運・不運
回って来た文をそれぞれが読み終える時間は、それほどかからなかった。
如月家の奥の部屋に集まったのは兼と薫子、お吟と綺羅、基之と葛城 雅貴。
そして、刀工であるかどわかされた茜の祖父。
薫子の足元に打ち込まれた文が、この面々を集めてしまった。
本来なら名や顔を知るだけで終わったはずだ。
頭を下げたままの刀工に、気遣い無用であることを告げてから、兼はことを図るためにそれぞれの顔を見まわした。
その中で薫子だけがうつむいたまま落ち込んでいる。
仕方がない。自分が当事者なのだから・・
「今更どうこう言ったところで始まらぬ。奴の狙いがおまえだということに変わりはないゆえな」
「まこと、わたくしが狙いというのならば、いかようにもいたしまする」
「そうもゆかぬ。茜にも、お前にも何もなく終わらせる。それが俺の職務だからな」
「そうよね・・これが天寿丸が狙いやったら乗り込んでいってばっさりもあるかもしれへんけど、薫子ちゃんではなあ・・」
「わたくしが乗り込んでいって、ばっさりは、だめでございますか?」
「やめてくれ、たださえ妙な噂が流れておるのに、これ以上の面倒事を起こすな」
妙な噂・・とは・・
春日の宮の「鎮花祭」に白拍子「小督」が舞うのではないかと、まことしやかに噂が洛中を駆け巡っている。そのために「四条内府」が想い女にしていた小督を再び世間に出したのではないかと・・
「茜の行方は今検非違使庁が全力を挙げておるゆえ、いましばし待て・・」
「そうえ、薫子ちゃんは無茶したらあかん。あんたは御所で稽古すること考えてなさい」
すっかり忘れそうだったが薫子には役目がある。
「兼どの、あの「雷丸」とはどういったものなのです?」
今、雅貴は「兼」と呼んでいる。「小督」の名は封印してもらえるよう頼んであるが、どこかに不本意な気も残しているようなのだ。
「あれは・・世を拗ねたのでしょう・・人の世に受け入れてもらえなかった。己で生きようとすれば、どこまで落ちてゆくか・・おそらくは、名ある家の子であったのやもしれませぬ。時の権力者の気まぐれで振り回されれば、恨みたくもなりましょう。そこに一矢報いる相手があれば、そこへ向かいまする」
「それが、春宮さまか?」
その問いには兼は応えない・・
ヘタをすれば、同じ道を歩んだかもしれない・・自分には薫子がいて、お吟がいて、あの頃鬼龍がいて和泉がいてくれた・・それは本当に幸運なことであったのだろう・・
「というようなことを、あれは言うておりました・・」
橋の上でもみ合っていたときに、「雷丸」はそう言った。
そして・・
「生涯、貴族に飼われるか?!」
とも・・言ったような気がする。ただその言葉は自分の胸の奥に沈めたが・・
あの日から油断していたわけではないが、薫子はまた御所へ舞いのために通うようになった。それについて行くのはきなこ一人。たった五歳の子供が面白いわけではないだろうに、おとなしくそこにいて、自分の姿を見ている。それと反対に、あの勾当内侍の姿をあれから見ることがなかった。
(お忙しいのであろうな・・中宮さまのお気に入りゆえ・・)
冬子姫の身の上が変わっていることを知らぬうちのことであった・・




