青き嵐
あれから数日・・
毎日のようにして如月家の兄妹が茜の館へやってくる。
弱っていた体は若さゆえか、回復が早い。
起き上がれるようになったら、今度はこの人たちが自分のことにかかわりあっていてよいのだろうかと不安になって来た。
「鎮花祭」はもうすぐのはずではなかったか?
茜も楽しみにしていた兄妹で舞う舞台はどうなるのだろうか?
兼はまだ検非違使としての仕事が山積みになっているはずだ。
「どうぞ、もう茜のことよりも「鎮花祭」のことをお考えくださいませ」
そう言っても笑っているばかりで、滋養のためになる食材を抱えてやってくる。そんな中で茜は兼の太刀がこれまでと違うことに気がついた。
何といっても刀工の孫娘である。どうしたのかと考えて、あのとき失くしたのだと思いだした。
「無名」であるとは聞いていた。しかし兼の手によほどなじんでいたのだろう、ほかの太刀より所持することが多かったらしく、茜もまた目にすることがが常であった。
あの焔の中で、自分を守るために兼は太刀を投げ出した。それをあの雷丸が奪い去った・・水の中で袖で包み込むようにして抱きしめていてくれた人。せき込むたびに背をなでおろしてくれた人の体の温かさ。
この人と、ここで死ぬのかな・・それでもいい・・
頭の中にちらっと浮かんだ考えもあった。
「死なせはせぬ。必ず生きてもどる」
その人の頭に「死」はないようであった。生きてこそ、この人の側にもいられる。冷たい水の中で茜の頭も冷えた。
「はい、必ず姫さまの許へ帰りましょうね」
そう応えてしばらくしてから、雨が降り出して火はすこしずつ小さくなり、再び抱きあげられた時にはもう体力も限界だった。
やがて、どこかで懐かしい声が聞こえ、温かい腕に抱きしめられて、目を開けたそこに兼によく似た顔があった。同じようにずぶぬれで、白い顔が煤に汚れていて涙の跡だけが残っていた。
その人が今、食事の世話までしてくれるとは・・
「ありがたすぎて・・茜は、罰が当たります・・」
姫さまと呼ばれる人が自ら廚に立ち食事を作る姿はありえないこと。
茜が食事をしている間に、兼は祖父に呼ばれて奥へ入った。
「姫さま、今日中には春日の御宮へ立たれますのでしょう?見とうございました。お二人の舞い姿・・」
「いやいや、兄さまならばいざ知らず、わたしの舞いなぞ見ぬほうがよい」
花弁が散るときに疫病がはやると信じられているこの時に、それを鎮めるために行われる祭り。それが「鎮花祭」である・・
「こたびはたいそうな人出がありそうなと、言われておりまする」
「そうらしい、皇子さまがお出ましになられるとか・・」
「それに・・」
言いよどむ茜の言いたいことはわかるだけに、薫子も返事に困る。
あの噂のせいである。確かにあの大火事のあと兼は叔父に呼び出され、何かを言われたらしい。
春日へこの後立つと言って帰り仕度をしていたところへ、奥から兼も出てきた。その手に見慣れない太刀袋を携えている。
「それ、「青嵐丸」でございますか?」
茜はそれを見抜く。
「さすがだな、見抜くか?」
「やはり、兼さまの許へ行きましたか・・ようございました・・」
「これに恥じぬように生きてゆきたいと思う」
「あなた様なればこそ、爺さまも託したのでしょう」
本当にうれしそうな茜に薫子は兄の持つものが「青嵐丸」と呼ばれる太刀らしいと知ったが、どういう謂れかはまだわからない。
「どうぞ、お気をつけてまいられませ・・ご無事に終わられますこと、ここよりお祈り申しておりまする」
表まで見送ってくれた人々に対して、検非違使庁へ戻る兼と春日へ立つ薫子と別れてゆく。
「では、兄さま、春日にてお待ち致しておりまする。くれぐれも、お逃げ遊ばしませぬように」
「職務が終わらねば行けぬな」
「またそのようなことを・・聞き分けのない童のようでございます」
聞く耳持たないような兼に釘をさしてから、薫子は付いて来た家人たちとともに旅立っていった。それを見送り兼もまた、検非違使庁へ帰って行く。
「薫風丸」「青嵐丸」をそれぞれが、携えて・・・




