鬼・三匹
兼が先から描いている図を、副官・橘 実明は横から覗き込んでいる。
描かれているのは洛中の大きな通りと路地。その中心にあるのは御所である。
頭の中に入っていることではあるが、こうして画になると一層よくわかる。
その通りのあちこちに×印がつけられていて、それが今現れる人斬りの出没場所だということもわかった。
その×印が、なぜか一点へ向かってぐるりと取り囲むようであった。
その場所に、兼は覚えがあった。
(そう言うことかよ・・)
それと同時にあの若者の顔が脳裏に浮かんだ。春宮付きのお気に入りの、たぶんあのなりで身辺警護についていたらしい葛城 雅貴
昔馴染みという言葉があるが、思い出したことがあった。確かに見たことのある顔だったのだ。
「小督」と呼ばれていたころに、宴席で絡まれていたところを助けてもらったことがあったような・・・少し自分より年かさであった少年が、とても心配そうなまなざしで、見ていたことがあった。それがあの人であったような。名も知らず毎日の出来事として、頭の片隅に追いやってしまったが、相手は忘れていなかったらしい。
薫子のことを知る相手でもある。充分すぎるほどの警戒は必要だと思っていた矢先に、先日の夜、会ってしまった。
そこが、この絵図の×印の中心点である。さる高名な白拍子の館。
人斬りの存在は間違いなく、そこを目指している。
葛城 雅貴・・馬鹿ではない。
そのお方がここへ通う時は、必ず道を変えている。
同じ道を通う危なさを知っているのだ。
(人斬りが狙うのは、あのお方か・・)
それしかない・・聡明な君である。それゆえ、敵も多い。今は叔父が後ろ盾であるから手出しもできないが、御所を出ればどうとでもなるはずだ。
葛城家の若き当主を近づけたのは、このお方が次代を担うと宣言したも同じことであろう。同じ理由で、兼もまた近づけられたのではないか・・?
兼と雅貴、そして藤原 基之。この三人が繋がれば大抵の者は黙る。
老獪な権力者にかかれば、若すぎる。あきれるところもあるのだが、
「まだ、権力がお望みか?」
何気なく口にした言葉に、副官はびみょうな表情をしていた。
しかし、人斬りが狙うのが春宮だとして、いつ外出するかは分からないはずである。こちらから仕掛ける手もあるが、できればそれは避けたい・・
とりあえず、御所に見張りを置きあちこちに配下の検非違使達を置いておくこと。兼が指示したのはそれだけであった。
それは当然、兼自身が夜間の洛中に出ることが前提のことであったのだが・・・
そして、それは如月家でも同じであった・・・
こともあろうに、御所務めをしくじって戻って来たと、噂になりつつあった薫子姫が夜な夜な、洛中を徘徊しているらしいとは人の口に戸は立てられず、家人たちが頭を抱えている。
その薫子にいつもくっついて歩いているのは、きなこばかり。
「捕りものなんぞに女子が出てゆくものではありませぬ。きなこが行きたがって困りましょう」
基之の言葉はもっともで、きなこが言う。
「ひめしゃまのおそばには、きなこがついておらねばなりましぇぬ」
幼いながらも薫子大事の気持ちは嬉しいが、なにぶんにも幼すぎる。
夜ごと眠るのを見計らって洛中へ出てゆく。それを、数日繰り返していた。
・・・この夜も・・・
鬼とは書きましたが、兼が鬼なのはよいとしても、後二人が「鬼」と呼ばれるのは不本意かもしれません。それぞれの家柄のことを考えれば、「鬼」と呼ばれても当然な所があるのだと、思ってくださいませ。




