試合へ
現在中学生0-0高校生
3
劣勢。
それでも全力を出す義務と権利がある。
どんなに相手が強くても、どれほど点差が開こうと、試合中に自嘲の笑みを浮かべてはならない。
全力を出すことに意味がある。
走り、ボールをトラップし、声を出し、チャレンジし、リスクを管理し、シュートやクロスボールに逃げることなくブロックにむかい、足が痙攣し動けなくなってもすぐに試合に復帰するべきだ。
たとえ……敗れたとしても力を尽くしたその一敗の意味は大きい。
ああ勝てない。
競り合いに勝てない。
読み合いに勝てない。
走りで勝てない。
連携で勝てない。
白いユニフォームをきた自分たちは、青いそれを身につけた敵に勝れない。
考えてみれば当たり前だ。相手は高校生でこちらは中学生。
考えなくてもかわる。前の場面も相手が勝っていた。今の場面もそうだった。次の場面もそうなのだろう。次のつぎも次のつぎのつぎも次々々々……。
木之本伴はホイッスルが鳴る前から試合に呑まれていた。
トップチームのFKで止まった時が動き出す。蹴るのはMFの木暮だ。
癖の強い髪が特徴的。今は後ろで縛っている。
スパイクはアディダスのプレデター。ボールがそれに触れるたび試合自体が操舵される。
まだトップチーム陣内、木暮は軽いキックでチームメイトに横パスを送る。
指示を出しているようだが遠く離れた位置にいる木之本にはききとれなかった。
前半10分。不思議なことにまだスコアは動いていない。
代表戦に続いて特別編成のチームだ。2カ月前と同じスターティングメンバー。
木之本と同じくボランチを務める黒髪は焦れている。ボールがもてない。
いや、ミスに乗じトップチームからボールを奪う。ウィングとパスを出したボランチとの意図があわなかった。
右サイドバックの菊池がボールをもつ。ウィングの日比野へ。
サイドから中央へドリブル。そこからもたついてしまったのは相手にうまく守られたからではない。
しかけようにも抜ける気がしない。誰にパスを出してもチャンスをつくる自信がない。
結局バックパスだ。もらった黒髪はダイレクトで横の木之本へ渡す。
前を見やる。
法水はセンターバックがマークを外していたがパスコースにもう一人のDFがはいっている。これが老練というものか……。
下がってきた米長には木暮がついてくる。
ゆるいマーク。
木之本は米長に出す。米長はインサイドターン、前を向いた。
木暮がそうさせたのだ。奪おうと思えばきっとできた。
そのことは米長も分かっている。身長がこの二カ月で伸び、そして逞しくもなった。
それでもこのゲームでまだ何もできていない。
勢いよく下がってきた柳を使う。米長→柳→米長。珍しくリズム良くパスがつながる。
もう一度柳とみせかけ左足でサイドを変える。右の日比野。
日比野から黒髪。マークを集めた黒髪から米長へ。彼の距離だ。
シュートを叩きこもうとした米長だが、相手ボランチのスライディングがボールと右足を同時に刈り取る。
この試合初めてのチャンスが潰えた。
上がった左サイドバック武井のスペースを木之本が埋めている。
木暮がいつのまにか駆け上がっているではないか。攻撃を遅らせたい木之本の前だ。
味方がボールを奪い返す流れを読みきり前線へ駆け上がっていた。
シュートのこぼれ球をセンターバックが拾い配球。右足でトラップしゴールにむかいドリブルしてくる。
木暮靖彦対木之本伴。
「木暮靖彦さん(通称ヤス/ヤッスー/グレヤス)は現在高校3年生。同学年では唯一プロ入りが内定している方です。代表選手で青野監督からも高い評価を得ています。代表でのポディションはMFでアジア予選の大会のMVPを獲っています。つなぎのパスも崩しのパスもできる。試合の流れが読める。FKもある。本大会でも中心選手になるでしょう」
「嬉しそうに話すじゃないのこの激甘野郎」と法水は茶化す。
「だってすごい選手なんですよ。メインスタンドからピッチを見ているみたいに視野が広いんです。木暮さんはパスくる直前まで周囲をよく観察している。余裕がほとんどないのにトラップは失敗しない……とても真似できません。ミスも少ないし左足も使えますし。ゲームメイカーとして必要な武器をほとんど持っています。僕の理想の選手の一人です。彼を抑えなければ勝負にならない」
「君ボランチだからポディションガチンコだけどね」
木之本は頭を膝にぶつける勢いで下げ。「どうしましょう」
トップのキャプテン、木暮の前に味方が3人。
年下のボランチ、木之本の後ろにはフィールドプレイヤーの味方が3人いる。
木之本は思考を圧縮しそれに溺れる。シュートか? ともかくしかけないわけがない。4対4の超好機。そして相手は3歳どころか4歳年下なのだ。木暮にドリブラーというイメージはないが、そのアビリティがないわけがない。こちらが足を伸ばした瞬間股を抜かれるかもしれない。単純にスピードでぶち抜くかもしれない。自分が入手できる情報には限りがある。次の選択が読み取れない。機械のようにシチュエーションに対し合理的に反応してみせる。そういう選手だった。木之本はシュートが足先をかすめゴールネットに突き刺さる絵を脳裏に描かされた。否、視線でのフェイント。
木暮は右足インサイドで10時の方向にパスを送った。
ボールはDFがジャンプしても触れないぎりぎりの高さで飛んでいく。
最奥、フリーになった左ウィングがワントラップしてからゴール前に折り返す。
中央FWのヘディング一閃。
しかしキーパー堤が素晴らしい反応。ゴールライン上でボールをかき出す。
木之本は彼の背中を追いかけていた。なぜだ?
なぜそこにいる?
この選手がすべきことはパスでゲームをつくること。
人数がそろっているゴール前に詰めこぼれ球を押しこむことではなかったはず(そんな誰にでもできる仕事に手を汚さないはず)。
木暮は全速力でゴールエリアに侵入し(ストライカーの動きだ)、スライディングでゴールライン上のボールに右足で触れゴール。右手の人差し指をむけ、駆け寄ってきたチームメイトと飛び跳ね肩をぶつけあう。木暮が負け倒れそうになる。




