告白
●前回のあらすじ
山本はクラスのかわいい女の子・三条さんから借りた本に挟まってた髪の毛を保存した。
四月もそろそろ終わり、ゴールデンウィークが気になりだす頃。
まだまだ夏は先だというのに、少し汗ばむような季節。
私・三条は変な汗を流していました。
「私、三条さんのことが好き」
「えっ…………?」
【告白】
朝。
山本さんが宿題を忘れた日の翌日から、私と山本さんは朝の時間を共に過ごすようになっており、その日も予習や課題をしつつ、話していたのです。(まだ私達しか教室に居ないので、勝手に他の人の席に座っています)
「そういえば山本さんって何か趣味あったっけ、読書の他に」
「あー……いや……、特に無いというか……」
山本さんと話すようになってから2週間近く経つというのに、なんだか山本さんは心を開いてくれません。
私が目を合わせようとすると、山本さんは決まって目を逸らすし、メールアドレスを聞いても携帯電話を持っていないと言われます。
本当に電話を持っていないのだと信じたいのですが、考えてみれば私を煩わしく思ってはぐらかしたのかもしれません。
休み時間に後ろの席の人と仲良さそうに話しているのを見る限り、人とは距離をとりたいタイプの人にも見えません。
他の人と話す時と違って、私と話すときはいつも怯えたようなトーンです。
こうして趣味を尋ねてみても、なんだか要領を得ない答えが返ってきます。
何がいけなかったのでしょう。
最初に貸した本が「おもしろい類人猿の世界」という本だったからでしょうか。
勢いで貸してしまいましたが、今思えばそこまでオススメと言える本だったか不安になります。
「チンパンジーは別の群れのチンパンジーを食べる」なんてことも書いてあったから、そういう趣味の人だと思われたのかもしれません。
それでも山本さんは「面白かったからスルスル読めた」と言ってくれましたが……。
他にも何冊か貸してきましたが、あまり内容に触れた感想は返ってきませんでした。
「山本さん、その……私と本の趣味が合わないみたいなら無理しなくていいよ」
「いや、そんな、無理なんて全然!全然!」
「なんかここの所、変な本押し付けちゃってごめんね。もうやめようか……?」
「やっ、やめないで!もっと貸して!」
山本さんが突然、大きな声を出したので思わずビクっとします。
声を小さくして山本さんが続けました。
「どうしてそんな風に言うの三条さん……」
「だって山本さん、私が本を渡す時いつも困った顔してるし……本の内容もあまり話してくれないし……」
「ああああああ………………それは……それは……」
山本さんはうろたえます。
しばらくお互い黙った後、山本さんが「んんっ!」と唸ってから、後ろめたそうに話し始めました。
「実は私、読書が趣味じゃないんだよ……クラスでの自己紹介では読書が趣味って言ったけど……
私、生まれてこの方、趣味という趣味が無くって……自己紹介の時は無難そうなのを選んで適当に言ってたんだけど……
本当に趣味が無いんだよ」
「えっ……?」
「信じられないかもしれないけど……何を見ても『別にいいや』って気分になって……」
「じゃあ山本さん、好きなものとか、興味があるものとか無いの?」
「うーん……実はあるといえばあるんだけど……」
また、口をにごらされます。
「あっ……言いたくなかったらいいよ」
「言ったら三条さんが困りそうで……」
「いやいや、そんなこと!どんな趣味でも否定しないよ!趣味は人それぞれだから!」
私は今まで色々な本を読んでいて、世界には様々な趣味や主張を持った人がいることを知っています。
どんな趣味でも(人に迷惑をかけない限りは)否定するつもりはありません。
私は山本さんに迷惑をかけてしまいましたが……。
「じゃあ、言うよ……?」
山本さんが深呼吸をしてから、言いました。
「私、三条さんのことが好き」
「えっ……?」
………………???
「えっと・・・ありがとう?」
山本さんは顔を真赤にしたまま、俯いています。
「てっきり私、山本さんに嫌われてるのかと思ってた…………」
「ど、どうして……?」
「山本さん、私が見ると目を逸らすから……」
「それは直視すると眩しいので……私人見知りだから……」
大きな身体でもじもじする山本さん。
「あー、単に私が気にしすぎてただけだった、というわけか」
「う、うん」
良かった。単に私の杞憂だったようです。山本さんが嘘をついているようにも見えません。
「それじゃ、私はもう席に戻るね。そろそろ他の人が来るだろうし。」
そう言って、私は席に戻りました。心配していたことが無くなって晴れやかな気分です。
私は早速その日から、山本さんと昼食をとろうかと思いましたが、図書委員の仕事があった為できませんでした。
まあ、山本さんは私のことを好きだと言ってくれた程なのでこれから仲良くなる時間はいくらでもあるでしょう。
放課後も図書委員の仕事がありましたが、山本さんはわざわざ待っていてくれました。
そんな訳で、いつもより少し遅めの帰りの電車。
ちょっと混んでいて二人並んで座れる場所が無かったので、適当な場所に立って乗ることにします。
授業の話や最近のニュースの話など他愛もないお喋りをしている内に、私は伝えたいことがあったのを思い出しました。
「山本さん、これからは言いたいことがあったら遠慮せず言ってくれていいよ」
「じゃあ、えっと……これからも三条さんの好きな本を教えてほしい。三条さんがどんな本を読むのか気になるし、三条さんのオススメなら私も読める気がする」
「うん、ありがとう。本を読んでいる内に何か趣味になりそうなものが見つかるといいね」
「うーん……」
「別に難しく考えなくても、好きなものを趣味にしたらいいと思うよ」
「好きなものは三条さんだけど」
「私を趣味にされても……」
「他に思いつかないなあ、好きなもの……」
ううむ。別に私は、趣味がない人を否定したい訳では無いのです。
ただ、私自身趣味に生きている人間なので、山本さんにも好きなものを見つけてもらいたいのです。
「まあ無理に焦らなくても山本さんは山本さんのペースでいいと思うよ、何か見つかるまで私も付き合うから」
「三条さん!?い、今付き合うって言ったよね!?」
私の脚を見ていた山本さんが顔を上げ、息を荒くして私の顔を見ました。私の肩を両手でガッチリ掴みながら、山本さんは続けます。
「わぁ……三条さんと付き合えるなんて夢みたいだ……どうしたらいいんだろう……両親に御挨拶とか……?」
「山本さん……?」
「あっ、もうすぐ駅に着いちゃう、そうだ」
私の駅に着く間際、山本さんが電話番号を教えて欲しいと言ったので、お互いの番号(私は携帯で山本さんは家電の番号)を書いたメモを交換しました。
今になって気が付きましたが、山本さんは……どうやら私のことを「そういう意味で」好いているみたいです。
女同士。
私はどうしたら良いのでしょうか。
私が家に着くと、携帯電話に山本さんから着信がありました。
考える暇もありません。
『もしもし!山本です!』
「ああ、山本さん……電話早かったね……」
『今帰ったところ!』
「うん、そっか……あの、山本さん」
『何?』
「……山本さんは私のどこが好きなの?」
『おおっ!!そうだなぁ~、たくさんあるからどれから言えばいいか迷うなァ~~~~ッ!!』
私は今までこんなにテンションの高い山本さんの声を聞いたことがありません。
『うーん、脚かな!!』
「身体の部位じゃなくて!」
『あれ……!?ああ、そうだよね!!冗談冗談……』
どう考えても今の発言は冗談では無かった気がします。
そういえば、よく脚を見られていたような……
『そうだ、三条さんは!?どうして私と付きあおうと思ったの!?』
「あー……その……落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
『うん……!』
「私が付き合うって言ったのは、趣味探しに付き合うって意味で……」
『ん……?』
「一般に男女がするようなお付き合いって意味じゃなくって……」
『あれ……?あっ!ああああああああああああ!!』
山本さんが声を上げました。電話の向こうから、山本さんの親の注意する声が聞こえます。
「わ、分かっていただけた……?」
『あばばばばばば……すみませんでした、本当にすみませんでした……』
「うん……こっちも誤解を招く言い方しちゃってゴメン……」
『あはは……なんかバカみたいだね、私』
先ほどのハイテンションっぷりが嘘のような、かすれて低い声。こんな声も今まで聞いたことがありませんでした。
「いや、付き合うのはともかく、好きだって気持ちは伝わったし、全然バカなことじゃないよ」
『もういいです……忘れてください……』
「本当に忘れていいの?私は嬉しかったよ?」
『嘘だ……』
「嘘じゃない。山本さんだって何か好きなことに夢中になれる人なんだって分かったし、そういう気持ちは大切だと思う」
『じゃあ付き合って貰える……?』
うーん、そんなに単純な話では無いのですが……。でも山本さんの声色が少し明るくなりました。
「何にせよ、私達まだ知り合って2週間くらいしか経ってないし、付き合う付き合わないの話は早過ぎると思うんだよね、だからその話は今は……」
『そっか……』
どうやら理解して貰えたようです。
『わかった!また今度告白するよ!』
誤解でした!
「アッハイ」
『じゃ、そろそろ夕食の時間だし切るね』
「ハイ……」
ガチャン、ツーツーツー。
山本さんに嫌われているのかと思っていたら、山本さんに好かれていて、気がついたら今度告白されることになっていました。
私はどこで何を間違えたのでしょう……?
その日はもう疲れていたので早くに眠りました。
山本さんは気が済んだのか、電話をかけて来ませんでした。
(つづく)
次回はもっとふざけます。