包帯
●前回のあらすじ
エロ本が買えなかった。
【包帯】
5月の中旬。
そろそろ、中間テストが気になる時期になってきた。
朝の電車。
私は毎日同じ位置から乗車するので、山本も毎日同じ位置で待っている。
「三条さん、おはようございます」
「おはよう山本……あれ?」
山本の両腕は包帯でグルグル巻きになっていて、手が軽く変色していた。
「大丈夫!?山本、ケガしたの!?」
「え?何が?」
「その腕、すごいことになってるけど」
「ああ、これは単に血の流れが悪くなってるだけだから大丈夫。」
血の流れが悪くなってたらマズいんじゃ……
「昨日の夜、いつものように空想上の三条さんと楽しんでいたんですよ」
「へ、へぇ……」
いきなり話題が変わった。両腕は大丈夫なのかな。
「縛り上げられた私が色々触られるって設定でね。こう……ね?」
山本は脇腹や太ももに変色した指を這わせる。
どういう設定なんだろう、私はそんなことしない。
「でも問題があったんですよ」
「既に問題だよ」
「基本的に手のひらとか指先って敏感でしょ?だから自分で身体触ると『触られてる感覚』よりも『触ってる感覚』が勝っちゃって。そこで、思いついたんだよ!コレ!」
山本は両腕を掲げてみせた。
関係ある話だったんだ。
「こうやって縛って血の流れを止めれば腕の感覚が鈍って『触られてる感覚』を楽しめる!そういうわけです!」
とりあえず、包帯は外させることにした。
教室に入る頃には山本の手の色はいくらか良くなった。
「別に触るぐらいならやってあげないこともないんだけど」
変なところじゃなければ。
「いやあ、私も『頼めば触ってもらえるんだろうなー』とは思ったんだけどさぁ……三条さんは優しいから、頼んだらなんでもしてくれそうだし」
「いや何でもするとは言ってないけど……」
「えー、多分何でもしてくれるよー」
「しないって」
山本が悩ましげに頭を掻く。
「例えば……私が、三条さんに『机の上に跪いてスカートたくしあげて』って頼むとするでしょ?」
「…………」
「た、例えばの話だから」
「私、頼まれてもそんなことしないよ」
私は山本に、一体どう思われているんだ。
山本が真剣な顔でこっちを見る。
「じゃあ私の余命があと一ヶ月で、その状況で頼んだら?」
「うっ……」
「三条さんは優しいからしてくれそうなんだよなぁ……」
山本が腕を組んで背中を丸める。
「場の勢いとか状況によっては結構凄いことも、頼めばやってくれそう。現に一回キスしてもらっちゃってるし」
「あのことはもう忘れよう」
「私が際限なく求めて三条さんがそれに応えてしまう。コレはイカンと、そう思ったのです」
「はぁ」
遠回しに『節操が無い』と言われているような気分になって、少し頭にくる。
「ところで三条さん、キスって本来どのタイミングでするのが適切なんですかね?」
「えー、結婚した後ぐらい……?」
「なるほどなるほど」
本当は付き合ったらキスしてもいいような気がするけど、敢えて遅めにしておいた。
頬にキスなら、国によっては挨拶感覚でしてる気がするけどそれも黙っておくことにする。
そんなこと言ったら山本が食いつきそうで面倒くさいし。
「つまり、お互いに関係を築いてから色々するのが本来の流れだよね」
「うん……本来の流れ?」
「でも私は今したい。そこでどうするか」
「どうもしないよ……」
「関係はあとから築くことにして……先にやることやりません……?」
…………は?
「え?どういうこと?」
「ほら、借金ってあるじゃん?あれって『今お金が必要だけど、今は持ってないから後で返します』っていうものでしょ?それと同じで私も今三条さんが必要だから」
「…………」
「その分、利子つけて愛を返済するんで……」
「ええ……」
愛を返済って……
「ダメかー」
ダメに決まってる。
「じゃあプランBを……」
「今のAだったんだ」
「突然ですが、三条さんは『信用取引』というのをご存知で?」
「信用取引って、株とかの信用取引?」
「その通り。ふつう100万円しか持ってない人は100万円分の取引しかできないけど、信用取引を行う場合300万とか500万円分の取引ができる!レバレッジ?がかかるとかで」
「……それで?」
「今、私と三条さんは『勢いでキスする程度』の関係だからさ」
「あのことは忘れよう」
「そこに信用取引を応用してですね、5倍くらいのことを……」
「…………」
私は無言で山本から目を逸らす。
山本はどんな反応をしても嬉しそうにするので、無視が一番効くのだ。
……ちょっと心が痛むから多用はできないけれど。
「三条さん、私の今後に役立てるために、どこがダメなのか教えてくれると嬉しいなー……あはは」
「信用取引ってその名の通り信用で成り立つものなので、まず信用が無いとちょっと……」
「あー、確かにそうかも……」
『信用無い』って言われて自分で納得するんだ……。
でも、一応山本にも自覚があったようで嬉しい。
「いい作戦だと思ったんだけどなー」
「……そんなことよりもうすぐ中間テストだけど、山本は大丈夫なの?」
「テストねぇ……私この学校ギリギリ入れたレベルの頭だからどうせ学年順位低いんだろうなぁ、多分ビリのほうだ」
「中学と違って、赤点とったら留年だからあまり気を抜かないほうがいいと思うよ」
「まあ、中間試験でダメでも期末試験があるし……更に言えば2学期と3学期の試験もあるし、やる気がでないんだよね」
やる気が出ないからってやらなくていい訳じゃないんだけどね。
ちなみに私は元々、ここよりも偏差値が上の高校を目指していたので、成績に関してはけっこう余裕。
テスト勉強も、ちょっと前から始めている。
「やる気ってどうやって出せばいいんだろ、勉強に」
「勉強の楽しさを知る……っていうのが一番なんだろうけど」
「そう簡単に行かないだろうなぁ……」
「根本的な解決にはならないけど、良い成績とったら親に何か貰う約束にしたらやる気でるんじゃない?お小遣いアップとか、山本携帯電話持ってないから携帯電話買ってもらうとか」
「携帯電話は親に『友達できたから買ってくれ』って言ったら、喜んで買ってくれることになったから大丈夫。試験明けに買ってもらう予定」
「ああ……中学時代友達いなかったんだっけ……」
それなら御両親としては携帯電話くらい買ってあげたくなるだろうなぁ……
「良い成績とったら三条さんからご褒美が貰える、とかだったらやる気出るかも」
「それ私にメリットないよね」
「私の頭が良くなると、三条さんはバカの相手をせずに済みます」
……ちょっと納得しかけた。危ない危ない。
「あれ、否定されなかった」
「山本はバカというか……なんて言えばいいのかな、単純に頭のスペックが…」
「それバカって言われるよりも酷い気がする」
「ごめん、ちょっと言い過ぎた」
「いや、なんか気持ちよかったからもっと私を罵って」
山本が大げさに片手で胸を抑えて『心に響いたポーズ』をとる。
「うわっ……」
「何の話だったっけ、ああそうだ三条さんの御褒美の話だ」
「テストの話だよ、とりあえず山本は平均点超えるくらいを目標にしたほうがいいと思う」
「平均点超えたら御褒美?」
「……何か考えとく」
「わぁーやる気がグングン湧き上がってくるなぁ」
もう読まなくなった本をプレゼント、とかでいいよね。
山本が自身の身体を抱きしめて、スーハースーハーと深く呼吸をする。
「なんかもう『御褒美』って響きだけでゾクゾクする……ゾクゾクしない?」
しない。
「そして私の点数が平均未満だったら是非『お仕置き』をですね……『お仕置き』でもテンション上がってくるなぁ」
「勉強しなよ」
ゲヘゲヘ言いながら山本が教科書とノートを開く。
平均点って目標、ちょっと甘かったかな。
少しでも平均点をあげるべく、私も試験勉強に取り掛かる。
ふと、横を見たら山本が固まっていた。
「勉強しないの?」
「あの……三条さん、範囲どこでしたっけ」
「掲示されてるから見てきたらいいんじゃない」
「……」
「廊下に」
「……どうも」
目標、平均点超えは厳しかったかな……
「よし、まずは範囲が分かった!これで三条さんの御褒美に一歩近づいたぞ!」
「分からない所があったら言ってくれれば教えるけど……」
「おお、有り難い!三条さんにそう言って貰えると心強い!」
「頑張ってね、私も自分の勉強するから」
よし、試験までは静かな朝を過ごせそうだ。
「あの……三条さん、分かんない所が」
「どこ?」
「どこというか、分からない所が分からないんですが」
「それは全部分からないだけなんじゃ……」
結局、教科書の試験範囲のところを最初から読み直すことにしたらしい。今から間に合うのかなぁ……
「そういえば山本、ノートは見直さなくていいの?」
「ノートねぇ……一応とってはいるけど黒板とか教科書を写しただけだし、教科書に載ってること以外は試験に出ないから無駄じゃない?正直ノートとるのって大して意味ないと思うんだよね」
たしかに、それは一理あるかもしれない。
「そんなわけで授業中は、三条さんについてノートに書き綴ってました!じゃじゃーん!」
山本が満面の笑みで、『三条さん』と表紙に書かれたノートを掲げたので私はそれを没収した。
なんだこのノート……
「うーん、勉強つまんないなぁー……何か捗る勉強法ってないかなぁー」
「朝にやったほうがいいとか、語呂合わせで覚えるとか……?」
「んー……三条さんは普段どういう風にお勉強をしなさっているんですかね」
「問題集やって、出来なかったところを復習してるよ」
「おお、普通だ……」
普通だよ。何を期待してたんだろう。
「山本は普段どういう勉強を……そもそも勉強してるよね?」
「テスト前は勉強してたよー、だいたい家で裸になって教科書眺めてた」
え?
「どうしてそんなことを……」
「体を冷やすために……難しいこと考えてると身体が熱くなるから、脱がないと勉強できないんだよね」
「…………」
「友達と勉強会するのってどうなんだろ、やったことないからやってみたい」
「え、脱がないと勉強できないんだよね?」
勉強会でも脱ぐの?
「脱がないとできないっていうか、脱いだほうが効率上がる」
「へぇ……」
「でも三条さんが脱いだら私は勉強どころじゃないね」
でしょうね。
「あー二人で脱いで保健体育の勉強したい」
「山本、思いついたことをなんでもかんでも口に出すのはやめよう」
「家庭教師の三条さんに教鞭でバシバシしばかれたい……」
山本がウットリして溜め息を吐く。
「教鞭ってムチだから、バシバシしたら傷だらけになるんじゃ……」
「教師が持ってたんだから所詮体罰程度の威力しかないでしょ、平気平気」
それでも廃止されるくらいの威力はある筈だ。
「そうだ、『御褒美』は鞭で叩くのでもいいよ!」
「いいから勉強しなよ」
その日の夜。
お風呂上がりに下着姿で少しだけ(本当に少しだけ)勉強をしてみたけれど、山本の顔が浮かんだので止めた。
やっぱり普通にいこう。