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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
繚乱
40/59

錯乱の扉

現在中学生0-1高校生

3(承前)



 郷原はトップチームのベンチで表情を崩さず、試合が再開するのを待った。

 高校生の先制点は思いのほか遅かった。センターバックの宮原を中心に中学生達はよく守っていたが、それでもトップチームにはあるハンディキャップを(秘密裏に)言い渡してある。

 ふたつのチームの差はそれだけある。


 失点の原因は木之本のミスだ。マークすべき木暮から2秒眼を離し、生じた遅れを取り戻せなかった。

 ゴールにつながるこの一連の流れにおいて木暮靖彦は立て続けにみっつの長所を見せた。

 味方がボールを奪うことを予期し、敵陣へ誰よりも早く走り出していたその決断。

 マークされながら相手が辛うじてタッチできない高さのパスその精度。

 そしてパスを出したあと足を止めずGKの前まで詰めシュート。

 シュート自体は小学生にだって決められる簡単なものである。それでもそこへ木暮が走りこんでいなければ堤が間違いなくキャッチしていた。

 1年前の木暮だったらセカンドボールがくるのをただまっていたはずだ。

 シュートにつながる素晴らしいパスをだしただけで満足し、歩いて味方の攻撃を見ていただろう。

 木暮はただ幸運を待っていれば良かった。そもそも俊足ではないし、走ることは彼の役割ではなかったから。

 木暮はリスクを侵したのだ。ペナルティエリアには他に2人の味方がいて、立ち止まりこぼれ球に備えていたほうが(ゲームをつくりなおすほうが)あるいは賢明だった。

 だがトップチームのキャプテンはリスクを割り切り(きっと味方が追いかけてきている)、もっともシュートが決まりやすいゴールエリアまで疾駆している。


 木暮は遅咲きの選手だった。少なくとも中学時代法水や米長ほど恵まれた時間を送っていない。

 プレイヤーとして成熟しチームを勝利に導くようになり、そして代表にも選ばれプロ入りも決まった。

 木暮が常にゴールを狙うようになったのは、自分の実力がチームのなかで一番だと自覚した(それまでは自分を過小評価する傾向があった)この1年の間である。



 木之本が立ち直れないままに試合は再開する。

 失点直後から米長が手を叩きチームメイトを説得していた。すぐに奪い返せる、顔を上げろ、と。

 だが木之本の恐怖は上級生にまで伝染していた。気力を保ったままなのはメンバーの半分未満。

 しかし。

 キックオフと同時だった。トップチームはビハインドを負った側であるかのようにボールをしつこく追う。人数をかけ相手陣地にプレッシャーをかける。

 木之本の弱いバックパスを奪った。ゴール前正面、最悪の獲られ方だ。FWがそのままドリブルする。

 2人のDFはどちらがチャレンジしどちらがカヴァーにはいるかが分かっていない。

 仕方なく併走していた米長がファウルで止める。シュート体勢にはいった選手の脚を横からスライディングで蹴った。即笛。

 まったく余裕はなかった。

 木暮の先制点から30秒と経過していない。相手は試合を終わらせようとしていた。

 守る側の壁はペナルティエリアにはいっている。トップチームのキッカーは木暮。キックの種類は多彩だ。代表でもほとんどの場面で蹴っている。

 壁にはいる木之本は「直接です」と決めつけた。

 木暮は両手を腰にあて泰然としている。

 ……泰然。

 リードをしていることで落ち着いていられるわけではない。

 試合が始まった時からこの男はそうだった。自分のペースで試合をしている。

 そしてここまで相手のアクションは想定内に収まっていた。経験の差がここに現れる。

 木暮は急がない。急ぐ必要もない。

 守るU-15はすぐにでもボールを取り戻し攻撃に移りたかった。

 自分達には法水がいる。代表相手に猛威をふるったエースが。まだ勝負は捨てていない。

 その考えが木暮には分かる。

 今はトップチームのビッグチャンス。守りにすべての力を傾けなければならない時間だ。

 それでも気が相手ゴールに向かってしまっている。前に9番と10番を残りしていることからもそれは分かった。まだ試合は始まったばかりだというのに。

 キーパーから眼を離し、顔を上げ最初の一歩を踏みださんとする。

 これはフェイント。観察し、直後今度こそ助走。

 蹴る。

 ニアへ。

 壁の上をとおし、そこから落ちてくる。ゴールポストにタッチしそうだ。

 堤が左に横っ飛び。地面に膝の下から太腿、腰、肩と順に落ちていく。

 グローヴには触れられなかった。

 ボールは? コースは際どかった。

 背中にボールが当たる。

 すぐ起き上がりそれを抱える。ポストからの撥ね返りが自分の手元にきた。

 味方に投げ渡そう。誰か前へ走っている奴はいないのか?

 いない。みな立ち止まり無表情で堤をみている。

 主審が笛を鳴らしセンターサークルを指ししめした。ゴールイン。



 ボールは。

 ゴールポストに当たってなどいなかった。

 木暮の蹴ったボールはゴールのサイドネット内側をなぞり、勢いよく転がって堤の背中にぶつかっていたのだ。

 再びトップチームがゴール。木暮は握り拳を顔の高さまで突き上げ、小走りで向かってくるチームメイトをやや固い笑顔で、横長で結んだ口の形、優しげな眼で迎える。

 2対0。

 今度は米長も声を挙げない。連続失点を止めるためのファウルだった。勝利のために必要なプレイだったはず。

 勝利? 本気で? 年長相手に勝つ可能性はそんなに低かったのか? 前半12分で2点ビハインドのこの現実は悪い部類ではないと?

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