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「蘭陵王」

 

 風はまだ冷たさを感じはするが、光は間違いなく春を告げている。

 そんな日に、「鎮花祭」は行われる。


 はらりはらり、はなびらは風に乗り勝手気ままに舞い落ちていた。

 

「春日の宮」

 その特設された舞台に上がるために薫子は袖に控えている。

 外から聞こえてくるのは、大勢いの声。それは今日特別に観覧を許された一般の人々なのか・・声高に聞こえてくる・・


「たいそう美しい「蘭陵王」じゃそうな」

「そういえば、あの「小督」も舞うとやら聞いたが」


 聞こえてくる話に薫子は半信半疑でいる。まさかないだろうと言う思いは半ばであの叔父の言葉があれば、無きにしも非ずとも思えるし・・とにかくそれよりも問題は、兄・兼がまだここへ姿を見せてはいないことである。

 落ち着かない薫子の姿に、介添えについているのは綺羅である。

「落ちつけ、薫子。こうなってはなるようにしかならぬ。皇子さまのお側には基之も雅貴もいる、案じてもしようがない」

 まさかと思ったが、本気で皇子さまがここへ来られるとは思いもしなかったのだ。ふらりと来られて薫子の姿を見てたいそうなお喜びように、今日の警護が普通ではないことにため息をつく。

「皇子さまのご無事もありましょうが、他の人々の無事も気を使ってくださいまし」

「大丈夫だ、あの兼のやることに手ぬかりなぞあるものか」

「でも、その肝心の兄さまがまだでございますよ・・」

 だから、自分がこの衣装を着ることになってしまったのではないか。

 薫子が身にまとう衣装は、緋色である。答舞の緑ではない。

 左舞「陵王」・・女である薫子は仮面をつけない、顔をさらして舞うだけに失敗すればどこまで笑いものになるやら・・心配の種は尽きない・・

「このような所で舞うことなぞ一生に一度あるかどうか、二度はないことだと思って行って来い」

 何でこんなことになったのか、愚痴りたい思いをのみこんで立ちあがった薫子を綺羅は腕の中に閉じ込めた。


「こんなに美しかったのだな・・」

「当然だ、綺羅どのの目は節穴であったのであろう?」

「・・可愛くねえやつ・・」


 舞台中央に進み出た舞い人に大きな歓声が沸いた。やがて流れ始める楽の音、何度も通い顔見知りの人々だけに、薫子の心は落ち着く。

 花びらが足元に集まる。空の下で朱色の衣装が舞う・・それは優雅に、勇壮に・・

 それを基之も見ていた。皇子の側に雅貴とともに警護についているが、いつとはなしにその舞い姿に心奪われていた。

「あの折の姿も可憐ではあったが、これはこれで、また凛としてよいな。基之・・」

 見とれていたことを知られて基之は邪念を振り払い周囲に気を配る。

 その中でちらっと、何かが引っかかった・・


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