後始末は終わらない
「あ~あ、内侍さま、黙って獲られてしまって・・」
何度その言葉を薫子が繰り返したことか・・
「うるさいやつだなあ、あのお方が幸せならよいではないか!」
「そうですわよね、こんな薄情者の許に来られるよりはよろしゅうございました」
「なんか、とげのある言い方をするな・・」
チクチクと「薄情者」を追い詰めながら、薫子はきなこを連れて外出の準備をしている。
「雅楽寮はきなこをひきうけてくれたのか・・」
きなこは着換えて兼の前に座っていた。今日からきなこは宮中雅楽寮へ舞い人としての稽古に通うことになっている。薫子に付いて通っていた日々、その舞いを薫子よりもみごとになぞってしまい、その才が天与のものであると見抜かれ、推薦を受けて舞人としての道を生きることになった。手離すわけではないのに、どこかさびしい・・
忙しげにしているのも、自分にああだ、こうだ言うのもそれの裏返しだろうと思う。舞が好きかと問うたら、こくんとうなずいてそれで話は決まった。
血の臭いのする自分たちの側においてはおけない・・小さなきなこには美しいものだけを見させてやりたい。それが薫子の願いだった。
その後ろ盾には中宮様がついてくださると言う。これほど心強いことはない。そのきなこが後に、稀代の舞い人として生きることになるのはもっと先のことではあったが・・
兼の検非違使庁で思いもよらないことが起きたのはそんなころのこと。
「雷丸、獄を破る」
の報が届いた。
油断をしていたわけではないが、見張りについていた検非違使三人を倒して仲間が奪回していったという。兼は責めることを好まない。それを甘いと言われようとも信念としている。誰が裏で雷丸を動かしていたのか、少しずつそちらへ攻め込み始めた兼の先手を打ったかのようにして、当事者が消えてしまった。言えば大失態である。
おそらくはまた、春宮を狙って来る。今は春宮付きに戻った基之と学問所学生に戻った雅貴が検非違使庁に来ていた。
「要するに、春宮さまを狙って来る奴の数が多過ぎてどれかわからん・・ということか?」
「次期帝が、あれほどの切れ者では困るのだ・・」
「それに、あの好奇心のお強さもな・・ご自身を囮になぞされてはこちらが迷惑とおまえからお伝えするように」
また振り出しに戻ってしまったこの事件が、再び兼と薫子を危険な所へ追いやることになるのだが、そのことにまだ誰も気がついてはいない。
若葉から初夏へ向かう、季節の一番美しい頃の話であった・・・
「鎮花祭」、これで終了します。お読みいただいた方々、ありがとうございました。わたしは斬り合いのシーンが得意ではありません。剣道をやったことがないので打ち合いがわからないのです。居合いやっています。弓道もやりました。でもよくわかりません。まるっきり違いますから・・
この後話はあと三話ほどと外伝が頭の中にありますが、どうしたものかなあと考えています。昨日は春立つ日、その前の日の夜春日大社万灯籠を見に行ってきました。何年か前にも行きましたが、灯りのない時代というものの怖さを知ります。はっきり言えば、古代というのはあんな感じだったのだろうなと思えます。あの世とこの世の境目・・間違いなくそこにいたと思いました。平安の世に生きた彼らと、もしかしたら少し近い所にいたのかなと感じた夜のことでした。では、ありがとうございました。




