アンナ=楠杏奈編 第五部
気がついたら私は保健室のベットの上だった。
「杏奈!大丈夫!?痛いところとかない?」
心配そうに自分を覗き込む恵美がいた。
「だ・・・大丈夫」
「も〜心配したよぅ!あ、麗って子はちゃぁんと叱っといたからさ!
誤解も解けたよ!めでたしめでたし〜」
楽しそうに笑う恵美を、虚ろな目で見ていた。
笑っていた恵美がようやく私に気づき、また心配そうな顔をした。
「今日は早退しよ。どうせこのままじゃ授業うけらんないよ」
「・・・・そうだね。そうする」
「私、電話してきてあげる!待っててね。
荷物もそこにあるからね〜。動いちゃダメだよっ!」
ぱたぱたと恵美は出て行ってしまった。
(・・・・此処にいたくない・・・!)
急に背中に悪寒が走り、私は荷物をひっつかむと廊下に出た。
授業中なのか、だれもいない。
(よかった!)
私はそのまま、恵美のようにぱたぱたと走り出そうとした。
「待ってよ」
どこかで声がした。
くるりと振り向くと、気を失いかけた。
そこには
「いやぁぁぁああああああ!!!」
傷だらけで血をしたたらせた麗がいた。
(幻覚よ・・・!そうでしょ!?)
私は髪をぐぃと引っ張ってみた。痛かった。
「いまさら逃げるんだ?惜しいな。もっと早くこれたら」
「これたら・・・・?」
「あんたの喉を噛み千切ってやったのに」
私は怖いものにめっぽう弱い。
だから、そういう表現をする言葉も嫌い。
「あんたの喉が亡くなった後は、この爪であんたの眼球を引き裂いてやるよ!
その次は、腸を食いちぎってやる!!」
「やめてぇぇえええええ!」
「杏奈!?」
「え・・・恵美」
恐怖で尻餅をついた私に駆け寄ってきたのは恵美だった。
「・・・!?麗っ!」
こくんこくんと涙目で私は頷いた。
「杏奈!こっち!逃げるよっ」
「恵美っ・・・待ってよぉお!」
私たちは駆け出した。
それまで何もしなかった麗は、いきなりぎろっと目をむき、
鬼のような形相で追いかけてきた。
間違いない。間違いない。
あれは、人間じゃない。化け物だ。
「杏奈!ちゃんと走って」
「で・・・でもっ!他の子はどうなるの!?みんな死んじゃうかも・・・」
恵美はしっかりとした顔つきで、前をみた。
綺麗な目だった。
「大丈夫。みんなは『鮎川グループの姫が楠財閥の娘に喧嘩をけしかけた!』
ってしっぽ巻いて帰っちゃったから」
「み・・・みぃんな・・?」
「そ、みんな。さ、早く走って!」
(・・・どこよ。どこにいるの・・・必ず捕まえてやる!
すぐに殺してなんかあげない。いたぶって殺してやる)
麗はまた目を剥いて走り続けた。どこか悲しそうな目だった。
(ゆるさない・・・許さないんだから!)
あの言葉はよほど強く麗を傷つけてきたらしい。
そもそも、麗は小さな頃から「鮎川の姫」とよばれ
友達は高貴な人ばかりだった。
その中で、麗の父は「楠のお嬢さんとお友達になりなさい」と
昔から麗に言っていた。
そして、やっと会えたはいいが、声はかけられないし
かけられても逆に冷たくしてしまう。
明日こそは・・と思っていた矢先に
「カモ」とまで言われ
麗の心はズタズタに裂かれ、自分でもどうすればいいのか分からなかった。
父の期待にこたえてやりたい。
でも、仲良くなれない。
(ごめんね。父さん。ダメな娘でごめん・・・)
麗は、3階へ伝う階段を駆け上がった。