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出産

 長い陣痛の果てに、元気なうぶ声が分娩室に上がった。真面目なだけがとりえの夫も立ち会い、ずっと傍ら(かたわら)で手を握ってくれた。そんな気遣いがうれしく、無事出産できたことも大任を終えた安堵感でいっぱいになった。

 しかし、そんなこともつかの間だった。普通ならすぐに赤ちゃんを見せてくれて、「おめでとうございます。元気な赤ちゃんですよ」とか言ってくれると思ったのに、医師や看護師も息を飲んで何も言わない。

 赤ちゃんに何かあったのかもしれないと咄嗟とっさに思ったが、足元で元気に泣いている。すぐに我に返った医師が赤ちゃんを抱いている看護師に何か耳打ちして、その看護師はすぐさま分娩室から出ていった。


「なにか?私の子になにかあったの?」

 皆、私の目を見ず、黙々と分娩後の処置をしている。

 夫を探すが、彼は放心状態で椅子に座っていた。なにがあったのか、誰も教えてくれない。


 そこへ年配の看護師がわずかな微笑みを浮かべてやってきた。どきりとする。彼女が、私を動揺させまいと無理やり微笑みを作っているのがわかるからだ。

「桜林さん、赤ちゃんには何の心配もありませんよ。今、産湯を浴びています。それよりもお母さんの方の出血が大量なので、このまま三十分くらい寝ていてくださいね。時々、看護師が出血量をチェックにきますから」


 それだけ?赤ちゃんになにもないなら、なぜ、皆そんな態度をするの?

 夫は何も言わずに分娩室を出ていった。医師も看護師も誰もいなくなった。

 どうして?どうして、赤ちゃんを見せてくれないの?


 時折、若い看護師が私の出血の様子を見にきていたが、私の涙に気づかないふりをし、私に話しかけられるのを拒んでいるかのように目を合わせず、部屋を出る時に「出血はだいぶ治まりましたから、病室に行く準備をします」と言ってドアを閉めた。


 その後、分娩室に入ってきたのは私の姉だった。思わず顔をしかめてしまう。

 姉と私は年が離れているせいか、仲のいい姉妹とは言えなかった。なにをやってもうまくこなせ、それほど勉強をしなくても成績はよかった。今は結婚もしないで、小学校の教師をしている。

 私は姉と全く逆で、努力しているつもりでもうまくいかず、成績もあまりよくなかった。その私が見合いで、この土地では地主と言われている家の長男の嫁に治まった。これだけが唯一姉に誇れるところだったが、姉は全く羨む(うらやむ)様子はなかった。

 なぜ姉が来るの?なぜ真司さんじゃないの?母でも義母でもいい。姉以外だったら。

 そんな私の思いとは裏腹に、姉は近くにあった椅子を引きずって私の枕元に座った。


「美加、出産おめでとう。あなたの産んだ男の子は五体満足の健康な赤ちゃんよ」

 ならばなんで皆があんな態度に・・・・。

「ただね、あの子、真司さんの子供じゃないわね」

 意外な言葉だった。カアっと頭に血が上る。

「肌が浅黒いの。顔つきも彫りが深いし、父親は黒人の可能性が高いって」

 

 私はしばらく、姉がなにを言っているのか理解できなかった。ハネムーンベビーだと喜んでいたあの子が、真司さんの子供じゃないって・・・・。私には他の付き合っている人はいなかったし、まったく身に覚えのないことだった。

「いい?美加が落ち着いたら赤ちゃんを連れてきてあげる。あなたの態度からあなた自身も知らなかったって思うから、皆あなたのことが心配だったのよ。出産後にショックを受けたらいけないって」


 淡々とした口調で語る姉に怒りをおぼえた。いつもそうだ。こうして私がなにもできないことを語るのだ。あなたのため、こうすればよかったとか。お説教ばかり。しかし、この目で自分の子供を見なければ納得がいかない。


「連れてきて・・・・大丈夫だから」

 声を絞り出すように言った。

「そう・・・わかった」


 姉が連れてきた子供は確かに浅黒かった。外国人の赤ちゃんだ。本当に私の子供?

 皆が見ている。あの真司さんも立ち会っていたんだ。


「もう見たくない。連れて行って」

 そういって私は大声をあげて泣きだした。


 


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