第八話 優秀な侍女など
重度のストレスから、キューティクルが八パーセント程低減している教育係とは違い、アイルネの空の旅路は至極快適なものだった。
耳に聞こえる風の音は激しかったが、風防の魔法でも掛かっているのか、魔族の背に乗っているアイルネの体にはなんら影響もない。
しばらく飛んだ後、景色が高度を下げてきたかと思うと、拍子抜けするくらいあっけなく、眼下に古風な城が見えてきた。
(あれが……魔王城……)
どこまでも続くかのような平地に、唐突に現れた巨大な姿。
城壁などのたぐいは一切無く、幽霊のように忽然と現れた印象があった。
その上空で、彼女を乗せた魔族はゆっくりと旋回を始める。
ここから見ている限り、城には特別打ち拉がれた様子もない。
確かに古めかしくはあったが、少なくとも外観からは、分かりやすい壁の穴とか、外壁にビッシリと蔦が蔓延っている、なんてことはなかった。
一先ずはそれにホッと安心する。
と、いった所で、視界に写っているのはちょっと高級なドールハウスくらいのサイズの城で、これがもう少し大きく見えた時の感想がどういうものかは、その時になってみなければわからない。
それに、城の内部のこととなるとここからでは何一つ分かりようがなかった。
結局、出たとこ勝負なのだ。
「……ョウちゃん…嬢ちゃん」
「え?」
しばらくそんな風に観察していたアイルネは、魔族の声で現実に引き戻された。
「大丈夫か?」
「は、はい」
ずっと声をかけてくれていたらしく、こちらに首だけ振り向きながら、魔族は城の一隅を指さしていた。
見ると、壁面の一部にポッカリと大きな窓があき、そこから、なにやら無数にせり出した、細長い桟橋のような物が伸びていた。
更にその内の一本を指差して、再び魔族が顔を向けてくる。
「あそこに降りるぞ」
コクリと頷いたものの、果たしてどのような心構えでいればいいのかもわからない。
とりあえず、魔族のクビに巻きつけた腕に力を込めて、目をこらすことにする。
「どうぞ。それから、嬢ちゃんはやめてください」
「了解」
律儀に否定してくるアイルネに苦笑しつつ、魔族が頷く。
水平だった体が垂直に変わり、足を下に着陸態勢に入る。
重力の向きが変わり、重心が矢印の方向を変えた。
桟橋の先には、ガイドらしき男が立っていて、両手に握った白い旗を先程から記号的に振っている。
それに従うように軌道を整えながら、魔族は着地を果たした。
魔族の背から降り、再び地上と再会を果たしたアイルネは、その場で背筋を伸ばした。
旅の疲れは然程でもなかったが、緊張が体を強ばらせていた。
大きく背骨がなる音でふと我に返り、顔全体を赤くする。
「陛下に急ぎ伝えろ。命に従いメイドのアイルネを連れて来た」
「はっ!」
魔族は傍にいた兵士に厳しくそう命じると、アイルネの方にくるりと反転し、にっといたずらが成功した子どものような笑顔を向ける。
「さ、もう部屋の用意はさせてる。そこで着てるものを着替て、陛下に会ってくれ」
その言葉にぐっと身を引き締める。
いよいよか、と思うと同時に疑問がわいた。
そんな風に動ける侍女がいるならば、自分の役目はないのでは?
アイルネはそう思ったが、残念ながら、そこで彼女を待っているのは優秀な侍女などではなく、ちょっとエッチな夢魔たちなのだった。
本日のbgmはMr Childrenの『Q』でございました。
名盤。