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化かし合い


 燃え落ちた母の実家の広大な庭に兼と従兄弟の義康が立っていた。

 他家に滞在していた義康が邸の火事騒ぎを知って、駆け付けた時にはすでに邸は燃え落ち、周囲は焦げたにおいばかりが漂う惨憺たる状況であった。

 しかも、検非違使達の斬り合いまであり、その中心人物がこの従兄弟達であったのは、怒るに怒れないというおまけまでついてきていた。

 焼け焦げた建屋をゆっくりした足取りで、時には内部に顔を突っ込むようにして見て回る薫子の姿がある。


「まことに、義康兄には何とわびてよいのか・・」

「仕方がなかろう・・形あるもの、いずれは滅びる・・少し早かった気もするが・・幸いに大切なものは持ち出していたゆえな、気にしてくれるな・・」

 この人はいつも如月家の兄妹のことを気遣ってくれる。それだけに「鎮花祭」で兼が白拍子の姿で衆人の前に出たことを案じてもいた。

「そなた、これからどうする?・・あのおやじ様のことよ、こののちもそなたを利用することを考えていよう・・そなただけではない、あの姫のこともだ」

「雅貴どののことでしょうか?」

「そう・・ただ、肝心の奴がなあ・・」

 と言いかけながら、兼の方をちらっと窺う。

 

 この邸が燃え落ちた翌日、兼は叔父に呼ばれていた。

「この邸は、お前たちの母の愛した家よ。俺にとっても兄妹で過ごした思い出の邸・・それを役目上の手違いとはいえ燃やしたとあっては許せぬことでもある」

 何を言い出すのかわからず兼は警戒していた。

「ゆえに、詫びはそれなりにしてもらうことになる」

「建て直せと申されましても、当家にはそのような資金はございませぬが」

「家なぞどうでもよい、のう、小督・・」

 そう呼ばれて、何事を命じられるのかを察知した。

 その兼にも、叔父は情け容赦ない。

「このこと、お前に拒否権はないと思え。来る「鎮花祭」、小督が舞う。それで、よしとしてやろう・・」

 「否」という余裕も与えずに言い渡し、さっさと出て行ってしまったその後ろ姿に

「・・あの、タヌキ親父・・」

 とつぶやいた声が義康の耳にも届いた。兼が白拍子・小督であることを知っていたのは一族でもこの二人だけであったはずだ。

「あのタヌキどのは、人の利用法を心得ておる。我らはまだまだ甘い」

 慰めるわけではないが、できることはそれしかない。頭を抱えるようにしていた兼に掛ける言葉はないのだ。化かし合いというなら兼も負けてはいないのだろうが・・

「身から出たサビというやつでしょうか?」

「そう、不徳と致すところ、とも言うな・・あきらめよ。ただ兼どのに頼みがある」

 これ以上のことを言われてもどうということはないという気がしていた。

 その頼まれごとに苦笑して、兼は白拍子・小督になったのだが・・・


「薫子どのには、もう母君の思い出がなくなったのだな・・」


 薫子が池を大きく回ってその松の木の下に立っていた。

 何も残らない、炎とはこのように無慈悲なものなのだと、泣く気にもならない・・広大な庭だけを残して母は消えてしまった。この松の枝ぶりだけがその声につながる。

「薫子」

 と呼ばれた思い出はもうそれしかない。その木の幹に手を掛け脚を掛けして身軽く薫子は松に上って行った。


 あの冬の日から花が散ってしまった今日このころ・・

 枝に腰掛けて、怒涛のようだった日々を薫子はもう遠い日のような気がしていたが、話はまだ終わらなかったのである・・


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