一矢
現在中学生0-2高校生
3(承前)
点を取り返しにいくのか、それとも守りをしっかりさせて試合を落ち着かせたいのか、それすら決めることができない。
誰も何も喋らない。誰も責任をとろうとしない。
これが負け試合だ。米長は最近の敗戦を思い出そうとしていた。何カ月も前のことになる。
試合が再開した。
ビハインドを負ったチームはすぐに相手にボールを渡す。
連続失点から2分もせずに次のピンチだ。
右からエリアに侵入したFWがマイナスのクロスを送る。
木暮がスルー。
左サイドバックがここまで上がっていた。全速力のエネルギーをそのままシュートに。
それを止めたのはU-15チームの誰かではなく味方のFWの背中だった。攻撃する側のミス。
慌てて木之本がクリア。大きく蹴り出すしかない。
前に残った法水はおざなりに追いかける。ただのハイボールを足元におさめられるほどタフではない。
あまりにもアイディアがない。
トップチームにはある。
中央から右へ。
人数をかけて攻め上がる。
宮原と武井、2人のDFの間にFWが走る。パスが渡った。オフサイドにはならない。
右腕を上げてシュートフェイント。足を出したセンターバック宮原をかわし今度こそ本当にシュート。
これは牧野が直前にスライディングで止める。
怒声がピッチ内で響いた。後方で木暮が憤っている。
左横でフリーになった味方に渡せば決められた場面だったと。
すでに自分たちは対戦相手ではなくなったのだ、と木之本。
トップチームは本気だ。
これ以上点差が開いたとしてもお遊びでこちらのゴールを許しはしない。格下相手にも完璧なゲームを求めているのだ。
一方こちらには何を得るものがある? ただ負けたという結果だけが残り、圧倒的な力の差を見せつけられなんの反省点も得られないまま終わるのではないのか……?
前半の途中にあって、誰しもがゲームのあとのことを考えている。
たった一人の例外を除いて。
「いいハンディだ。僕がすぐに取り戻す」
*
本来脚力とキック力はノットイコールの関係にあるはずだ。
足が速くともキック力が凡庸な選手。
鈍足であってもボールを上手く蹴る勘がありロングパス、ミドルシュートが得意な選手。
そんなプレイヤーはどこにでもいる。
だが法水にはすでにみせつけた駿足の他に、シュート力があった。エリア外であろうといとも簡単にゴールを陥落させられる。
佐伯は彼を知っていた。佐伯も出場していた全日本少年サッカー大会で彼が優勝したシーンをこの眼で見ているからだ。
小学生時代の彼はソリストだった。自分でボールを運び自分でゴールを奪う。身体の成長が早く周りの小さな子供にとって彼の存在は反則そのものだった。
しかしドリブルの進路方向を限定し囲んでしまえばボールを奪うこともできる。
対戦相手の対策が功を奏した場合、法水の選択はふたつある。
ひとつは敵をひきつけてから味方にパスを出すこと。
もうひとつは遠目からでも積極的にシュートを放つこと。法水のシュートパターンは多彩だ。ペナルティエリアの外から、ハーフウェーライン手前から、角度のない位置から。
ボレーシュートを、ループシュートを、コントロールされたシュートを。
*
トップチームのパスに日比野が足を伸ばし触れた。
敵とイーブンになったボール、米長はスライディングをためらい相手にボールをとりかえされた。
こんなゲームで怪我をすることに意味はない。だから戦えなかった?
米長は自陣のゴールへ走る。ドリブルする敵ボランチの背中を追う。
その米長を追いこしたのは法水。
ドリブルする選手に肩を並べみえないようにユニフォームをつかむ。スピードでは法水だ。
キープにこだわりすぎた相手からボールを奪った。主審はファウルをとらない。
米長は反転しスペースのある前方に走る。手を挙げボールを要求。
法水からはパスがこない。ボールのコントロールにもたついている。
中央からの突破は無謀だ。2人3人が前方で待ち構える。
法水の狙いに米長は気づく。
あまりにも分かりきったプランだ。だが成功するかもしれない。
後方からボールを奪われたボランチが追いつく。
すでに味方から制止の声が届いていたが、その選手は11番への復讐をあきらめない。
パスの出し手を探すふりをした法水へバックチャージ。
法水はピッチへ胸から倒れる。笛が鳴りのU-15のボールになった。
米長は倒れた法水のそばに立つ。こうなることは分かりきっていたのだ。
報復されファウルをもらうためにプレイを遅らせていた。これは尋常ではない。
法水はそのまま膝立ちになってボールをセットし、一心にゴールを見る。
常にFKを蹴ってきた米長は分析する。ゴールに対し真正面すぎる。
パスをもらい自分がサイドからゴール前にクロスをあげるしかない。
できるだけ速いボール、ヘディングで角度を変えれば決まるというボールを蹴られれば……。
法水はゴール前に上がってきた味方に混ざろうとしない。ボールの前から離れないのだ。
米長が口を開こうとした瞬間、端を発したのはチームのエースだった。
「今じゃなくていいと思っているな?」
「……なんのことだ?」
「明日のために今日を捨ててもいいと思っているだろ」
「んだとてめえ」
しかし、それが今の米長の本心だ。
「あいつらを倒せるのは今だけだ。俺は今できるんだから指図するなよ」
米長はボールを塞ぐように前に立った。
ふ「ざけんなよ……」
壁は3枚だ。
ゴール前で守るトップチームの選手はトリックプレイを警戒し声をかけあう。
法水は手をふりここから退くようしめす。「消えろ」
ゴールまでの距離は30メートル。フィールドの縦方向の4分の1。あまりにも遠い。
助走のため法水は後ろをむきボールから離れる。センターサークルに踵をかけた。ミズノのイグニタス。
日比野が下がって大声で訊ねる。
普段なら米長の意図したとおりサイドへ展開しクロスをあげているはず。
法水はゴール近くで得意なヘディングシュートを狙っているはずなのに。
米長は歯ぎしりしボールの前から離れた。彼はもう何もみえていない。
日比野は慌ててゴール前にもどった。
法水は据わった眼でゴールを見、脱力しただ一点に埋没する。
キーパーは狙われていることに気がつき硬直。
せっかくのチャンスを無謀なシュートで潰すつもりだ。
そう守るトップチームは考える。それとも決められる確信があるとでもいうのか?
チームメイトを使うわけでもない。
ゲームを捨てているわけでもない。
法水はゴールのみを狙っている。
撃つつもりだ。
起動し、駆け足になり、そして鉄鎚と化した右脚をスウィングする。
その速度は人間の反応を許さない。地面とほぼ平行に低い軌道で飛んでいく。
ボールは壁の右を抜きゴールライン手前でバウンドした。キーパーは逆を突かれ動けない。
跳弾はそのままゴールそのものを揺るがした。中学生が1点差に詰め寄る。
みずからボールを奪いみずから倒されみずからシュートを決めた。
この得点は彼一人のものだ。
「好きなときに好きなものを好きなだけ」
チームのものではない。




