

 まるでこれがこの日何試合目かのゲームであるかのように、足に鉛が詰めこまれたかのように彼らは動かなかった。

 彼らのプレイから勝つための意志や意欲を見つけだすことは困難である。あの米長ですら……戦わずに前半終了のホイッスルの音を待っているとしか思えない。



 郷原は穏やかな眼でピッチを見渡している。トップチームに派手なプレイはほとんどない。

 単純なパスとトラップ。そして適切な味方同士の距離。

 一般に観戦して面白いと感じるのは法水のスーパープレイなのだろう。

 まるで何かに憑かれているかのようにゴールに執念をみせるこのFWだが、その集中力と体力はまもなく底をつく。

 チーム全体が彼に重いものを背負わせすぎたのだ。後半のすべての時間を彼に与えても攻撃は不発に終わる。

 再現性のあるプレイを繰り返しているのはトップチームの面々だ。

 彼らは練習通りのことをしている。

 完成されたそのプレイがこれまでの公式戦で通用してきたのだ。

 木暮を中心に国内最高水準の経験を蓄積した雄がそろうチーム。

 前半を1点差で終わらせることは彼らのプライドが許さなかった。

 ベンチの監督が正確な残り時間を教えてくれる。あと1分で前半が終わるはずだ。



 U-15は10人で守っている。

 中盤での横パス・バックパスが続いていた。ここでスピードアップ。

 右寄りから速い縦パス。これを下がったFWが右踵にあて、木暮につなぐ。

 左足のパスでサイドを深くえぐっていた右サイドバックへ。

 ナチュラルにカーヴしたため右足でコントロールしやすい。完全にフリーになっている。ディフェンスの視線は彼一人に集まる。

 ゴールにむかってしかけることもできたが、マークを集めてから左斜め後方、できた広大なスペースに走る木暮へ。

 パスをカットしようとした黒髪のスライディングは間に合わなかった。

 裸足でも外しようがない距離。突き放す3点目。



 U-15チームのボランチが起き上がる前に、主審がハーフタイムを知らせる笛を鳴らす。

 同時に、郷原がピッチの中にはいりキャプテンに声をかけた。

「後半は出なくていい、ベンチで一緒に試合を観よう」

 法水は何も言わず右袖のキャプテンマークを郷原に投げ渡すと、スパイクを脱ぎ、上気した顔を下げ、牙をしまい、その場から歩いて逃げだした。


 キャプテンがゲームを投げたのだ。

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