新年、決戦。
これでやっと作中の一日が終わりました
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法水に郷原が話しかけた。
代表との試合が終わって約一時間後のことである。
着替えをすませたアカデミーの選手は私服姿で軽食を摂った。
練習施設の近くにあるレストランのシェフに頼んでつくっていただいたおにぎりとお茶。代表のメンバーにも配っていた。味のほうは好評だ。このあとは休憩とミーティングをはさみ軽いメニューをこなしてもらう予定。
一人だけ四個のおにぎりを相手に格闘している法水好介だ。
本人によれば消化能力が並はずれているから練習には影響しないとのこと。黄色いTシャツにはPIYOPIYOという文字が書かれている。
FFAU-15チームの現キャプテン。三年前の全国少年サッカー大会得点王兼大会MVP。
肩書はこれからも増え続けるだろう。名誉の重さにこの少年が潰される心配を郷原はしていなかった。
この少年は3年前アカデミーのセレクションでコーチ陣との個別面接を受けた際、郷原にむかって世界一の選手を目指すと口にしていた。
繰り返し何度も。
情熱的に論理的に。
「世界一の選手は世界一強いチームにいるはずでしょう? だからFFAも強くするし将来代表を選ばれたら当然あの大会だって獲りにいく」
法水少年は自分がそういう選手になると信じきっていたし、また指導者である郷原らも法水の能力と成長とを見てその夢の実現を信じるようになっていた。
そういう3年間だったのだ。
郷原は常に選手達を信頼し自主性を育てあげる指導方法を選んできた。
口数は多くない。選手達を突き放すことで意見交換を活発にさせ、そのうえで必要な知識をあたえてきた。
だがこの法水好介は過剰だった。あまりにもリーダーにすぎた。
チームをまとめチームを鼓舞し問題を見つけ問題を解決する。大人達に強い対戦相手を求め練習メニューにすら口出しする。
それでいて暴君ではない。喧嘩のひとつでもあれば咎めることもできたがそれすらない。仲間外れをつくらない。
普段の法水は柔和で人懐こい。彼に話しかけられない人間を想像することが難しいくらいだ。
彼はこちらに仕事をさせてくれない。
ついさきほど決勝ゴールを決めた法水であるが、多幸感には浸っていないようだ。炭水化物を体内に収めてお茶を飲み干している。
「おにぎりは中世の兵糧が元になってて政権をにぎりたいという武士の願いがこめられているというけど本当かな?」
「知らん」
「で、どうするの? 平地人を戦慄せしめたけど」
またわけのわからないことを言う。「ノリック」そのように郷原は法水を呼称していた。「結成一日のチームに勝っていい気になるなよ」
「大したメンバーが集まってたじゃないのよさ。倉木一次鬼島結城佐伯藤政大槌退青野健太郎。試合終わった時立ち上がれなくなった奴までいた。大槌とかね。本気のゲームだったンだ。そこはひろみっちゃんもわかるでしょ」
「勝利を求めることはどんな時も大事だ」
「けれどもアマチュアのうちは勝敗よりも内容、選手の成長って言うんでしょ? いつものやりとりだなぁ」
「……分かるまで教えてやらなきゃ教育者じゃないからな」
法水は鼻で笑ってから言った。「信念を貫く大人など薄気味が悪いよ」
一番といえる選手は一番サッカーを知ってなければいけない。郷原はそう思っている。
法水は郷原が持ってきたコーヒーの湯気を眼で追っていた。
郷原は落ち着いて声で話す。「教えることはいくらでもあるんだ。焦ることはない」
「早う次の対戦相手を教えて欲しい」
「あれか? やっぱり怜悧に認められて嬉しいのか?」
女子部のエース、黒髪怜悧と話をしていることは郷原の耳にもはいっている。
「なこたぁ今関係ないでしょう? なんのために二人で話してるんです?」
「ぬ……もっと砕けて話せない? お前も大人だろ」
「次の相手は?」
「次はうちの高校生と戦ってもらう。チャレンジじゃなくてトップが相手だ」
法水はある選手を思い浮かべた。黒とオレンジのプレデターを履いた三年生。
「予定を調整するから二カ月後だよ。来年の一月頭になるだろう」
法水はうなずく。同年代に敵はいなくなったのだから相手としては妥当だ。
「新年早々だから来年最初の試合ってことになりそうだな」
「新年……お年玉でるの?」
「子供あつかいして欲しいのか大人あつかいして欲しいのか」