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ポリタンク

●前回のあらすじ

 山本は三条さんと付き合えると思ったが、勘違いだったのでまた今度告白することにした。

【ポリタンク】


 ゴールデンウィークの合間の登校日。

 あれから何度か三条さんに「好きだ、付き合ってくれ」という旨を伝えたものの、一向に良い返事が返ってくる気配が無い。

 今朝は土下座もしてみた。しかし結果は「そういうのって土下座から始めるものじゃ無いと思うし・・・」と言われただけだった。

 まあ、土下座して物事がどうにかなるなら世の中は土下座だらけになっているだろう。

 気を落とさずに、私は次の案を考える。

 今まではその場の勢いにまかせて好きだと言っていたが、ダメだった。

 それなので、他の方法を取ることにした。




 告白といえば、やはりラブレターだろう。


 授業の内容に悩みつつ、ラブレターの内容にも悩んだ後、昼休みになった。

 「うーん・・・難しいな・・・」

 「山本、何やってんの?また宿題?」

 そう言って私の机を覗き込むのは、友人・吉田。

 「いや、三条さん宛のラブレター。今朝は土下座したけどダメだったから、今度は手紙で想いを伝えようかと」

 「お、おう・・・頑張れ・・・」

 「んん・・・一応こんな感じかな、ちょっと読んでみて」

 「えー、何々・・・」


”三条さんへ


 三条さんに出会う前は、特に趣味もなく、なんとなく毎日がおっくうでした。

 今では、三条さんのおかげで、生活にパワーを感じます。

 最近では、朝の時間を活用するために早寝早起きをするようになり、健康な日々を送っています。

 今後も三条さんとともに過ごしたいと思いました。付き合ってください。


 山本より”


 「何コレ・・・?」

 「ラブレターだけど、変?」

 「こんな『健康食品のCMに出てくるお客様の声』みたいなラブレター初めて見たわ・・・」

 これでも午前中に、世界史の授業を犠牲にして書いた力作なのだが、吉田にダメ出しされた。

 ラブレターというのは奥が深いようだ。

 「変なことが書いてある訳じゃないけど・・・これだと感謝のメッセージって感じだからもっと相手を褒めるとか」

 「『褒める』っていうのは親とか上司みたいな上の存在が、子供や部下に対してする感じがして、なんだか恐れ多いんだよなぁ・・・」

 私と三条さんなら、当然私が下の存在だろう。身長的に考えたら私が親で三条さんが子供ってのもアリなのだが。

 「難しく考えなくても、山本は三条さんのどこが好きなのか伝えたらいいんじゃない?」

 「どうだろ・・・」


”三条さんへ


 私は三条さんの脚が好きです。

 髪もふんわりしていて綺麗ですね。

 付き合ってください。


 山本より”


 「コレで恋に落ちるかな・・・?さっきより変じゃない?」

 「『どこが好き』って言われて身体の部位書くなよ・・・性格がどうとか内面について書けよ・・・」

 なんだ、そっちか。全く紛らわしい言い方をしないでほしい。


”三条さんへ


 性格がいいと思います。

 付き合ってください。


 山本より”


 「雑!雑だよ山本!具体性が無い!」

 「でも三条さんはかなり性格いいし・・・」

 少なくとも私が知っている中では最も性格の良い人だと思う。

 「そりゃそうなんだろうけど、もっとこう『この人は自分のことを分かってくれてる!』って感じのこと書かないとダメなんじゃないの」

 言われてみれば、そうかもしれない。吉田の意見は的を射ている気がする。


 本気まじりのバカ話をしていると、三条さんが弁当を持って私の席に来た。

 最近では一緒に昼食をとっているのだ。

 早速私は聞いてみることにした。

 「三条さん、とりあえずこの3つなら、どのラブレターが好き?」

 3通の手紙(1枚のルーズリーフに書いてある)を手渡す。三条さんは素早く目を通すと、顔色を変えずに私を見た。

 ちょっと前の三条さんなら困った笑顔を見せてくれただろう。困る三条さんも好きだが、私は最近の冷めた反応も好きだ。

 「選択肢これだけ・・・?」

 「こ、これからまだまだ書くから!」

 「おい山本、あんまり三条さんにバカなことするなよー」

 吉田は、そう言い捨てると他のクラスの部活仲間に会いに行った。




 弁当を食べながら会話をする、というのは難しい。

 私は早食いだから5分で弁当を食べ終えてしまうし、三条さんはゆっくり時間をかけて食べる。

 会話は無くとも、私は三条さんの食事風景を見ているだけで楽しかった。

 私や吉田なら齧りついているようなコッペパンでも三条さんはチマチマちぎって、上品に食べる。

 こういうことを書けばいいのかな、ラブレター。




 放課後、いつも通り電車に乗る。

 どういうわけか、その日は混んでいたので吊り革につかまる。

 やっぱり三条さんの身長だと吊り革が少し辛そうだ。

 「山本さん身長高くていいなぁ・・・」

 至近距離から放たれる三条さんの上目遣い!胸が高鳴る。堪らなくかわいい。

 「わ、私は170センチだけど・・・三条さんはどれくらい?」

 「145・・・あっ、145.2!たしかこの間測った時はそうだった!」

 身長は145.2・・・よく憶えておこう。

 体重を聞こうかと思ったが、流石に失礼なのでやめた。身長から察するに、多分40キロちょっとだろう。

 「冷蔵庫の上のほうとか、届く?」

 「一応なんとかなるけど、奥の方は踏み台使わないと届かないかな」

 「じゃあ今度から、何か高いところの物を取るときは私を呼んでよ」

 その時は、私が踏み台になろう。




 休日。私は自分の部屋で、朝っぱらからラブレターを書こうと四苦八苦していた。

 吉田が「好きな所を具体的に褒めろ」と言っていたことを思い出す。

 まずは三条さんについて思い浮かべてみる。

 小さくて、可愛らしい三条さん。

 漠然としたイメージは浮かぶのだが、具体的な言葉を思いつかない。

 想像に足りないのは、現実感。リアリティが足りない。

 そこであるアイデアを思いついたので、私は近くにあるホームセンターまで自転車を走らせた。




 ホームセンターで買ったのは20リットルのポリタンク(780円)を2つ。

 両方に水を入れれば、重さは40キログラム。これで、だいたい三条さんと同じ重さだろう。

 やはり何もない状況で想像するよりも、ポリタンクがあるほうが質量分、リアルな存在感がある。

 私はこれを「三条さん2号」と呼ぶことに決めた。


 さて、どうしよう。

 ひとまず40キロの重みを感じるため、両手で三条さん2号を持ってみた。

 普通に持つと案外、重くないものだ。

 単にポリタンクを持つだけでは三条さんを感じられるわけもないので、私は(罪悪感を覚えながら)椅子に座り、膝の上に三条さん2号を乗せた。

 興奮する!三条さんが膝の上にいると思うと、興奮する!

 せっかくなのでこのまま、借りた本を読むことにした。

 載せた直後は興奮で気が付かなかったが、脚が痺れて痛い。

 しかし、その痛みすら今の私には快感であった。これが、三条さん!


 三条さん2号は(ふたつのポリタンクなので)膝の上に置くだけでは安定しない。

 腕で抑えなくてはならないのだが、後ろから抱きかかえる感じになってしまって・・・。

 恥ずかしい気持ちで顔が赤くなった。

 なんだかドキドキするぞ!三条さんの身体に触れてると思うと、ドキドキする!

 そのまま!

 勢いに!

 まかせて!

 両腕で三条さん2号に・・・


 ギューっと抱きつく!


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 萎えた。三条さん2号、冷たい。

 密着するとポリタンクの中の水に体温を奪われる。

 せっかくの気分が台無しだ。1560円が無駄になった。

 どうするんだ、このポリタンク・・・

 日も暮れる中、私も途方に暮れる。



 どうせならコレは三条さんにあげよう。

 私は電話をかけた。

 「もしもし、山本です!三条さんですか」

 『三条ですけど、何・・・?』

 「突然だけど、ポリタンク欲しくない?」

 『ポリタンク・・・?』

 「灯油とか入れるポリタンク。衝動買いしたけど不要になったから、あげるよ」

 『・・・えっ?ちょっと状況がわからないんだけど』

 「40キロくらいの重さがあるものが欲しいなー、と思って20リットルのポリタンクを2つ買ったんだけど」

 『うん』

 「抱きかかえたら思いの外冷たくて・・・」

 『ん・・・?抱きかかえるの?40キロもあるのに重くない?』

 「40キロくらいなら軽いほうだと思うけど・・・あまり気にしなくていいと思うよ」

 三条さんはちょっと痩せ気味だし、ちょっと太るくらいが調度いいと思う。

 それに、仮に三条さんが太ったとしても、私は余裕でOKだ。

 『・・・それでポリタンクが冷たいとどうして問題なの?』

 「身体が冷えちゃって気分が下がるんだよなぁ・・・」

 身体が冷えるのはともかく、心も冷える。冷えて萎縮する。

 『そんなにポリタンク抱きたいなら中の水抜けば・・・?』

 「いや、それだと重さがなくてダメ」

 『じゃあお風呂の中で抱くとか』

 「お風呂!?お、『お風呂の中で抱く』って・・・!!」

 過激すぎる!『お風呂の中で抱く』・・・!?

 そんなことをしたら確実にのぼせてしまう!

 「あ、ありがとう・・・そっかお風呂か・・・まだ早い気がするけど、そのうちやってみるね・・・」

 『別にお風呂で抱かなくても、最初から中に温かい水入れてもいいんじゃない?寒い時期は湯たんぽみたいに布団に入れても』

 「布団に!?」

 か、過激すぎる・・・!!風呂の後に布団って・・・!!

 『あ、でも20リットルもある湯たんぽも無いか』

 「いや、有用な情報ありがとう・・・日光にでも当てて温めてみるよ・・・」

 ベッドインはまだ早いと思うけど。

 「ところで三条さん、基礎体温どれくらい?」

 『え、それ今関係あるの?』


 その後聞いた所によると、三条さんの基礎体温は36.4度らしい。

 今度、それくらいに温めて試してみよう。


 結局その日も三条さん2号関連以外ではダラダラ怠惰に過ごした休日だった。

 入浴中に意識しすぎて、鼻血が出るまで風呂に入っていたこと以外は普段通りの休日。


 今まで私は自分の部屋を「刑務所のようだ」と思っていたが、こうして三条さん2号の存在があると、なにかの避難シェルターにも見える。

 こんな地味な部屋でも、いずれ三条さんを呼んだりするのだろうか。

 呼ぶだけじゃなくて、泊まっていったり・・・?


 夜。

 三条さん2号と一緒に寝るのはまだ早いと思ったので、一人でベッドに入る。

 もし私が三条さんと付き合うことになって、三条さんが泊りに来たらこのベッドを二人で使うことになるのかな。

 シングルベッドだから2人で寝るには狭いけれど、狭いほうが三条さんとの距離が近くなっていいかも・・・。

 そんなことを考えていたら身体が火照って、眠気が飛ぶ。

 ちょっと恥ずかしい夢だけれど、私は叶えるつもりだ。


 一通り妄想の翼を広げた私は、部屋の隅にあるポリタンクに目をやる。

 店に並んでいるときはただの2つのポリタンクだったが、今、それらは三条さん2号。


 「三条さん、おやすみ」

 結局私は三条さん2号をベッドに寝かせ、自分自身は床で寝ることにした。

 だってそのほうが、私がベッドで三条さんが床に寝るよりもずっとリアルだろう。



(つづく)

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