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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
傾世
14/59

完敗

3(承前)



「今のを伏線にしよう」法水はそう一人のチームメイトに耳打ちする。「僕がボールをもったらどの位置でも距離を詰めてくるはずだ。その背後を走れば一秒フリーでボールが持てる。あっちもすぐに修正してくるから機会は一度っきりだ」



 後半21分。

あまりに短い時間しか残されていない。おそらく先制点で決まるゲーム。

 漫然とゲームをこなす人間に次はない。少なくとも青野はそう思っている。

 アカデミーのショートカウンター。

 左サイドバックの武井がスライディングでボールを奪いキープ、ドリブルを始める。

 20メートル前方を法水が走る。

 法水が左サイドによく流れているのは、相手の右サイドバック鬼島結城をマークするためだった。あのスピードマンについていけるのは同じ速さを持つ法水だけだった。

 本来対面するはずの左ウィングの柳がセンターバックの手前にいる。

 柳は何ができるかを知っている。

 武井が右足で縦パスを法水に送る。その正面に鬼島が待ち受けていた。ここからでもシュートをぶっぱなしてくる。密着してマーク。

 法水が先をとる。

 タッチする直前に上半身が前をむき、残した右足のアウトサイドでボールを浮かす。

 シャペウ。

 鬼島の頭上をボールが飛ぶ。

 後方に広いスペースがなければ使えない技術。

 ボールを落とす場所へ法水が走る。すでに

 鬼島はボールを見ていない。法水本体を制せば攻撃は止まる。

 主審には背後に浮くボールを追いかけて見える体勢で、トップスピードで走る11番のコースを塞ぐ。

 二人が衝突した音がスタンドにまで聞こえる。法水は失速して死ぬる、とつぶやく。鬼島は走り続けた。

 策は成功。

 成功したのは法水だ。狙いは鬼島を抜くことではない。斜め前、柳へのパス。一度も視線は交わしていない。

 ボールは鬼島と大槌の間で大きくバウンドした。

 斜め45度。ペナルティエリアのすぐ外。

 法水に気取られていた大槌がわずかに一歩出遅れる。

 柳はその一歩の違いを知っている。

 ボレーは彼の武器だ。タイミング良く落ちてきたボールは膝の高さ、十分刺せる。

 はずだった。脱力し上から振りおろした右足はボールをあらぬ方向へ打ち上げはしない。

 シュートと同時に大槌が足をさしだした。

 センターバックはボレーシュートをブロックなどしなかった。

 インパクトの瞬間足首を回転させボールの勢いを殺す。空中でトラップしそのまま足元に置いた。

 歯牙にもかけない。大槌にしてみれば確率の高いプレイを選んだまでのこと。

 それくらいのことはしてもらわないと、とベンチの青野。

 柳が一秒、ファーストディフェンスを休んでしまったのは、大槌の技量に圧倒されたため。

 ゲームを落ち着かせたい佐伯がポディションを下げてきた。

 その選手に大槌が喚いた、「俺が運ぶ」と。

 ドリブルだ。大槌が撃侵。あの巨体でなんという機敏。

 他に攻撃に加わっていた法水、木之本、日比野は大槌から離れている。ハーフウェーライン付近までドリブルは止められない。前を見る時間を与えてしまった。

 長いグラウンダーの縦パス。大槌→倉木。

 米長は倉木へのマークをゆるめていた。

 この位置からの攻防は無限。しかしボールをうけるのが倉木という最悪。

 倉木の反応はやや遅かったが、この選手ならトラップから素早く次のプレイに移行するはずだ。



 大槌が狙ったのは倉木ではない。

(倉木は大槌に対し半身でまっている)。

 遠い位置にある倉木の左足だ。

 インサイドでトラップしながらボールを追うように反時計回りにターン。ゴール前斜め四十五度からすぐしかけることができる。

 そこまで大槌は計算してパスを出している。

 米長のプランはそれを読んだうえでのものだ。

 こいつがしかけようとかまわない。危険は承知している。

 ここまで自分たちは守る際あまりにもセーフティだった。常に受け身。それでは駄目だ。ボールを奪いにいくパターンをまぜなければ相手に攻撃の選択肢を削れない。

 今からでも間に合う。絶対にしかけにくるこの10番を一度でも止めることができれば、代表はボールを失うことを恐れるようになる。そして同時に倉木一次という選手からチームメイトの信頼を奪うことにもつながるのだ。

 今だ、トラップの瞬間体を食い込ませてやる。

 強烈なパスがくる寸前、倉木は動いた。

 その軌道に対し体を真横に。左足でタッチできない向きだ。

 まるで右足しか使えない選手のように不器用に、

 右足のアウトサイドタッチ。狙うべきゴールはその視界にない。これでは右サイドにいる味方に横パスしかだせない。その選手も誠実がマークしている。

しかけられる選手がしかけるべきタイミングで逃げの一手。

チームにとって最悪のトラップになってしまう。



 青野は数分前から立って試合を観ていた。これまでは腕を組み泰然としていたが、今を楽しんでいることを隠すのは難しい。

 派手なシュートシーンばかりが眼に留まる倉木だったが、優れたパサーでもあった。

 時間と空間がないゴール前でも同じようなプレイができたらなお良い。まだアカデミーの守備をおとしめる時間はある。

 このパスにFWが反応できなくともまだチャンスはつくれる。



 最初に気づいたのはベンチの青野、そして眼の前で倉木のトラップを見た米長であった。

 一部の観客、そしてボールの周辺にいた選手には倉木の打った悪手がわかる。

 倉木は横にゆっくりとドリブル。しかし米長が前に、そしてまもなく木之本が後ろにつきはさみこみボールを奪うだろう。

 しかし左アウトサイドキック、ボールがスペースをつく。

 とおるはずがない、と米長。こいつはずっとゴール前を見ていない。

 とおるはずがない、と米長。ノールックパス。左斜めに滑っていく。

 15番と堤、二人は同時に気づいた。

 地面を蹴って加速する。エリア内で激突した。堤は右足で、15番は左足で先に触れようとした。

 反応は堤が先んじた。蹴りだされたボールはスタンドの低い壁にぶつかる。

 ……審判が試合を止める。ボールをクリアしたあと勢い余ってFWのスパイクがGKの足を踏んでいた。

 小休止。


 15番は下をむいてしまった。その場でドクターに診てもらっている堤を思ってのことではない。

 それよりも……。

 ありえない選択。ありえないパス。

 倉木はGKと自分との間のスペースを狙った。

 サイドにいた味方にだすとみせかけながら中央へ蹴る空間把握能力、そして逆足であの精度のスルーパス。あえて悪手を打ち好手に化けさせたその即興。

 それよりも驚愕すべきことは。

 大槌からのパスをもらうまで遠距離のゴール前の動きを何度も確認し、かつ自分の近距離にいた米長にラストパスの邪魔をさせなかったことだ。

 ふたつの距離の異なる区域の意味合いを読みとりプレイを実行してみせた。自分の衛星に常時情報を送らせているかのよう。

 たった一歩、反応が早ければ。

 先にボールにタッチできればいくらでも選択肢がある。背後のDFの動きも鈍かった。キーパーをかわすことも、コースを狙ってシュートすることも。PKより得点する確率は……。

 耳にしたことのない声がフィールド内から聞こえた。

 手を叩き鼓舞しているのは自分のチームメイト。あいつのパスを読めなかったから自分は……。


「顔を下げるな15番!」

 続けて倉木は自分が望む位置に動くよう味方に話す。彼の言葉は事細かで、理解しやすく、そして可能性を感じさせる。次のプレイで確実にゴールが奪えそうに聞こえてくる。

 ……チャンスをふいにした彼は苦笑いするしかない。チームメイトの名前を覚えようともしない倉木という男の横柄さ。だがその力を疑う人間はこの場所に一人とていない。

 一方。



 米長は完敗を認めていた。あれが本気になった倉木だ。

 倉木のようなシュート・パスの技術も、視野の広さも自分にはなかった。

 選手としてあいつには敵わない。俺じゃあいつに敵しないのだ。

 米長は感情を表情筋の下に押しこんでいた。

面倒なことは試合が終わってから考える。自分があちらのチームに入れない程度の力しかなくとも、アカデミーが代表に勝てない理由にはならない。

 法水が額の汗を拭いならやってきた。「あんましはいってないけど」といってボトルを渡す。

 一口で飲みきってしまった。胃のなかに溜まり体へ浸透していくのがリアルにわかる。

「ドレッドノート級にシリアスだね」とキャプテンは言う。


 空になったボトルを捨てて米長は。「ハナからだろ」


「約一名本気じゃなかった奴がいる。今は大本気(マジ)だ」」


「倉木か」あいつこそがベストだ。


「僕みたいに純粋なリーダーとは言えないけどさ」

倉木は自陣ゴール前にチームメイトを集め、短い時間に意見を戦わせている。


「お前のどこがリーダーだよ」


「ガキ大将っぽいところはあるね。自分の利益のために周囲の人間をしたがわせる」


「お前そっくりじゃねぇかよ」


「気づいてた?」法水は訊ねる。「ところでキングは誰だ?」


「……プロの誰かだろ」


法水は自分の胸を指して言った。「俺が決めるかんね」


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