シティ戦(上)
もう1度長い試合を書くことになります
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代表戦でセンターバックにはいった宮原隆也は数年後、米長公義をこのように評価している。
「もし法水がアカデミーにいなかったら、米長がこのチームのリーダーになっていたと思います」
「米長は初日の練習の時から他の奴とは違いました。ゲーム形式の練習だった」
「米長がゴールエリア内の左でボールを受けた。守ってた俺が正面を殺してたんでゴールは近かったけれど角度がない。並の選手ならパスかキーパー正面にシュートするしかない場面でした」
「でもあいつはGKの重心を見て左でニアサイドにボールをねじこんだ。ゴール前であんなに冷静でいられる選手はそれまで見たことはなかった」
「試合が止まるとあいつはまず『ナメた守備するな』って俺に喰ってかかったんです。『お前らが下手なら俺がうまくなれないじゃないか』って。典型的な『俺様』だった」
「DFだけじゃなくてFWにもよくコーチングしましたね。試合の途中でもお構いなしに指導がはいるんです。普通大人がすることをあいつが代行して、しかもコーチと意見が違ったら議論になるんです」
「あいつのほうが折れることは滅多になかった。法水よりもよく喋ってたくらいですよ。あいつくらいサッカーを分かってる生徒はいなかった」
「米長は中盤の前目のポディションにこだわってました。DFとかFWとかは本当にやりたがらなくて、やらされる時は露骨にむすっとしてました」
終わりなのかと自分に問いかける暇はない。
起床し朝食を摂り自転車で市内の中学校に登校、授業を受け本を読み昼食。
下校。トレーニングと自主トレ。一日のスケジュールは何カ月も前から埋まっていた。それでも夕食を摂ったあとは就寝するまで自由時間もある。
チームメイトと極限まで無意味さを追及した馬鹿話。あるいは将来自分の言葉で上げきったハードルをどのように越えるかを語ることもある。
米長の主な話し相手はルームメイトでもある法水好介だ。
法水……。この眼前の敵はあの試合を自分一人のものにした。あの1本のシュートのみで。
そして倉木一次。代表戦では圧倒的な差をみせつけられた。自分は同じトップ下として倉木よりもテクニックが、身体能力が、そして経験がない。選手として何もかもあの10番に比して劣っているのだ。
いったいどれほど月日が経過すればあの境地に立てる?
その時倉木はどれほど先のステージに立っているだろう。2年後のU-17ワールドカップ? プロデビュー? あるいはA代表か?
自分は何も持っていない。
あのろくでもない父親の血を引く自分こそ最高の才能を有しているはずなのに。
米長公義は落ちこんでいるわけではない。普段の運動が鬱憤を晴らしてくれる。
『父親以上になれないのならこんなゲームに参加などしなければ良かった』。そんな思念は間違っても出てこない。米長は自分の居場所をチームメイトに伝えていない。
郷原はできるだけ時間をかけて米長を育てようとしていた。
この少年が理想とするスタイルのためには身長があと10センチは欲しい。
法水のような圧倒的なスピードはないが俊敏性はある。そのキレを失わずにサイズを大きくできれば、なお素晴らしい選手になれるはずだ。それこそ青野監督の眼に留まるほど。
今誰よりも成長している選手が米長だ。昨日よりも一時間前よりも確実に進歩している。
米長には焦らないでもらいたい。
今日よりも明日を見るべきだ。
15歳の彼にとって過去は矮小で未来は膨大なはずだから。
アカデミーは育成年代のセオリー通りTGTのリズムにしたがってスケジュールを組む。
トレーニングゲームトレーニング。
試合で見つけだした課題をトレーニングで克服し試合で実践する。
1週間後、相手の練習拠点に移動し東京シティジュニアユース三鷹と対戦する。
試合の2日前、法水好介は体調を崩し練習に参加できなかった。自室のベッドで横になって法水が軽口を叩く。「怜悧ちゃんに看病してもらえるんなら良かったのにぃ」
米長が指の骨を鳴らして。「もっとボコボコにしてもらえばもっと心配してもらえるぞ」
トレーニングマッチが行われる土曜日。法水は完治し普段の元気をとりもどしていた。それでも大事をとりキックオフをベンチで迎える。キャプテンマークはGKの堤が受けとっていた。
アカデミーは前回に引き続きホームの青いユニフォーム。対戦相手の東京シティのそれは白を基調に赤と青のラインがはいったものである。
法水は監督の横に座り前のめりでゲームを観ていた。「これで連勝止まったら本当に怒るぞ」




