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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
傾世
17/59

いかにして密室は破られたのか(試合終了)

しばらく日常回になります

3(承前)



 法水はゴールを奪うことに専一していた。


 ゴール前で他の多くのDFとともに守る大槌の裏をかくことは一人ではできない。どんなシュートでもドリブルでも無理だ。

 ならば自分はゲームをつくる『主人』としてではなく、得点するだけの能力を発揮する『道具』としてピッチ内で仕事をしようとした。

 一度だけでいい、シュートチャンスがあれば必ず決める。そうチームメイトには伝えていた。

 彼らは確かに応えてくれた。そのチャンスをつくりだしたのは特例でチームに加えた(法水自身が望んだことだ)黒髪と木之本の後輩二人だった。


 ゴールシーン。右に米長がはいり左に法水が流れていた。この場合の正解は米長→近寄った法水→裏を抜けた米長がシュート、であるようにも思えた。

 だが正面には相手の意図を察知できる怪童、大槌退がいる。米長が法水からの折り返しをもらいに前へ走ってもこのDFに止められていた。

 あるいはトップにいた米長がボールを受けてから下がり、アカデミーの選手が4、5人エリアに侵入し相手の混乱を誘うというプランもある。

だが相手ディフェンス陣の身体能力でボールをカットされていたかもしれない。

 可能性はあったがそれは決して大きくない。米長はそう感じとりバックパスを選んだ。もっともゴールに近いポディションにいながら、自分が囮役にもなれていないことを自覚していたのだ。

 ボールを受けたのは黒髪誠実。狭いエリアでのパスセンスには非凡なものがあった。だからこそ相手選手に警戒され三人がついた。佐伯と鬼島ともう一人の選手に。誠実は三人に囲まれそうになりながらワンタッチでコントロール。時間はなかった。ダブルタッチで奪いにきた二人の間にはいり、三人目が回りこむまでにラストパス。時間をかけず相手に考える暇をあたえなかった。

 法水のゴールを単純に分類するのなら遅い攻撃からパスをつなぎ最終ラインの裏をとりGKとの一対一を制したもの、といえる。だがその前のおよそ10分間に『得点のフラグ』は立てられていたのだ。

 ラスト10分間、法水は大槌およびもう一人のセンターバックと駆け引きを行っていた。

 あるときはあえて(DFの背後の)オフサイドポディションを歩きゲームから消えようとし、あるときは二人のセンターバックから離れボールをもらうふりをした。だがサイドに張ってゴールから離れることはなかった。

 大槌は純粋なセンターフォワードとしての法水と対決し続けていた。

 攻撃に出払っていた他のチームメイトもそれに気づいている。あの駿足は警戒に値した。今はこちらがボールを保持しているが、一度でもボールがあいつに良い形ではいればまずい。だからこそにセンターバックに背中を任せたのだ。

 だがその思考がアダとなった。

 キャプテンが法水の狙いを分かっていると思いこんだ残りのDF陣は、最後の場面でも黒髪がミドルシュートを撃ってくるばかりと思っていた。烏合の衆といっても良い。これまでの大槌の活躍がチームにとって逆に働いたのだ。

 大槌は(バックパスを選んだ)米長にかかりきりだったというのに、法水をマークしていたはずの右サイドバックは、一度ゴールから離れたFWを警戒していなかった。シュートさせない守りは可能だったはずだ。

 法水好介はフリーになって木之本伴のパスをペナルティエリア左で受ける。ドリブルで五メートル進みあとは『おいしいところをいただくだけ』と思われた。

 しかし誰よりも早く法水の来襲に気づいた大槌は、限界を超えて足を動かしFWに触れられるところにまで迫った。

 止めることはできないにしてもストライカーの選択肢を奪うことには成功している。つまり『GKをかわしてゴールに流しこむ』ことはできない。およそ三十分前自身が倉木に体を入れられ防がれたシーンと同じ轍を踏んでしまう。

 しかも左側からエリアに入ってきたため角度がない。

 加えてゴールを守るのはマルコーニ。大きな体が狭いゴールを塞いでいる。


 法水は。

 この至近距離で最高のシュートを放ち倒れた。

 シュートは反応できないキーパーの頭上、ネットの上辺を撃ち抜いた。




FFA U-15

         1-0

             U-15日本代表




 座った倉木は15番の名前を聞いたあとに酸素吸入器を外し、クールダウンを終わらせ集まってきたチームメイトを見回していた。

 倉木は体調不良を隠し試合に強行出場していたことを知らせる。そして敗因は自分にあるとしゆずらなかった。

「悪くない試合だったろ」と鬼島は言う。


「いい試合は勝った試合だけだ」と下からでも相手を見下ろすように倉木は述べた。


 試合が終わったばかりで気が立っている。佐伯が非感情的に。「済んだことで喧嘩すんな」


 鬼島は続けて。「つかチームメイトの名前も覚えないなんてありえないだろ」


「チームメイトなのは今だけだろ。監督が予選までにもっといい奴を連れてきてくれるよ」

 倉木はこう述べると、試合に出ていたメンバーの一人ひとりが何を思っているかを確かめる。


 佐伯は言った。「自分だけは生き残るといいたいんだな」


「出ていく奴の名前なんて覚える意味なんてねぇ。そんなに嫌なら今からでも覚えてやる。お前はなんとかジマだろう?」


「鬼島」


「な、キジマだったろ? 植物の木? 生きるの生?」


「鬼だよ」と本人。


「鬼! なんだイメージぴったり。お前は……」倉木は右足をかばいながらこちらに歩いてきた大槌を見て。「確かオオなんとか。大西? 大塚?」


「大槌だよ。大きいに木偏に追いかけるで大槌!」ゲームキャプテンは失点直後に右太腿に痙攣を起こし、倉木共々途中交代させられていた。


「まぁいいや」別によかった。倉木は佐伯に眼をやって訊ねる。「お前は確か……佐伯?」


(ちげ)え佐伯だ!」


「あってるじゃねえかよ」と鬼島。



 倉木は結局チームメイトに認められた。

 前評判以上の能力を見せつけたこともあり、また体調不良をおしてまで試合に出て、コーチ陣にアピールしようとしたその気性もまた認められた。

 倉木はこの厳しいセレクションを通過し続け、二年後の本大会で青野の指揮の元代表を優勝させたいと強く願っている。試合に出るということは他人を押しのけることと同義だ。この才能に敵視されている……。

 とはいえ試合に敗れたことには変わりがない。

 倉木はメインスタンドを見上げ、それからそばを歩く米長公義に気づき話しかけた。「お前らはまた別の敵を見つけ戦い続けるがいい。ところでなんて名前なんだ?」


「米長」


「いやノリミズって名前だった」と大槌が答える。「どんな漢字だかわかんないけど」


「多分法律の『法』に飲む『水』で法水だよ。米長はその人の名前」と佐伯は言う。


 米長は足を止めず、勝利にはしゃぐチームメイトに近づいていった。


 倉木は見送って。「法水は女みたいな顔なのにあれは怖ぇ顔してんなって人のこと言えねぇ! ってか」


「自覚あったのか」と佐伯。


「いやしかしほんと変な奴だな法水とかいうの」倉木は眼を閉じて。「わざわざこれのために代表拒否るとかないわ」


「んなことあったのか」と鬼島。


「つかゲーム中と違ってよく喋るのな」と小声でマルコーニ。



 俺だ。

 俺だったはずなのに。今スタジアムにいる人間が尊敬するのは法水であって自分ではない。

 およそ二時間前、試合が始まる前とは違う人間ができあがっている。

 今の自分はひどく怯えていて、そしてこの体の奥から響く痛みから逃げられない。臓器をいくつか取り除かれたかのようだ。

 俺は本当にあの男の血を継いでいるのか? 俺は本気であの男を超えようとしているのか? 正気かよ。

 たとえば前線でボールを巧みにキープし味方が上がる時間をつくることもできなかった。

 放ったシュートがことごとくネットを揺らすこともない。

 数秒後を読み相手からボールを奪取することも叶わない。

 そこから法水が欲求する最高のパスを送り届けてやることも……。

 今朝目覚めてからずっとイメージしていたスーパープレイは、一つもピッチ上で発現しなかった。

 ずっと……夢でも見ていたんじゃないか?

 俺は並大抵なんだ。



 やった。イェス! 絶対やられっかと思った。あれはあっちのミスだよな。怪我明けだったんだろ。気づきませんでしたよ。アシストだなトモ。良くやったよ。まあな。「私が選びました」お疲れえ。お疲れ。倉木ほんとヤバかった。上ぇ? そうです。「はっはー『お疲れ』だとぉ俺は疲れてなどいない!」元気だな。おお。ナイスゴール! また調子に乗る。あれは難しい。そうなんだけどさ。ズドンだった。あれはな。誰でも止められないだろ。本当凄かった。ノリどしたの? 「ヨネ言ってたよな、『今日で雌雄を決する』みたいなこと」え、それが? ……急に黙んなよ。前半惜しかったよなヨネ。今日も一番ファイトしてたよ。顔痛い。あれだけ回されて足よくもったよ。もっと早く点入ってたら違ったろうな。お前も獲りにいけてたほうだよ。災難だ。やっぱ代表だった、全然捕まえらんなかった。「楽しかったろやっぱ」勝ったから良かったが。今日は出させてもらってありがとうございます。実力があったからだろ。「それっきゃ持ちこめないからね」次に切り替えよう、次はシティとだ。おう。いいよ。切り替え切り替え。ったくよう。監督呼んでます。



 メインスタンドにはさきほど終わったゲームの唯一の得点者、法水好介がいた。

ピッチから跳び上がり手すりを乗り越えてきた。90分間走り続けたというのに体力はまだ有り余っている。


 黒いベンチコートを着た少女のそばに法水がいる。練習中は結んでいる髪を今はおろしていた。背は高い。法水が高身長に見えないほどだ。女性性を感じられない容姿。目は細く視線はピッチにむけられる。口は大人しく結ばれ、これからつい直前に試合を決めたスコアラーを褒めようとしているように見えない。

 その法水は席に座らず階段に腰かけ同い年の彼女の足元に猫のようにしなだれかかり見上げている。

「サッカー好きで良かったよ」と法水は言った。


「すべてを手に入れたかのような言い草じゃないか」と怜悧(れいり)は返す。声の調子は事務的に平坦で下に座りこむ少年のテンションとは正反対だ。


「そっちが『はい』といってくれれば僕にしてみればその『すべて』を」


 怜悧は怒気を含んだため息をついてから「大したことをしたわけじゃない。二年後ならともかく今の代表を倒したからどうってことない」と言う。


 法水はちょっと黙ってから。「それは分かっているよ」


「何しろコンビネーションができてない。試合中に向上は見られたが」


「でもうちのディフェンスは耐えきった。誠実君も役に立ってくれたよ」


「弟は」黒髪誠実は。「もっと前のポディションで使ってくれれば役に立てた。君ならできたんじゃないか?」

 そう一学年上の姉である黒髪怜悧は言った。


「ヨネとポディションが被る」と法水は言った。「それに選手起用について間違えはなかったという認識だよ、采配も」


「それについては青野さんも素晴らしかった」


 法水は下をむいて。「足元にいる」


 青野はベンチの代表メンバーに声をかけた。次の練習試合のために別のピッチに移動するようだ。怜悧は怪我明けでチームメイトとは別メニューをこなしている。

「別に約束を守る必要はなかったんだ。こっちが選手を代えないからといってつきあうというルールはない」


「そう、でも青野さんは守ったよ」


「ご都合主義だ」


「世の中は僕の都合にそってできてるんだ。そう思わない?」


「そう思わない」


「……怜悧ちゃんと一緒にいるとそう思えるんだよ?」


「ちゃんづけはやめてください」


「ならシュガー?」


「それも」


「単純に考えてナショナルチームより強いチームはその国に存在しないはずなんだ。プロクラブなら毎日練習してリーグ戦を通し強くなれるだろうけれど、アマチュアのうちは代表が最高のチーム……だと思うよ」


「そう」


「あのチームは尊敬している。大したメンツがそろってると思うよ。2年後が楽しみだね」


「君も選ばれるはずだっただろう? イレギュラーすぎる」


 法水は相手に指をむけて。「そっちは喜んで選ばれてるけどさ」


 怜悧は法水の人さし指をつかみ上下に振る。「断る理由はない」


 法水は痛みに悶えつつ。「考えが違うね。僕は強いチームの敵になりたかった」


「選手ならいつだって自分のいるチームを強くするために存在する」


「それでナショナルチームが自分のチームだと」


「そう」


「かっこよすぎない?」


「ただの本心」


「性別を間違えたんじゃ?」


「怒るからね」


「! そだ」


「何?」


 法水は笑んで。「まぁ身構えないでよとって喰いやしない」広げた手を肩にむけようとして。


 怜悧は反応しない。「何」


「おめでとうって聞いてなかった」


「……おめでとう」


「どういたしまして。なんか気が抜けて疲れてきちゃったよん。なんか腹にぶちこみたい」


「人前で『ぶちこみたい』はやめろ」

 法水と怜悧は2人きりで話しているというわけではない。怜悧の隣には練習の合間に観戦にきた女子部の生徒がいる。


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