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竜胆(りんどう)


 白い額に落ちかかる髪をそっと、かきあげてやる。


 一度目を開けて小さな声で「かおる・・」とつぶやいてから、また眠りに落ちた。

 貴族の館へ招かれてから、夜遅くに帰ってきて、この人を見つけた。

 最初は小さなもの音がして、物取りかもしれないと思い出るつもりはなかったが、なぜか気になって、細く戸を開けた。そこに倒れ込んできたのがこの人だった。頭から足先まで、それこそずぶぬれ状態で、避け損ねた竜胆の胸の中に崩れ落ちてきた。その人は見覚えのある人であった。

 慌てて支えながら中へ運び込んでとりあえず濡れた体をふき着替えさせると、そのひとは小さなうめき声を上げた。体のあちこちに傷あとがある。浅い傷は数知れず、深手らしい傷跡も幾つか・・白さの際立つはだゆえにかえってその傷跡がむごいほどに見える。しかし、それらの傷は新しいものではない。

 ここは河原から近い。何かの理由で川へ落ちこの近くまで流されてきたのだろうか?流されている間に全身打ち身状態になったのかもしれない・・


 淡い光の中で目を閉じたままのこの人が都で評判の「桜花少将」と呼ばれる人であることを、竜胆は知っている。「鬼の検非違使長官」と呼ばれていることも・・


 白拍子・竜胆

 如月家に引き取られたきなこの姉である。可憐な姿が評判の白拍子であった。

 あの日、気がついた時、周りに数名の人がいた。そのいずれもが人目をそばだてる程の美しい人ばかりだったことに驚いた。

「案ぜずとも好い、ここは我らが知る辺の館ゆえゆっくりせよ」

 身を起こした自分にそう言ったのが、この人であった。

 そう言い残して去って行った人たちのことを教えてくれたのは、あの館の姫さまで、

「水干姿のお二人が兼さまと薫の君、異国の風体のお方が「綺羅」さま、もうお一人方がお吟さまと言われます」

「・・かねるさま・・」

「はい、お珍しいお名でしょう?如月 兼さま・・」

 それで分かった。大層評判の高い検非違使長官だと。今は妹きなこが仕えている館の主である。それが、この人であった。

 規則正しい寝息を立てている人の役に立てたのかと思えて、竜胆はやっと肩の荷が少し軽くなったような気がしていた。それほど世話になっていると言ってもよい。「かおる」と「薫の君」と呼ばれた人があの時の美しい人であるならば、きっとご兄弟なのだろう。

 この人の無事を検非違使庁へ知らせねばならないと思いながら、どこかでその典雅な横顔を一人で見つめていたい・・そんな思いにもとらわれてしまい、そのまま竜胆はふた晩目を過ごしてしまった・・・

 きっとあのお方が案じておられるだろうことは分かっていたが・・



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