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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
過日
30/59

法水の理由

法水の物語にもどります



 法水好介に対し大抵の異性が好印象をもつ。

 もちろん口を開く瞬間までは、という前提があるのだが。

 例外は黒髪怜悧くらいのものだった。

 それが逆に法水の気を惹いたのか、初めてあったその日から彼は怜悧に機会を見つけては話しかけるようになった。

 法水が顔をほころばせ視線をあわせようとすれば、多くの女は視線をさげ無関心を懸命に装うものだった。

 怜悧には通用しなかった。彼女は視線を切らず眠たそうなその無表情で目の前の『女男』を殺害しようとしていた。

 それでも法水は彼女の前から姿を消そうとしなかった。

 容姿は対照的で女みたいな男が法水でその逆が黒髪だ。二人が並ぶ姿をみると奇妙な組み合わせだな、そう周囲の人間は思うのであった。

 そういう年齢の男女がよく会話をするようになったため先に結論ができてしまう。

 みなそれぞれ想定する程度は違うにしろ、そういう仲だと思われている法水と黒髪である。



 いつしか黒髪はこの軟派な男との会話を楽しむようになっていた。他人との会話が快いと感じる自分が新しかった。彼は時に洒脱で時にシリアス。こんな少年はきっと二人といない。

 黒髪は法水が分厚い仮面を被っていることに気がついていた。

 普段の飄々とした態度も、試合中の冷然とした指示もつくられたものにすぎない。

 このプレイヤーの本質をとらえている人間は少ないのではないか。チームメイトもチームの監督や郷原でさえ気づいていない。

 法水はその駿足と技巧を誇るサッカー少年『法水好介』を演じているにすぎないのではないか、と。


 黒髪は法水に話しかける。「君は隠し事を持っているね?」


「ライターだなんて仕事にしてないよ」


「……『書く仕事』?」


 法水は黒髪を落ち着かせてから言葉をつなぐ。「誰だって人に言えないことなんてあるさ。僕は特別ないけど……そだね、米長なんて怪しいと思ってるよ。出身は調布って教えてくれたけどさ、親が何仕事にしてるかとか教えてくれない。なんかありそう」


「まぁ答える義務はないな……でもあたしが言いたいのは君がどうしてそんな性格をしているかだ」


「憲法19条思想・良心の自由は云々」


「あまりにもギャップがありすぎる。普段のふざけた調子に比べて試合での勝敗にこだわりが強すぎる」


「それにこだわらなきゃサッカー選手じゃないよ」


「一理はある。けれどね。……君はすごーくいい選手だと思うよ。聞きしに勝るっていうのかな。確かに日本一の選手だ。2年後に年代別の代表に選ばれたっておかしくはない」


「……それは恐悦至極」


「そういう選手ならなおさら、目の前の結果よりも優先したほうがいいものがある」

 明日のために今を捨てる必要がある場面がくるかもしれない、と。


「それも知ってる……けれどさ」

 法水は珍しく黙った。自分を抑えこめる人間など彼女しか存在しないな、と彼は思った。自分がつくった関係だ。

 黒髪はなじるように言った。今までさんざんこちらの欠点について事細かにあげつらった癖に、自分のことを指摘されると何も言えなくなるのか、と。

「分かってるよ」と法水。「でも自分の弱点を女の子に教えるっていうのはさ……分かるよね?」


「女々しい?」


「怜悧ちゃんの口から『女々しい』だなんて。男らしくないよ」


 三十秒。

 法水は話すことを決心する。

 彼は後に米長の父親に対する遺恨を知ることになる。あの典型的なエディプスコンプレックスの発露に比べたら、法水兄妹のこの事情など些事、本来語るに値などしないのだが……。

「妹がいるんだ」と法水は言った。


「それは聞いたよ」


「憂子は僕がサッカーを始めた時からのファンで、だから僕は妹を裏切れない。僕はなんていうか世界一の選手になるけどさ」


「むやみだね」


「でも過程にもこだわりたい。どうせ一番になるんなら美しく、ね」


「美しく……」


「ゲームあってのサッカーだよ。誰が見てもすごいって思わせるような試合に出たい。僕以外にも最高の選手を二十一人そろえなきゃ成立しないような」二年後に体験したアカデミー対代表の試合のような。「大勢の人の感情に訴えるようなゲームさ。そういう試合で僕はしたいことをする」


「勝つことか?」


「左様。選手として一番になるだけじゃなくチームとしても一番でありたい。だから大会でもアカデミーを勝たせたい。プロになってからもそうでありたいのよ僕は」


「君の秘密は……」


「小学生の時に成長痛にやられてね。ほとんど練習に参加できない時期があった。なんせもう170センチあったからね。踵をやられて」法水はそこに触れた。「練習ではほとんど走れなかったんよ。あの頃から足には自信があったんだけどさ。……試合に出る分には問題がなかった。チームで一番の実力者だったからね」


 怜悧は法水がこれから何を話すか、半ば気づいていた。

「君は煙たがられた?」


「そう、ろくに練習もしないのに大人に重用されて試合に出てしかも怪我で全力を出せないのに活躍しちゃう、まぁこうして言葉にするとまっこと憎たらしいことこのうえない。ついでにルックスもイケメン」


「はいはい」


「な俺に嫉妬したっておかしくはない」


「口も利いてもらえない?」


 だから法水は今のふたつの人格をつくりあげた。

 軽薄で軽快で剽軽な人格で反感を持ったチームメイトを宥めすかし、そしてもうひとつのキャプテンとしての人格でチームをまとめあげることに成功した。

 小学6年生、全日本少年サッカー大会においてついに法水のいるチームは敗れることなかったのだ。

「子供って平等にあつかわれないと不機嫌になるもんだよ」と法水。


「それは分かるよ」と怜悧。「でもそのためにわざわざ君は今もそういう演技をしているの?」


「そういう気質はあったんだと思う」


「アカデミーは違うでしょう? そんな子はここへやってこない」


「チームを勝たせるためには常に実権をにぎってないといけないんだ。暑苦しいリーダーは僕の好みじゃない。各々の個性があってのサッカーだ。軍隊的な規律はかえって不都合が生じる。だから遊ぶ時はあそんで締める時はしめないと」

 だから笑顔が必要なんだよ、と法水。

「だから怜悧ちゃんも笑わなきゃ。僕が世界一ウケる挨拶を教えてあげよう。みなさんこんにちは、僕は法水好介です……っつーギャグ」


「それが通じるようになればいいがな」




 怜悧は法水をこう表現する。

「古い表現になるが女が腐ったような男に見えました」


「遠くから見てもそうだし会って話をしてもそう。ジェスチャーだけで話す言葉に意味なんてないです」


「でも本当は合理的に物事を考える人間で。それどころか……完璧主義なところさえある。目的のために周囲の人間を動かせる人間。選手だけど監督みたいな部分もありました」


「よく話はしていて……あっちの方が押しかけてくるんですけどね。結局あの人の本心は分からなかった。理解しようとはしていました。できなかったのは私が不足していたからでしょう。彼についてはっきりとしているのはサッカーが好きなことと、勝ちにこだわりすぎることくらいです」


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