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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
過日
35/59

もうすぐ試合です



 決定は二〇一〇年末公にされた。法水好介は今年度をもってアカデミーを離れ、祖父櫛引宗司がサッカー部の監督を務める千葉県内の公立高校に転入する。

 関係者に動揺が広がった。

 U-15のエースにしてリーダー。彼が先導し煽動しなければ代表との対戦も勝利もありえなかった。これまで法水が中心となってつくりあげたこの少人数の集団から彼が抜け落ちてしまえばいったいどうなってしまう?

 そもそも6年間アカデミーに在籍するという前提のもと選考試験を受けたはず。法水好介の行動は無責任ではないのか? と。これらが大勢を占める意見であった。


 宮原隆也の考えは違う。法水のサッカーはチームメイトと比べあまりにも強力だった。彼以外のメンバーを育てるうえで彼個人は邪魔ですらある。法水一人で攻撃についての問題はほぼ解決してしまうのだから。

 それなら法水の離脱は歓迎すらすべきことだ。エースがいなくなることで長期的にはメンバーの成長はうながされる。


 米長公義は法水の考えを尊重していた。あいつがサッカーについて誤った選択をとるはずがない。そして法水がアカデミーから離れるということは敵として自分の前に現れかねないということ。その時まで少なくとも拮抗した実力を手に入れなければならない、そう自分の矜持に賭け誓った。そうでなければこれまで法水に語ってきた自分の将来設計が、父親が出られなかったあの大会でプレイすることが、

「お前が俺についてこられるならな」

 あの言葉が嘘になってしまう。


 郷原は法水がアカデミーを出ることに反対していた。指導者ならば誰しも優れた原石を手元におき自らの手で磨こうと思うものだ。たとえ法水の行き先があの櫛引宗司の元であるとしても。

 ……アカデミーのエースには精神面において瑕があるのだ。その欠点がのちのち致命的なものにならないとは限らない。法水の問題はこれまで3年間経験を半ば共有してきた自分が解決するべきだ。



 法水は常に自分の直感に頼って生きてきた。その直感が告げる。

 死に瀕した祖父の最後の仕事を手伝うべきだ。櫛引宗司の指揮するサッカー部の目標は県大会突破。インターハイあるいは選手権の本選に出場することだ。櫛引宗司をしてもこの事業は挑戦であった。舞台は他でもない千葉の高校サッカーなのだ。

『千葉を制するチームが全国を制する』。ここ数年の高校サッカーを表現すればその一語に尽きた。ひとつのチームが優れているのではない、どのチームが県大会を突破したとしてもそのチームが全国大会を牛耳っている。全国大会よりも県大会のほうがハイレヴェル。見る価値のある試合を魅せていると。

 だからこそやりがいがある。

 櫛引が監督を務めるサッカー部の実力は県下五指にはいるかはいらないかといったところ。まだ全国大会へ出場したことはない。

 縁があり名将中の名将櫛引宗司を招聘することは叶ったが、それがイコールサッカー部の大会での勝利を約束するものではないと誰しもが理解していた。

 この千葉というエリアは最高の難易度を設定されている。高校サッカーを知る人間なら眼を晦ませるような強豪校が林立し、かつ、たとえ過去に結果を残してはいなくとも格上をねじ伏せる実力を身につけたチームが毎年のように現れる最激戦区なのだ。

 ここで自分の3年間を賭けたい。祖父と自分がいればやれないゲームではなかった。

 祖父には直接サッカーを教わっていたわけではない。だが会うたびに話はした。この競技の楽しさ、恐ろしさ。夢を持つことは良いことだ。だが地に足をつけなければならない。

 アカデミーを紹介したのも櫛引だった。

 多くの人に迷惑をかけることは分かっている。だが祖父の時間は残り少ない。自分の時間をわけ与えたって良いはずだ。

 そして自分のサッカーについてのとらえ方からして、選手の育成を第一とするFFAのサッカーよりも勝敗ですべてが決してしまう高校サッカーのほうが性にあっている。


 将来この選択を悔やむかもしれない。

 だが一切構わない。

 自分の頭にはいつだって今、今、今しかないのだ。

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