第五話 5分
地を這う大蛇のようにくねっている街道をはるか見下ろして、アイルネはぞくりと背筋が緊張するのを感じた。
ここから落ちでもしたら、一体どうなるのだろう。
多分死ぬと思うのだが、こんな高さから落ちた知人はいないので、やはり落ちてみなければ分からない。
それでも、どこかに得体の知れない恐怖心はあるようで、なるべく視線を下にしないようにしながら、アイルネは男に声をかけた。
「あ、あのう、それで私にお願いとは一体なんなんでしょうか?」
そう言った途端、ふと、アイルネは可笑しくなる。
お腹のあたりが熱くなり、笑いの衝動がこみ上げてきた。
笑声を聞きとがめた男が、怪訝そうな顔付でこちらを見てきた。
「どうした?」
「い、いえ、なんだか可笑しくて、私は今空を飛んでるんですね」
考えてみれば良く分からない状況だ。
人かどうかも分からない有翼人に拉せられ、まるで猟師に仕留められた獲物のように小脇に抱えられた体は、だらりと四肢を落としている。
それも、ワケも分からずつれてこられた空の上で、何か頼みごとを聞こうとしているのだから、改めて思うまでもなくコレほど奇妙な体験もないだろう。
今この瞬間だけかもしれないが、お坊ちゃまにいい土産話が出来たとすら考えた。
「いいね、肝の据わった嬢ちゃんだ」
「じょ、嬢ちゃんはやめてください。……多分事態を飲み込めてないだけです。ですから、もし突然叫びだしても、お手を離さないで下さいましね」
男の感心したような声にも、なんとか冗談を返すことが出来た。
笑った事で、幾らか余裕が出来たらしい。
「それならいくら叫んでも良いようこの辺で降りるか」
男はどこか嬉しそうにそう言うと、右肩を四十度ほど地面の方へと傾けた。
返事をする暇も無く、グンッと前後に力が掛かる。
バサリと一度羽ばたく音がして、ゆっくりと高度が下がり始めた。
近づいてくる地上を、なんだかちょっとだけ残念に見つめながら、アイルネは黙って男の意思に従った。
「到着」
地面に足が付くと、男は腕から力を無くしてくれた。
唐突に重力の蘇った体は、どうしてか妙にふらついている。
「な、なんだか体がゆらゆらするのですが」
幸いな事に、この場には二人が空から降りてきても驚く人間はいなかった。
アイルネの言ったことを覚えてくれていて、わざわざそういう場所を選んでくれたらしい。
「ああ、無理もねーな。空を飛んだ事で今は頭と体の感覚にずれがあるんだろ。しばらくすりゃ治る。……さ、存分に叫べ」
どこまでも生真面目にそう言い手を広げる男に、アイルネはポカンと口を開けた後、再び声を上げて笑い出した。
なんだか、本当に叫びだしてしまいたい気分だった。
不思議そうにキョトンとしている男の顔を見て、笑いの衝動がまた顔を出し、詳しい事情を聞くことが出来たのは、それから五分程たってからだった。
試みは兎も角サブタイが誇大広告気味。
なんとなく緊迫感溢れるタイトル。でも全然溢れてない。溢れない。
本日のbgmはHi-STANDARDの『Please Please Please』でございました。