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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
過日
32/59

シティ戦(下)

2(承前)



 宮原は東京シティとのトレーニングマッチを振り返ってこう述べた。

「米長のベストゲームのひとつだったと思ってます。あいつの運命をある意味変えたといってもいい。重要なのは法水が先発じゃなかったことでした」


「米長にとって最大の障壁は法水だったんです。あいつが良いFWでありすぎたため米長の選択肢は縛られてしまった。本来もっと我を出してゴールを狙っても良い選手です」


「米長はトップ下で法水はセンターフォワード。最高のコンビだと今でも思ってます」


「代表戦はセンターバックの大槌が良すぎて持ち味が活かせませんでしたけれど、米長がFWに求めるものを法水はすべて持っていました。スピード、テクニック、わずかなスペースを見つける視野の広さ。ピッチ上で一瞬も集中を切らさない。あいつは最高のストライカーだったからそれゆえに一緒にプレイすればどんなMFも単なるパスの出し手になってしまう」


「……先制点は覚えてますよ。僕の前でボールを奪って、ボールの位置が少し前だったのか倒れながら縦パスをだした。ハーフウェーラインあたりからだったかな。攻守の切り替えの早さは当時から突出していました。柳が相手のディフェンスの裏をとって短い折り返しから日比野が簡単なゴールを決めた。アシストのアシストですけど米長のゴールだってことは誰にだって分かった」


「米長は真ん中三枚のMFの前のほう、ピッチの中央で君臨していました。こんなに頼りになるんだって再認識しましたよ」


「違うチームにいたら良かったのかもしれません。絶対的なスコアラーの法水好介と正確無比のパスを持つ米長公義。何もかも対照的でいいライヴァルになれたはずです」


「シティは決して弱い相手じゃなかった。特にその頃はトップ下をやっていた近衛……ドリブルが足元についていてうまくボールを散らしていた。それに代表戦のあとだからやりにくいのはこちらだったんです。連勝のことは知れ渡ってて相手は最初から本気で倒すつもりでかかってきて……」


「でもこちらには米長がいたんです。珍しくあいつの濁声をあんまり耳にしない試合だったんで妙に記憶に残っていて……それくらいミスが少なかったのかな。あの頃はミズノのモレリア履いてましたね。そんなどうでもいいこと憶えてて……。点差がついてもおかしくなかったけれど不思議とこちらのシュートは決まらなかった」


「その分締まった内容になったと思います。ヴィデオが観たくなりますね。米長はベンチの法水の分も走ってました。前の選手は自由度が高いんです。ポディショニングが機械的にならないからその分頭を使わないといけない。あいつは頭いいんです。サッカー脳ってやつですよ。理屈を知っていてそのうえでそこからはみだした選択ができる。あいつ一人で何度ボールを奪って何度チャンスをつくりだしたか分からない」


「一言で表現するならファイター。あいつのサッカーはスポーツというよりも格闘技だった。小柄なのにタックルを喰らってもプレイを続けられる。決して倒れない。サッカーには『量』と『質』、ふたつの要素があって、あいつがあの頃長けていたのは『量』のほうです」


「サッカーではパスがきれいにつながる場面よりボールをうまくコントロールできない、味方同士で意図が噛みあわないって場面のほうが圧倒的に多い。つまりボールがつながらない場面です。あいつは球際で、フィジカルがモノをいう局面で強かった。相手のチャンスを減らしこちらのチャンスを増やすバウンサーみたいな仕事をしてくれた。……法水は『質』を担当していました。ゴール前での決定力です」


「二番目……『二番目』って言ったらあいつに悪いですけど法水の次に有名な選手ですからマークはきつかった。でも後半に味方がつくったスペースにはいってフリーでヘディングシュートを決めてます。あれはいい動き出しだった。その直後に法水と交代しました。米長の調子が良すぎて監督は不安だったのかもしれない」


「ピッチから出て笑顔になるなんてあいつらしくもなかった。法水が面白いことを言ったのかな。代表戦のあと口喧嘩をすることもあってこっちは辟易してたんですけど、それも終わったみたいで。……ベンチでも監督と楽しそうに話をしていました。何か吹っ切れたような感じがあった。今思えば見当がつきますね……」


「そのあとすぐ試合が終わって、ミーティングで監督はほとんど手放しで褒めてくれました。普段のサッカーができていた。コミュニケーションがとれて組織で戦えていたと」


「代表戦のほうが得るものは大きかった。倉木みたいな天才もいなかったし鬼島みたいな超人もいなかったですから。僕らを育てたのは米長です。キャプテンはチームを支配していましたけれど、個々を引っ張っていたのは米長でした。……法水が嫌いってわけじゃない。そんな奴はあのチームにはいませんでした」


「猛獣が二体うろつきまわっていたようなもので、いつかぶつかる瞬間があるんじゃないかって予想はしていました。仲はとても良かったんです。二人とも漫画とか好きで、そっちのほうの知識は凄かった。僕は全然疎いんでまったくですけど、あっちは部屋でいつもそういう話してました」


「ああいう形で法水がいなくなることは悲しかったです……」



 米長は自分を説き伏せる。今は雌伏の時間なのだ。たかが一度屈辱を味わっただけで理想から逃げだすほど自分は軟でなかったはず。

 俺は弱い。それはどうしようもないほどだ。現在同年代で最高と言えるプレイヤーは法水であり倉木だ。

 彼らと自分との間にはおそらく何百という選手がいる。世界を対象に含めればなお数は増えるだろう。

 たとえば、こういう認識でサッカーを取り組めば、こういう環境に身を置けば自分が短期間で飛躍的にうまくなる。そんな安易な方法は存在しない。そんな手段があるのならすでに試している。

 そもそも自分はアカデミーに所属していて最高の指導者・チームメイトに恵まれている。自分の能力は最大限に引き出されていてその結果は代表戦で存分に表現された。

 今の実力ではあれが限界だった。

 自分より前に何人いることがわかったからといって下を向いてはいけなかった。何度負けようと夢は捨てない。左藤斎以上の選手になるためになら何度でも地に塗れよう。屈辱は糧になる。ライヴァルは歓迎する。時間がかかることは強く意識しなければならない。恐ろしく遠回りの道を選ぶことになるだろう。

 俺は一番を諦めていない。そのために石に歯を立てることを厭わない。

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