回想
時流に逆らいどマイナージャンル、スポーツ小説です。
サッカーなんて文章じゃわかりにくい漫画で描け、という内容になっています。作者は経験者ではないのでリアルじゃないといわれれば反論できません。
ともかく正統すぎるほどのサッカー小説です。今この題材で書き始めるならこんな物語にせざるを得ない。
すぐに試合が始まるので好悪はそこでしていただきたいです。
サッカーは戦争の顔をしていない。
退場者や負傷者が出続け没収試合になるほど荒れたゲーム。
大勢の人間の憎悪が支配するようなゲーム。
あるいは政治そのものが現場にもちこまれるゲーム。
そんな試合は現実に存在する。
しかし史上最低・最悪のゲームですら戦争を名乗るには値しない。
このスポーツは人を傷つけるために存在しないからだ。
クラブチームは地域を代表し、ナショナルチームは国を代表する。
それらの対戦を代理戦争などとたとえたくなるのもわかる。
たとえば宗教・階級・歴史的な対立があっただのと。
何かを喧伝するときは大袈裟な言葉を選びたくなるものだ。
でも結局ピッチ上で行われるのはスポーツにすぎない。
敗れた選手が肉体的な被害に遭うことはない。
次の試合にむけて準備することができる。
戦争には次はない。
人名が失われ莫大な資本が消費され次の機会など滅多にない。
サッカーにも戦争にも戦略と戦術がある。それがどうした。
サッカーにも戦争にも名将がいる。それがどうした。
サッカーにも戦争にもチームワークがある。それがどうした。
サッカーは日常的な範疇にふくまれ戦争は非日常だ。
結局何かを戦争にたとえることができる人間は戦争を知らない。
そんな人間は世界中どこにだっている。私だってそうだ。
これから書こうとしているのは戦争についての話ではない。
それに戦争とサッカーについての話でもない。
純粋にサッカーの話だ。
だからここまでの文章にあまり意味はなかった。
こんな話をしたのは法水好介がある試合を戦争にたとえたからだ。
正確には『内戦』と。
木之本伴(以下木之本)「あんまり歴史は得意じゃないですから……そうですね南北戦争とかスペイン内戦とか、あと日本だと戊申戦争くらいしかでてこないです。法水さんが『内戦』って言うのもわからなくはないんです。あの試合には将来のトッププレイヤーが大勢出場していましたから」
――代表の主力になる選手が。
木之本「代表選手が二つにわかれてゲームをしたからでしょう。A代表入りした選手の数は……合計で九人になりますね。すごく多い」
――当時木之本さんが所属していたFFAというクラブのことを紹介してもらえませんか?
木之本「所在地は静岡の有名な避暑地があるあの市です。とんでもなく大きなリゾートホテルがあって、敷地内のスポーツ施設を借りて練習しています。ちょうど閑散期にチームが活動していたので問題なかった。競技場だけじゃなくてテニスコート、プール、トラック、体育館、ジムと一通りそろっています。コネがあるんでしょう。FFAの最初のFは富士、残りのFAはフットボールアカデミーの略です。創設者で現場のトップは郷原博通さんです。郷原さん自身がFFAのシステムといってもいい」
――高校サッカーの監督として十年ほど活躍された指導者ですね。
木之本「チームができるまでは面白い話がいっぱいあるんですけれど、今は口止めされているので話すことはできません(笑い)。ともかく大事なことは、郷原さんが素晴らしい監督で、FFAを立ち上げることでその才能に見合った環境を得られたということです。そしていい選手も集まっている」
――アマチュアのクラブチームということになるけど、どんな人たちがいたの?
木之本「誰も自分の才能を疑っていないサッカー馬鹿ばかりです。そう言ったのは法水さんですけれど。郷原さんは選手の才能を引き出すのが本当に上手い人で、プロ入りする卒業生も多い。大会でもけっこういいところまでいくんです。プリンスリーグ東海も制しています。といっても僕らの代じゃないんですけどね(笑)。地元だけじゃなくて全国各地からも人が集まってきました。千葉や群馬……そういう僕は北海道です。流石に僕より遠くからきていた人はいなかったと思います。近くに寮も用意されていて生徒の半分くらいは寮生だった」
――どういった経緯であなたのいたクラブと代表が対戦することになったんですか?
木之本「僕らが普段練習で使っていた施設を貸切にして男子の代表の合宿が行われていたからです。十五歳以下のチームの立ち上げだった。そのとき招集されたのは二十五人です。初日に合同練習をして二日目に試合が二本組まれていた。一本目の相手が僕らで二本目は招待された……忘れてしまいましたけれど確か中央アジアのどこかの国の代表チームと対戦しました。なんとかスタンです」
――法水さんとは一学年下ですよね。同じチームでプレイされていたんですか?
木之本「いえ違います。アカデミーの中学生は学年毎に区切って三つのチームにわけられているんです。高校では『チャレンジ』と『トップ』の二つのチームになるんですが……」
――でも代表チームと戦った。チームの誰かに怪我や病気があったとか?
木之本「違うんです。法水さんが頼んだんですよ。『代表チームと戦えるんだから勝ちにいかないと』って。だから十四歳以下のチームから僕と誠実が選ばれた。戦力になるからって」
――黒髪誠実さんも一つ学年が下だったんですね。
木之本「ええ。実際二人ともドイスボランチで先発出場しています。僕が左で誠実が右だった。法水さんは当時からわがままで自己主張が激しい人だったんです」
――指導する監督やコーチもよく言うことを聞きましたね。
木之本「法水さんはチームのキャプテンでエースでした。当時からすごい選手でそれに人望もあった。だから郷原さんも監督のクマさん……熊崎さんもかなり自由をあたえていたんだと思います。もちろん抑えるところはおさえていました」
――木之本さんは法水からどういう印象を受けました?
木之本「思ったより優しい人だなって」
――思ったより?
木之本「人から聞いた話だと勝ちにすごくこだわるんだっていうんですよ。練習だろうと公式戦だろうと。だからもっとキツイ性格しているのかなって思ったらそうでもない。だいたいにこやかだし笑いをとりにいったりする。笑ってるのは本人だけだったりしますけどね(笑)」
――そうですよね。
木之本「それにあの容姿です。間近に見ると本当に、その……女性的で。感情が伝わるような眼をしている。サッカーやってるのに全然日に焼けてない肌でした。髪の色はなんていうのかな、亜麻色? ブロンズグレイ?」
――染めてはいないそうです。
木之本「髪は耳が隠れるくらいのショートでした。声変わりしてなくて聞くだけなら女の人だと思われたでしょう。ただ身長は高かった。当時から百八十センチありました。高校にはいってからは伸びていないと思います」
――試合の前日はどうでした? 代表選手がやってきて。
木之本「青野さんや協会のスタッフが全国から選び抜いた二十五人です。でも二年後のU-17ワールドカップに残るのはほんの一握りなわけです。残ったのは(ふと驚いて)あれ、六人も残ってますね。よっぽどいいメンバーが選ばれていた」
――倉木、鬼島、佐伯……。
木之本「つまり僕たちは半分が本選のメンバーと勝負ができたってわけです」
――アマチュアクラブが。主だったところのメンバーを紹介してくれませんか?
木之本「でしたらとりあえず倉木一次さんから。当時から名うての選手でした。ストライカーにしてゲームメイカー。攻撃については万能です。ガンズユースの最高傑作。青野監督も彼を代表チームの核にするつもりでしたし実際そうなりました」
――MFだと佐伯ですか?
木之本「佐伯さんは逆に知られてなかった選手です。広島からはその時唯一選出されていました。チームとしてはスタメン全員がプロ入りしたあの世代に比べれば無名ですけど、でも佐伯さんがいる時点で引けをとらないです。黒子役な印象が強いですけれどポディショニングでミスをしない。機動力がある。なら中盤のファーストチョイスは佐伯さんです」
――鬼島選手も試合に出ていたんですね。
木之本「ええ。ご存じでしょうけれど才能なら日本一の選手です。まずどうかしてるってくらいの身体能力が高かったです。他のスポーツをやっても世界を目指せたでしょう(笑)。それにサッカーセンスも抜群です。どのポディションをやらせても一流なんですよ。FW、ウィング、トップ下、ボランチ、センターバック、サイドバック。背がもう十センチあったらGKでもプロになれたとか」
――まったくとんでもない。
木之本「とんでもないといえば大槌さんもとんでもない選手でした。あの試合のキャプテンでしたよ。法水さんは確か『予知能力者さん』とか『シークレットサーヴィス』とか『ジェントル・ジャイアント』とか『皇帝』とか『絶対シュート許さないマン』とか『マカルン』とか呼んでましたよ」
――多いですね渾名。
木之本「ええ、人の渾名考えるのは昔から好きなんですよ。いい悪いは別にして。僕も『トモナ』とか『ラノベの主人公』とか『ベビーフェイス』とか呼ばれてました」
――指揮するのは青野健太郎監督。
木之本「国籍が違ったらビッグイヤーやコパアメリカを獲っていたかもしない。ともかくそれくらい凄い監督だと思ってます。ほんとはもっと話したいんですけど(笑)、この試合にはあまり関係ないですから」
――監督なのに?
「ベストメンバーを選び、最低限のルールを決めて、あとは各個人がどう動くかを見たかったと。自主性を重んじる人なんです」
――そんな青野監督が選んだ代表選手なわけだけど……。
「一緒に練習されるだけでも圧倒されました。まず各種の体力テストがあって、それからボールを使った練習。身体能力で驚かされてサッカーでもびっくりってわけです。名門チームに所属してる選手、全国大会で活躍した選手もいる。代表なんだから当たり前ですよね」
――みんな気後れした?
木之本「特に僕がです。一学年下なんですから。誠実は違います。あいつは何事にも動じません。好きな女の子に告白されたって例の無表情のままなんじゃないかな(笑)」
――試合のこと以外でその日印象に残ったエピソードはある?
木之本「君が代を聞いて、それから対戦相手と握手をしました。特に憶えてるのは米長さんが選手一人ひとりを睨めつけながら手を握っていったことですかね。相手をビビらせたかったんでしょう。不良みたいな奴だって話は聞いてました。目つきが悪い口が悪い態度が悪いって。そんな悪ガキがうちにいるのかって思いましたけれど会ってみたら実際そんな人でした(笑)。プライドが固まってできたような人です。でも笑顔になるとやたら子供っぽく見えるんですよ。背が今よりずっと低かった」
――木之本選手はどのような心境でした? 学年が一つ上のチームにぶっつけ本番で参加して、しかも相手は代表チーム。プレッシャーはなかった?
木之本「対戦相手は選べないんです。マッチメイクなんて練習試合でしか発生しないでしょう。同じリーグに相性が悪い相手もとても勝てそうにない相手もいる。好き嫌いはできない。だったらなんだって食べなきゃ(笑)。それに強制されて試合にでたわけじゃない。先輩からポディションを奪ってスタメンになったんです。勝ちにいってましたよ」
――法水はどんな様子でした?
木之本「試合が始まる直前までは大人しかったんです。合同練習、ミーティング、食事、試合直前のロッカールームでも。法水さんも緊張するんだなって思ってました。でもその予想は覆された。キックオフ直前に選手を集め円陣を組む前にあれが始まった。みんな体を動かしながら聞いていました。……あれくらい見事なアジテートはなかった。法水さんは手を叩いてからみんなの前でこういったんです」
「実際の話をしよう」
「なぜ代表チームはアカデミーを対戦相手に選んだのか? それは我々が弱いからだ。代表の監督は自分が選んだメンバーがボールをもってなにをできるかが知りたい。だから弱いチームを選んだそれが僕らだ」
「違うか? たとえば彼らがもしプロのチームと戦うとしよう。彼らは圧倒的に身体能力で劣りほとんどボールを運べない、パスもつなげない、ほとんどチャンスをつくれないまま完敗を喫するだろう。選手の能力を見る以前の問題だ。これじゃ試合をする意味がない」
「翻って我々との試合では、パスを回し、ドリブルでかき回しゴールを量産すると思っている。だから弱者を選んだ」
「誰も我々を見ようとはしない」
「いいか、ここにいる誰もが我々に名前をあたえない。今日我々のになう役割は噛ませ犬だ。どうしようか? 大人たちの考えにそって彼らをもてなしてあげようか?」
「ありえない」
「……勝利だよ! 相手は市町村区選抜より上の都道府県選抜より上の9地域選抜より上のナショナルトレセンより上のナショナルチーム」
「すべてを賭ける価値がある」
「いつもどおり気が狂ったように走ろう」
「鯨のように飲み馬のように食い尽くそう」
「ったくどうしてこんなに癒してくれるんだ? ともかくどんな状況になってもアクセルを踏みこもう。ベストを尽くせたら負けてなんの後悔もしない。誰もキレたりなんてしない。僕らはずっと準備してきたよな。相手は最強で長らく待望してきた愛しの敵だ」
「組もう!」
「……勝あああつ!」
応!
「よっっしやろう」