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フェノメノ ~日本サッカー架空戦記~  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
傾世
11/59

凍らせ屋

遅れます

3(承前)



 総力戦になっていると木之本は今更気づく。

 相手のタックルが深い。

 木之本は前のめりに倒れたがホイッスルは鳴らない。

 味方の声に反応できなかった。リアクションする暇はない。

 すぐに起きあがり自陣にもどる。今度は木之本が味方を言葉でコントロールしボランチからボールを奪い返した。


 左サイドバックの武井が中央でドリブルする。応対する佐伯のプレイは単調だ。セーフティすぎる。誰もボールを奪いにくるとは思っていない。

 木之本はボールをもらう動きをしない。ただゴールにむかって走る。

 しばらく試合がなかったピッチだ。芝はゴール前をのぞけばほとんど荒れていない。パスサッカーには適している。あちらにしてもこちらにしても。

 武井は誠実へ。誠実は相手ボランチのマークをものともせず前方の木之本へパス。

 木之本対大槌。大槌が最後のDF。ゴールまでは四十メートルある。

 木之本は十一時の方向にパス。スペースができている。

 勝負するのは左サイドから内にきりこむ法水。

 鬼島がポディションを誤った。法水に背後をとられる。彼の足でもリカヴァーできない。

 一対一。

 右に切り返しGKをかわしにかかる。『詰めろ』だ。

 リカヴァーしたのは全速力で自陣へ引き返していた代表の選手。法水とボールの間に両腕を広げ割ってはいる。


 倉木はボールをキャッチするGKを見た。早くボールを動かすよう指示する。

 そして大槌に「俺がやることじゃないだろ」と愚痴った。

 味方のミスをケアするような選手だったのか、と木之本は驚いている。

 ヴィデオで学んだつもりになっていたが、キャラクターについて知ることはできなかった。



 倉木はこれまで常にチームを勝たせるためのサッカーを貫いてきた。

 ジュニアユースからユースへの昇格が許されたのは個人戦術が優れていたからだけではない。行動のベクトルのすべてが試合の勝利にむけられているからだ。

 ガンズ大阪ユースは数あるクラブユースチームの中で有名な部類に含まれるが、一強を名乗れるほど力が飛び抜けているわけではない。

 関西近辺に限っても広島、神戸、京都、そしてもうひとつの大阪。どのユースも一流の選手を輩出する優れたチームだ。

 倉木がチーム内で台頭したのはそういった難敵との試合でチームを勝利に導いたからだ。

 たとえば試合の終盤相手チームの攻勢にあった時、それまで常に最前線でプレイしていた彼がポディションを無視しボールを追いかける。

 至高の技術を持った彼がユニフォームを汚す守備で味方を助けている。

 倉木にはFWやゲームメイカーとしてではなくサッカー選手としての勝負勘があった。



 成長している。そう郷原は評価した。

 保有する武器の量・質ともに最高であったこの選手が、この試合でもっとも上達している。

 ワンタッチやダイレクトのパスが多くなった。これならマークを集めることもない。

 パスを出したあとの動きも良い。アカデミーは前線と中盤を行き来する倉木に対しゾーンで守っているが、ボランチ(主に木之本)からセンターバック(宮原、牧野)へのマークの受け渡しがぎこちなくなる。

 しかたなく木之本はそのまま倉木につきDFと化す。

 結果としてペナルティエリアの正面を誠実一人で守ることとなってしまう。

 好き放題にさせたくない米長、柳、日比野ら二列目の選手は自然DFラインの前にまで下がる。

 練習では口喧しく中盤の選手に「前から奪いに行け」と指導していた8番が渋い顔を隠さずボランチの位置に。

 中央からの攻撃が手詰まりになりバックパス。ボランチから佐伯に。佐伯からまたそのボランチに。

 佐伯は主審を見ていた。また代表がゴール前でチャンスをつくることを分かっていて、ボールを追いかけずアカデミーのボランチ、誠実の前で待っている。

 倉木が中盤に下がる。木之本が追いかけてきた。

 ヴァイタルに三人のディフェンス。

 正面からの攻撃では渋滞になる。左サイドへ。

 これまでボールを欲求していた15番。絶対にしかけ

 ない。左足の横パスだ。

 15番から内側のサイドバック、サイドバックからボランチ、その選手が味方にシュートを放つ位置を指定する。ゴール前の右30度。

 放つのは上がってきた佐伯。

 ボールの周辺には誠実とこの6番しかいない。

 米長はボールを奪いに左サイドへ、木之本はゴールへむかう動きをした倉木のフリーランにつられていた。

 しかし誠実はパスをつないだサイドチェンジからのフィニッシュを読みきった。

 直前まで左サイドバックを相手にしていたというのに、長い距離を走り芝を削りながらスライディング、佐伯のシュートをブロックした。

 誰にでもできた守りではなかったというのに、彼はすぐに起き走り始める。



 倉木は誠実の背中を横目で見ている。背番号は自分と同じ10。

 学年はひとつ下と聞く。身長もない。『雰囲気』もない。伊達や酔狂でその番号があたえられているとは思えないが。


 ゲームは途切れていなかった。

 ボールは右サイドのタッチライン際を転がっている。

 あきらめず追いかけたボランチが踵でボールを止め、ラインの外で反転。

 代表のチャンスが立ち消えになったことで空気がゆるんでいた。

 そのコンマ数秒を狙う。

 法水が「出てない!」と叫びピッチを滑り、ボールを狩ろうとした。

 寸前MFはゴール前の味方へボールをいれた。法水の左足につまずき胸から倒れる。

 油断を突くなら今しかない。

 だがセンターバック宮原がキャプテンの一喝で再起動するほうが早かった。ヘディングでクリア。が。


 相手がどこにいるかを把握していなかった。前方で待つサイドバックへのパスとなってしまう。

 浮いたボールが鬼島の立つ場所に。

 動かなければ鳩尾にあたる高さだ。

 それではダイレクトでパスが出せない。とっさに後方にステップし右足で左の倉木へパス。倉木は分かっている。

 シュートを。

 だがその二メートル前をふさぐ壁がある。

 鬼島も倉木もこうなることを想像できなかった。

 主審の古野。彼がシュートコースにはいってしまった。偶然が重なったこととはいえ……。

 顔を青くしたその三十男だがやるべきことは分かっている。今すぐ左横へ跳び倉木のシュートの邪魔にならないこと。

 しかしその空間には入れかわりで右隣に立つ木之本がはいるはずだ。

 だから、

 倉木はその眼力で審判に命令する。『お前の横をドリブルで抜く。動くな』。

 主審はその場を動けなくなる。

 倉木の真の選択はグラウンダーのラストパスだ。

 木之本はインターセプトできない。

 驚きはしたが主審が反応する。小さくジャンプ、足元にくるボールを避けた。

 マークを外した15番が斜めにはいる。

 その眼にはゴールとキーパーだけが。

 相手の動きを見てシュートを撃つ。右上。

 キーパーが跳躍

 するもとどかない。

 ネットの内側をボールがこする。


 ストライカーはシュートを決めたあともクールであり続けた。

 走り始める前に副審を確認する。

 旗は顔の高さにまで上げられていた。

 眼を閉じ表情をなくす。

 オフサイド。倉木がパスを出す前に15番はアカデミーのDFの後ろに立っていた。

 今度こそ試合が止まる。


 ミスの少ないゲーム、笛が鳴ることは少ない。この時間にほとんどの選手達はボトルをひろいあげる。

 倉木の主審を利用したプレイに気づいた人間は少ない。

 鬼島は口端を上げうれしそうに倉木を一瞥する。いいじゃないの、とでも言いたげだ。

 その倉木は米長にどやされている木之本を見ていた。

「古野さんぶっとばせばよかったんだよ甘坊」と米長。「試合中の審判はでけえ石ころと一緒だ。邪魔した古野が悪い」呼び捨てになった。「あいつごとボールを蹴ってれば止められた、違うか?」


「違いません」木之本はそう答えユニフォームの袖で頬の汗をぬぐう。


「まぁいい……策がある。俺とポディション代われ」


「そんな勝手に」


「俺が、脅して、独断でやったことだ。あとでそう説明しろ」


「実際やってることですからね」


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