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雅貴の恋


 雅貴がその白拍子を見たのは、十七歳頃のことだった。

 家名を継いだばかりで、その重みに潰されそうになっていたころに、たまたま友人宅の宴に呼ばれて行ったのが初めてのことだった。

 利用されることを極力避けるために付き合いというものを自ら制限していたが、その友人だけは昔からの付き合いであるために心通うところがあって、話しているだけでもいいと思わせてくれる。そんな存在であった。

 もっとも、その父たる人が当時から権力者であったのは事実だが・・


(来るのではなかった・・) 

 そう思った時はもう遅い。周りは見知らぬ貴族ばかりで、少なくとも自分よりは大人ばかりであった。

 なぜ自分がここへ呼ばれたのかを考えているうちに宴が始まった。友はおらず、明らかに場違いの自分・・どれ程進められても元来酒が好きではない。このまま帰ろうかと思っていたときに、現れたのが数人の白拍子であった。

 いずれも美しい・・今話題の主ばかりであった。その中でもひときわ目立ったのが一番年若い、見たところ十四・五かと思える白拍子が圧倒的に美しかった。ただ、口元に紅、目元に朱を点じただけで黒髪を背に流して指をついて頭を下げていた。顔を上げた時に皆の間からざわめきが起きて、その白拍子が今評判の「小督」と呼ばれるものだと知った。

 「小督」の舞いは見事だった。それは白拍子の域を超えていた。おそらくはその道の専門家の手ほどきを受けている。どういう生まれの者か・・と、詮索したくなるほどに。

 もうひとつ、気になったのは小督の指であった。なるべく見せないように袖の内に隠していたが、何かの拍子に見える指・・その指にある物を雅貴は見のがさなかった。タコである・・女の指にそんなものがあるはずがない。

 しかも、酔客を適度にあしらう身のこなしがうますぎた。さり気なくかわすのは、見事なものであった。そんな視線に気がついたのか、小督は雅貴に近付いて少し低めの声で酒を進めてきた。


「すごされませ・・」

 目の前でほほ笑む美しい貌。その瞬間に、雅貴は恋に落ちた・・・

 後日考えれば信じられなかったが、一目ぼれというものが本当にあるのだと、ぼんやりと考えていた。

 その後、その白拍子の噂をあちこちで聞いたのは、望むものは多かったが、決して誰にもなびかないということ・・誰の想い女になるのかと噂ばかりが高くなっていたその頂点で、小督の姿が忽然と消えた。

 小督を想い女にしたお方がいるらしいと聞いて思わず友に尋ねてしまった。

 学問所の友人はその権力者の嫡男で、それを聞いた時不審げな顔をしながら言った。


「おまえも、小督に恋した口か?やめておけ、あれは手に負えぬ」

 何かの事情を知るらしい義康は、穏やかだが断固として許さない口ぶりであった。

「悪いことは言わぬ。もっと普通の女子にせよ。あれだけはやめておけ」

「おまえの父上の想い女にでもなったのか?」

「そのようなものになるようならば、わが一族誰も苦労はせぬ」

「あれは・・お前の血筋なのか?」

 そう言われて小督の美しさが無理のないことだと思えた。それほどこの一族の美系ぶりは有名である。

「とにかく、あれはやめておけ」

「理由は?」

 学問好きを納得させるにはそれなりの言葉が必要になる。この場合もそうである。義康はため息をついた。そして、そのことを告げた。


「あれはな・・女子ではない」

 言われたことがすぐには理解できずぽかんとしていた雅貴が驚愕したのは次の一言だった。


「・・だから・・あれは、男よ・・わかるか?」


 そこで、雅貴の一目ぼれの恋が終わったと言ってもよかった。

 しかし、その後数年たつのに未だに遊び女を相手にすることもなく、学問と剣とにひたむきに生きて来たのは、心の底のどこかにあの白拍子の面影があるからだったかもしれない。

 しかも、今度はその面影を残す姫にあってしまった。


 葛城 雅貴・・・

(わたしは、どちらに恋をするのだろうか?)

 己に問いながら、笑うしかなかった・・・


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