教室にて
驚異的な会話文率
3
以下、「怜悧の台詞」→「法水の台詞」。
「苦手だな」
→「そっおー。でもそう言われるの慣れてるよ」
「というか嫌いだ」
→「隠さないね怜悧ちゃんは。はっきり言うスタイルだね」
「さっきから『怜悧ちゃん』はなんなんだ。ほぼ初対面なのに」
→「じゃあ黒髪ちゃん?」
「そういう性格なんだ」
→「環境かな? それとも自分から?」
「後者だ」
→「面白い小学生だったんだね」
「君に面白いとか言われたくない」
→「初対面に『君』だなんてよしてくださいよぉ。弱いキャラづけぇ」
「なんで私に話しかけるんだ」
→「同じFFAの生徒じゃん。君も有名人、僕も有名人。こうやって人垣ができるくらいにはね。なんだか質問大会の様相を云々」
「男女でチームが違うだろ。理由がない」
→「えっえー理由がなきゃ話しかけじゃ駄目なの。それともこれから理由をつくってあげようかなんてなんてえ」
「人前だ」
→「ほらほらみんな集中して。僕らのことになんてかまけないで。ところで今なんの時間?」
「自由時間?」
→「ほらみんな自由に集中して」
「ともかく悪意しか感じないな。これまでのすべてに」
→「誰かに頼まれたんじゃないよ」
「君は一般的とはいえない顔をしている」
→「誰かに頼んだんじゃないよ」
「なんていうか、不自然だ。話し方も動きも本当にな」
→「そういう人間なんだ」
「とりあえず机に寄りかかるのは止めて欲しい」
→「うん」
「座るのもダメだ」
→「そう」
「後ろに回るのもダメだ。何をするかわからん。視界にはいれ」
→「なんだ気にいられちゃった? 僕気にいられちゃった?」
「一々女々しい奴だな」
→「容姿に由来してるわけじゃないよ。そゆキャラなの」
「どうして演じる必要があるんだ。誰かが死んでもそんな話し方するのか?」
→「違う。それは違う。そこまで慮外にはふるまわない。僕が話すことは僕の利益のため、そして人のためでもある。才能がある人間はその幸運を他者にもわけあたえなければならない。でも今は僕は僕のために君を知りたいんだ」
「なら君が先に話すべきだ」
→「特別な家庭で育ったわけじゃないよ。そんじょそこらの中学一年生と変わらない。もちろんサッカーについては別だけど、そこを除けばあり大抵さ。両親は共働き。お手伝いさんがいつもいた。大抵じゃなかったか。妹が一人。6歳のキャバリアって種類の犬を飼ってる。名前はベスト。妹のじゃなくて犬のがね。住所は千葉のN市。君は地元だったね」
「興味はもてなかったな」
→「不幸なエピソードでもあれば良かったね。子役は演技を覚えないって話を聞いたことがある?」
「ない」
→「説明しよう。感受性の高い小学生、それも低学年以下の子供たちはね、役作りを必要としないんだ。なんたって彼ら彼女らは物語と現実の区別がつかないからだ。だからそのままの素で、演技すらせずに周囲の歴戦の名優たちと肩を並べられる。それは一部の子供だけにあたえられた特権で大人は技術と経験でカヴァーするしかない」
「それが今までの話となんの関係が?」
→「おおありさ。僕はこうやってほら、ストレンジな美少年(笑)を演じているだろう。それが普通なんだ。優等生は優等生を、馬鹿は馬鹿を、真面目役は真面目役を演じているにすぎない。僕は僕を演じている。でも君は、君はそうじゃない。そのままだ。少なくとも僕にはそう見える。だから惹かれた」
「君はどうかしているのか」
→「確かめてみればいい。これから」
「これからなんてない」
→「いやあるね」
「……どうして私にかまうんだ!」
→「君が僕を嫌っているからだ。ほらさ、こうやって遠巻きに僕と黒髪ちゃんを、というか僕を見てる女の子がいるでしょう。教室の外にも」
「ああ」
→「ああいうのはちょっとね。ママンからも言われたけれど、僕自身を好きになるのにろくな奴はいないっていうんだ。まず見た目からはいるだろうからって。その点でも黒髪ちゃんは安心だね」
「私に『好きだ』とでも言って欲しいのか?」
→「それはのちのち自分の意志から本心からね」
「寒気がする」
→「まだ春先だからね。でね、ご覧のとおり僕が公然と口説いてたおかげで大勢敵つくっちゃったみたいだけど大迷惑?」
「これで口説いてるつもりだったのか?」
→「訂正口説くときはちゃんと準備して逃げられないタイミングでするよ」
「何も迷惑なんてしない。人にどう思われていようと本人にはなんら影響はない」
→「強いね怜悧ちゃんは。でも何かあったら僕に教えてね。ところで教壇のすぐ前だけどさ」
「なんだ?」
→「眼が悪いのかなって。このうえ眼鏡までかけられちゃったらさ、いよいよアルティミット・シイングだよ」




