第六話 小一時間のちぃ散歩
「で、では、私に魔王様のお世話をしろと仰るのですか?」
「詳しくは魔王城の、な。それも期限付きで」
男は頷くと、そう付け加えた。
「は、はあ」
ため息のような返事をすると、へたりと腰が落ちる。
男は、アイルネが落ち着くのを待ってから、自分が魔族である事を告げた。
どうやら名のある将軍の部下らしく、この姿も人間を欺くためのものらしい。
しかし、余計に目立っていたと思うのは気のせいだろうか。
「捜索の途中あんたの噂を耳にしてさ、こうしてお願いに来たんだ」
「あ、いえ、私なんて、とても……」
恐縮しながらアイルネが言うと、男は笑い声を上げた。
「謙遜するなよ。雇い主との関係といい、さっきの胆力といい、魔王城のメイドにぴったりだ」
と言われて、果たして喜んで良いものかどうか。
それについて返事は濁しておいて、アイルネはもう少し話を詳しく聞いてみることにした。
「それで期限と言いますけど、どのくらいの事なんでしょうか」
「時間が無いのは確か、けど、それは相手の都合にもよるだろうな」
「相手の方……ですか?」
言いかけたアイルネの目の前に、パサリと新聞が投げ出された。
どうやら大衆紙らしく、ケレン味のある見出しが、紙面に大きく踊っている。
鞄など持っている様子はないので、まさか、その布の中にあったものだろうか。
何となく敬遠したくなる気持ちを抑えつつ、思い切って新聞を拾い上げると、アイルネはそこに目を通した。
「勇者一行遂に魔王城攻りゃ………………これは……」
「……もうすぐ勇者が俺たちの城に乗り込んでくるらしい」
男は嬉しそうにパシンと拳を鳴らした。
流石に武人らしく、闘争の匂いを察するとどうにも血が騒ぐようだ。
「で、勇者達を迎えるにあたり準備を始めていた所、どうにも魔王城の手入れが不十分でさ。あんまり、みっともない姿も晒せんつー事で、人間のメイドを雇うことに相成ったと」
なるほどと頷いてしまう辺りかなり状況に飲まれているのかも知れない。
要するに、魔族は魔王城を清掃するハウスキーパーを求めているようだ。
それも、即戦力レベルで、加えて人物に信頼のおけるもの。
魔王城にも家事一切を仕切る者達はいるそうなのだが、能力に不安があるため、そういった事に慣れた人間のメイド――つまり自分に白羽の矢がたったというわけだ。
大凡の事情を聞き終えて、アイルネは頷いた。
(これは……神様がお与えくださったチャンスなのかも)
胸の中でそう思って、顔には笑顔を作った。
ずっと…ずっと燻っていた暗い炎が体の内側で一瞬勢いを増した。
「……分かりました。そういう事でしたらお引き受けさせていただきます」
「ホントか!?」
無邪気に喜ぶ魔族の男の姿を見て、スッと心が冷めていくのを感じながら、それを微塵も感じさせない表情でアイルネは微笑む。
「つきましては、これから向うはずだったお屋敷に、お断りのお手紙と、それから、代わりのメイドの手配をお願いしたいのですが」
「分かった。あんたの良いようにさせてもらう」
男が胸を叩いて請け負った。
こうして、アイルネは魔王城へと赴くことになった。
人間たちが気の遠くなる思いで進む魔王城への旅路を、小一時間というちぃ散歩並みの移動時間でこなし、到着したのは日の暮れ掛けている頃である。
というわけで、おやすみなさい。