第二話
この街が大嫌いだった。田舎という雰囲気には程遠く、かと言って都会と表現してしまっては語弊があるような、そんな退屈な街。なんでもあるけどなんにもない。ここから出ていきたくて都会の私立高校を志望したのに両親の理解を得られなかった。結局落ち着いたのは県内の公立女子校。両親は共学を勧めたけれど、そこは譲らなかった。寂れては男という生き物が好きじゃない。何考えてるのか理解に苦しむ言動ばかりだし、なんとなく見ていて気持ちがよくないから。その点、女子校は私にとって魅力的な環境だといえる。まあ、女子だろうと男子だろうと不器用な私は大して喋りもしないのだが。
ぼーっとしてそんなこと考えてるうちに自己紹介の順番が近づいてくる。憂鬱だ。なんで自己紹介なんてものがこの世にあるのか。自己紹介の何が嫌って、聞いてるのか聞いてないのかわからないような相手に自分のどうでもいい情報を教えなきゃいけないことだ。聞いたってどうせ数秒後には忘れてるんだろう。実際、私なんか聞いてもいないわけだし。まず喋ることが全く思い浮かばないから困る。大層な趣味なんてあるはずない。特に習い事もしてなければ特技もない。本格的にまずいな、何言えばいいんだ私は。皆は何を喋っているんだろう。ちらっと振り返ると髪が短く明るい印象の子ががらがらと椅子を引くのが見えた。
「手島華菜実です。かっちゃんって呼んでもられたら嬉しいです。第一中学校からきました。えーっと、あ、中学のときはバスケ部でした。高校でも続けようと思ってるので、バスケ部入ろうと思ってる人はぜひ声をかけてください」
気のない拍手とともに華菜実と名乗った子が座る。中学のときの部活、か。あまり言いたくないな、続けるつもりも毛頭ないし。そもそも消去法で選んだような部活だったわけだし。次の子は背が低くて一般的に可愛い類に入るであろう子。
「中村紗季といいます。通学に二時間かかるようなとこから通ってます。中学のときはバレー部でした。でも、見ての通り残念な背丈なんで続けるつもりはありません」
ほんの少しだが笑いが起きてクラスの雰囲気が変わる。満足したように微笑んで彼女は続ける。
「そうですね、んー、あ、週一で習字教室に通ってます。趣味と言えるようなものはこれくらいしかないですが、よろしくお願いしまーす」
その後も当たり障りのない自己紹介が続く。出身中学と入ってた部活、趣味、習い事を言う人が多いようだった。中には好きな歌手とかアニメとか作家さんを紹介する人もいて、その度にどこからか「私も!」だとか声があがった。
じわじわと順番が近づき緊張が高まる。自己紹介程度で大袈裟な、と自分でも驚いた。情けないなと思いつつ誤魔化すように外に目をやる。
空は、いい。染み込むような青は見ていて気持ちが落ち着く。あり得ないことは百も承知だけど、あの青に落書きできたら楽しそうだっていつも思う。
前の席の子が静かに椅子を引き座った。一瞬の沈黙。静かというより音がない。それが嫌で切り裂くように音をならして席を立つ。
「松山朔です。東中から来ました。電車で一時間くらいのところから通ってます。中学のときはバスケ部でしたが続けるつもりはありません。趣味は強いて言うなら読書です。よろしくお願いします」
言い終わるが早いか私はすうっと沈むように席につく。終わった。大丈夫、変なことは言わなかった、はず。とりあえずひと段落ついて安心した私はまた空を仰いだ。
気がついたらホームルームが終わっていた。考え事をしていると、やけに早く時が過ぎる。周りの人たちは慌ただしく着替えたり、新歓でもらったパンフレットを読んで考え込んだりしていた。ああ、今日は部活動見学だったっけ。すっかり忘れていた。しまい込んでいたパンフレットを引っ張り出してぱらぱらとめくってみる。どこの宣伝ページも無駄に絵のクオリティーが高くて、つい興味のないところにまで見入ってしまう。でもまあ運動部は考える余地もない。この乏しい運動神経じゃどこに入ったっておそらく苦労の連続だろう。いや、おそらくというよりほぼ確信に近いけれど。運動部のページを丸ごととばした。やっぱり文化部だよねー。とりあえず最初から順にひとつひとつの部活の説明書きを丁寧に読み進めていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。わざとらしい仕草で首を傾げる親友の姿が見えた。
「あ、なんだすみちゃんか」
「む、なんだよその反応は」
「ごめんごめん。……すみちゃんはもう部活とか決めた?」
すみちゃんは私と同じ中学出身で、人付き合いの苦手な私に何かと世話を焼いてくれた。
「んー、まだ迷ってるけど……今日は美術部見てくるつもり。朔は?」
「まだ何も決まってないんだよねー。どうしようかな……とりあえず適当にまわってみる」
なんとなく目星はつけたけど説明するのも面倒なので曖昧な返事で済ませる。
「そっか。じゃあまた明日!」
「うん、ばいばーい」
すみちゃんが廊下に待たせていたらしい友達と思しき人と合流するのが目の端に見えた。なんとなく、寂しい。案の定クラスも分かれちゃったし、いつまでも頼ってばかりじゃいけないのはよくわかってる。でも馴染める気がしないんだもん、このクラス。ため息を置いて私は教室を出た。