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第9話 追跡者

 執事のマックスに呼び出されて書斎へ戻ってみれば、所属不明の武装グループが敷地内へ侵入したとの知らせが待っていた。


「本当に懲りない連中だな。今年はこれで何回目だ?」

「四回目ですな。今度はアフリカ系の傭兵を寄越している様です。人数は五名。戦闘指揮所へお移り下さい」


 狙いは俺だ。世界最大規模の資金量を誇るフェンリル・ヘッジファンドの代表、リース侯爵家の後継者、ナント伯爵家当主という身分は、マフィアやテロリスト集団にとって余程魅力のある獲物らしい。

 わざわざこんな嵐が吹き荒れるタイミングを狙って押しかけて来るのだから。

 物心ついた頃から誘拐や殺人の危険に曝され続ければ、こちらも備えを充実せざるを得ない。いつの間にか俺の下には、ちょっとした武装集団なら排除できる力を持った私兵組織「ガーディアン」が出来上がっていた。


 別館にある戦闘指揮所へ移動すると、ガーディアン隊長であるレグルス・ノエルが地図を睨みつつ無線機で部下に指示を飛ばしていた。

 浅黒く日焼けした厳めしい顔に短く刈上げたこげ茶色の髪。深い緑の瞳は、ここには居ない敵を見据えて、獲物を狙う獣のようにギラギラと輝いていた。

 俺が部屋に入って来たのに気づいて、レグルスは状況を報告した。


「現在、迎撃班を編成して向かわせました。あと10分で敵と接触する予定です」


 500キロ平方メートルもある敷地を超えて屋敷まで到達できた敵はいない。今回もレグルス指揮の下、数時間で状況は終了するだろう。


『こちらジャッカル。敵部隊を視認。これより交戦します』

『ピクシー、ヨウラ、ラノン、側面から射撃開始します』

『ノーマは、敵部隊のリーダーを狙撃せよ』


 無線交信がひっきりなしに飛び交う中、次第に敵を無力化したという報告が届き始める。無力化の報告が五を数えた時、無線の交信数が落ち着いた。


「これより、周囲の哨戒と被害の確認を行え」


 レグルスの指示により戦闘後の後始末に彼らの行動が移った頃、俺は本館へ戻ろうとして戦闘指揮所を出て異変に気付いた。

 本館の明かりが全て消えていた。丁度メイド頭のミリア・ブラウンが懐中電灯で足元を照らしながら、こちらへやって来た。

 藍色のメイド服は明かりがなければ、闇に溶け込んで人がそこに居るとは分かりにくい。


「アーサー様、この嵐で送電線が切れたらしく本館が全て停電になっています」


 全て、という部分を強調してミリアは俺に訴えた。それはユキを監禁している地下室も電気が届いてない事を意味していた。


「別館にある非常用発電機から本館へ最低限の電力は供給されるようになっているはずじゃないのか?」


 俺がミリアを問いただすと、彼女は困ったように答えた。


「先月、本館の電気工事をした際に、ジョンが非常用電源からの配線を間違って撤去したらしいのです。今、修理してもらっていますが……。原因を掴むのに時間が掛かってしまい、停電してから40分ほど時間が経っています。そこで、彼女の確認をアーサー様にお願いにやって参りました」


 暗闇の中にユキをそんな長い時間一人にしておいたのか。先程会った様子では、ユキの体内時間は昼頃のはずだ。突然訪れた闇に怯えてパニックに陥っているかもしれない。

 ユキを心配する俺の横で、マックスがミリアを詰問した。


「何故、停電をすぐに知らせなかったのですか。彼女の居る場所は、電気が流れなくなった場合、安全上全ての鍵が解除状態になるように設計されているのですよ」


 ミリアは驚いて手に持っていた懐中電灯を取り落し俯いてしまった。


「申し訳ありません。その事は知りませんでした」


 俺は懐中電灯を床から拾うと、マックスと共に地下室へと急いだ。



「ユキ、どこにいる?」


 地下室へ入るなりユキに呼びかけたが、返事がない。

 眠っているだけかもしれないと思い、寝室を開けて姿を探すが、ベッドの中は空だった。台所、浴室を回ってみたが、どこにも居なかった。

 呆然としているとマックスが備品保管部屋の方から戻ってきた。


「ユキさんは、こちらの扉から逃げたようです。地上倉庫の窓が開けっ放しになっていました。窓から降り込んだ雨の量からして、ここを逃げ出してから20分は経っています」


 ユキが逃げた。どうやって鍵が開いたことが分かったのだ? しかも、地上に直接出るドアを正確に選択して逃げている。ユキの行動には驚かされることばかりだ。


「すぐにユキを捕獲してくれ。彼女は白の巫女だ。何があっても失うわけにはいかない」

「分かりました」


 マックスは簡潔に応じると、地上へと急いだ。電気が通っていない地下室では電波の中継器が作動せず無線が機能しない。


「レグルス隊長。犠牲者が倉庫を経由して脱走しました。捕獲のため協力をお願いしたい」

『マックス執事。犠牲者に関してはそちらの管轄じゃないのか。俺たちの役割は、押しかけて来る敵からアーサー様をお守りすることで、犠牲者を追いかけることじゃない。戦闘は終了したが、後始末が残っている。暫くは周辺への警戒も必要だ』


 渋るレグルスの声が小型無線機越しに聞こえてきて、俺はマックスから無線機を奪い取るとレグルスを説得しにかかった。


「アーサーだ。ユキは確かに犠牲者としてここへ連れてこられたが、先日、白の巫女であることが分かった。彼女さえいれば、これ以上犠牲者を出さずに済む。……それに、俺は彼女を愛している。失いたくない。軽装でこの寒さの中に飛び出して行ったら、どうなるか分かるだろう? 早く見つけないと危険だ。レグルス、お願いだ。協力して欲しい」


 無線の向こう側が(しば)く沈黙に包まれた。


『……。了解しました。アーサー様の想い人であるなら、ナント家の一員であるのも同然です。我々ガーディアンはお守りせねばならない。彼女の特徴を教えて下さい』


 俺はユキの特徴をレグルスに告げると、すぐに彼は隊員達へ命令を下した。


『各員に告ぐ。捕獲対象が発生した。捕獲対象の特徴は、背中中ほどまでの黒髪、黒の瞳、象牙色の肌。アジア系の女性だ。外見年齢15歳。身長は153cm。白いワンピースの軽装。先程の戦闘で残務処理のある者を除き、追跡・捕獲の任にあたれ。捕獲対象本体への射撃は禁止するが、威嚇射撃は許可する。必ず無傷で捕獲せよ。追跡ルートは戦闘指揮所の指示に従え。以上だ』


 戦闘指揮所に戻ろうとすると、マックスが引き留めた。こちらへ追跡班のガーディアンが来るらしい。

 ものの10分もしないうちに犬を含めた三人のガーディアンが到着した。マックスは洗濯機の中に残されていたユキの服を彼らに渡した。それを受け取った彼らは犬に匂いを嗅がせ、犬に導かれるままこの場を後にした。


「ユキ、無事でいてくれ」


 俺の呟きは嵐の音にかき消された。



『こちらコヨーテ。捕獲対象を暗視装置越しに視認した。西に向かって逃走中。追跡班、懐中電灯の灯りを切れないか。視界に明かりがちらついて邪魔だ』

『こちら追跡班ウルフ。灯りは捕獲対象を追い込むための篝火(かがりび)だ。こちらが近づいている事を知らせてやらないと、包囲網の中へ入ってくれないだろ。しっかり追い込むから捕獲は頼むぜ』


 戦闘指揮所には各班からの無線交信が飛び交っていた。


「追跡班の情報からすると、彼女は森に入ってほぼ西に向かって移動しています。この先に川がありますが、この雨量では川は増水していて、渡ることを躊躇するでしょう。そうなると、川に沿って移動するか引き返すかしかなくなる。川の上流側と下流側からも部下を寄せていますので、逃げ場が無くなります」


 ユキが脱走してから既に二時間が経過していた。森の中を逃げるユキの行き先を囲い込むようにガーディアンが移動して配置に付きつつあった。

 レグルスが作戦の概要を説明するのを聞いて、無事にユキを捕える事が出来そうだと安心したとき、緊迫した声が無線機から飛び出した。


『こちらピューマ。まずい。捕獲対象が川に入った。渡河する模様。隊長、足止めのために本体への射撃許可を』

「駄目だ。撃たれた弾みに川に呑まれたら危険だ。威嚇して足止めしろ」


 そもそも恐怖に怯むような人間が、増水して危険な川を渡ろうとするはずがない。この足止めも無駄に終わるだろう。想定よりも川の増水はそれ程でもなかったのか?

 レグルスは予想を裏切るユキの行動に作戦の失敗を感じ取り、川の対岸に(あらかじ)め潜めさせてあったガーディアンに指示を出した。


「タイガー、キャット、捕獲対象がそちら側へ川を渡ろうとしているのは見えているな。捕獲対象が川を渡り切っても潜伏してろ。川辺を離れ切ったところで捕獲せよ」

『タイガー、了解』

『キャット、了解』


 無線から短く応答があった。


「なんて嬢ちゃんだ。無謀にもほどがある。だが、川を渡り切れるのなら悪くない選択だ。気に入った」


 自分の想定が外れたというのに、レグルスは面白い玩具を見つけた子供の様にニヤニヤと笑っていた。


「ユキはやらんぞ」


 俺はレグルスに釘を刺す。


「分かってます」


 苦笑して彼が次の指示を与えようと無線機を握った時、最悪の知らせが入ってきた。


『こちらウルフ。捕獲対象をロストしました』


 その情報に俺もレグルスも顔色が変わった。


「ウルフ。状況を報告せよ」

『捕獲対象が川の中間地点辺りで深みに(はま)ったらしく、下流へ流されました』


 その報告を聞いて、目の前が真っ暗になった気がした。

 増水して流れの速い川で、体力のない女が水面に浮かんでいられるのは何分だ? 冷たい水の中で体がまともに動かせるのは、どれくらいの間だ?

 このままでは、俺はユキを失ってしまう。

 心臓を掴み上げる焦燥感に体が強張った。


 何の前触れもなく、脳裏にコバルトブルーの光が広がって、写真のスライドショーを見せられているかのように、ユキの姿が映し出された。

 ユキが上半身だけを川から出してうつ伏せに倒れていた。雨が容赦なく彼女の身に降りかかっていた。近くには新しい鉄骨で組まれた薄緑色の橋が架かっているのが見える。

 呪具のせいで与えられた予知の力が、この時、唐突に発現したのだった。

 右目を掌で覆い、左目だけである一点を見つめて、ぴくりとも動かない俺を見て、マックスが声を掛けてきた。


「アーサー様、未来が視えたのですか?」


 その声で、俺の意識は現実に引き戻された。


「ああ、ユキの未来が視えた。レグルス、川の下流に最近設置され薄緑色に塗装された鉄骨製の橋はないか? その周囲にユキがいるはずだ」


 彼は地図を指し示しながら答えた。


「あります。ロストした位置から約8km下流になります。ここです。あと3km流されていたら、完全に敷地から出てましたね。こりゃ、川岸にいる部下を移動させるより、こちらから車を走らせた方が早いな。部下を四名向かわせます」

「俺も現場に行かせてくれ。橋まで行けば、ユキが倒れている場所に案内できると思う」


 俺が同行を申し出ると、マックスは戦闘指揮所に備え付けられていた救急キットを手にして俺に続いた。


「私も参ります。応急処置が必要になるかもしれません。レグルス隊長、応急処置室を開けてカリンを待機させてもらえませんか」

「承知した」


 今回の戦闘ではこちら側には怪我人は出ていない。ガーディアン専属の軍医であるカリンにも余力がある。

 俺達はワンボックスカー二台に分乗して目的地へと急いだ。


2012.05.15 初出

2012.09.11 改行追加

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