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受け継いでしまったもの

 

 (このあたりであったような・・・)


 数日後、薫子はあの日の場所へ行ってみた。何せ夜間のことではあったし、方角としてもあやふやで頼りない記憶だったのだが・・

 歩いているのは長い土塀の続く貴族の館のあたりだったが、なんとなく記憶のどこかに覚えがあるような・・・

 

(ここ・・来たことがある・・?)

 土塀越しに大きな松の木が見える。その木の枝ぶりに懐かしいような思いがある・・あれは誰だったのだろうか?木の下から自分を見上げてハラハラしていた人・・


「薫子!はようおりなされ!危ないゆえ!!」

 その声の人は美しい人であったと記憶している。館中が大騒ぎになって自分を見ていた。なのに自分は空が近いことがうれしくて、そうしていたかった。空を見上げていた自分の側に人の気配を感じて、笑っている兄の顔を見つけた。

「何が見える?」

 叱るわけでもなく兄・兼は同じようにして空を見上げていた。

「母上が案じておられる。よい加減に下りよ」

 下で不安げに二人を見上げている人の顔立ちに兄はそっくりだと、その時思ったのかもしれない。それが母であった・・叱られるよりも泣かせてしまった。


(ここは、かあさまの生まれ育った館だ・・)

 記憶のどこかに引っかかっていたのはそのせいだった。ゆっくりとその土塀に沿って歩いていて、それを見つけた。小さな石の山。あの夜自分が目印のために作っておいたあれである。

 これだけ土塀が続くのはそこが権力者の館であったからだ。今は違うところに館を構えているが、叔父である「四条内府」と呼ばれる人、「中宮」さまと呼ばれる高貴な身分のお方、そして自分たちの母・・兄妹として育ったのがここである。幼いころ数回ここへ連れられて来た。もっとも、そのたびに母は兄である叔父と喧嘩していたような気がするが・・

 見かけはたおやかな麗人であった母は結構気の強い人で、叔父の願った入内ばなしを蹴飛ばして、貧乏学者であった父の許へ押しかけ女房にゆき、苦労はしても幸せそうであったと聞く。

 

 その気の強さをみごとに薫子が受け継いでしまったわけだが・・・

(まっ、そんな昔もあったわね・・)

 そんな思い出のある館の周囲を歩いていた薫子はふいに呼び止められた。


「薫子どの・・ではないか?」

 兄・兼と歳が近い今はこの館の主であると聞いている。

 叔父「四条内府」の嫡男である、名は義康よしやす従兄弟にあたる人だが、父に似合わない権力嫌いで優秀な頭脳は群を抜いていると言われている。血筋であろうか、この人もまた端正な人であった。

 そして、そのそばに一人。年若い貴公子が薫子を見ていた。供らしい少年を連れている。その少年の視線は冷たさを感じさせたが主らしい人は

 どこか、おもしろいものを見るような視線で見つめる。


「相変わらずのなりですね・・」

 薫子はこのお人が苦手である。頭脳明晰過ぎて近寄りがたいのだ。

「せっかく美しゅうお育ちになりながら、まだ当家の松に登られまするか?また、池に落ちまするぞ」

 この人は会うたびにこれを言う。まあ真実ゆえ仕方ないのだが。池に落ちたのは二度ほどのことだ。(二度落ちれば、充分ではあるが・・)

 

 それを聞きながら側に立つ貴公子は喉の奥で笑ったようであった。

 その笑い方が、薫子のどこかに引っかかった・・・


「ではな、義康、また・・」

 二人に小さく頭を下げて、その人たちは去って行った。

「あれは、葛城(かつらぎ 雅貴(まさたかわたしの学問所のころからの友人です」

「葛城?あの、葛城家でございますか?」

「そう、その葛城家の当主・・」

 名家である・・権力に近付くものならこの人に近づけとまで言われる家である。薫子にはわからないが何がしかがあるのだろう・・

 その当主があれほど若いとは意外であった。


「薫子どの・・そなた狙われておりますぞ・・」

 そう言って、義康は笑い声を上げた。それ以上言うことはなかったが、何か楽しいことでもあるかのような従兄弟の発言は、薫子の頭にコチンと突き刺さった気がしていた。

 自分の知らないところで自分のことが動いて行く・・

 それは、不快感を伴って薫子を包み込もうとしているようであった。

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