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魔王城のメイド  作者: 中路太郎
細腕奮闘編
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第四十九話 たった一つ

 人間の国――とある貴族領にあるお屋敷。

 その玄関先に、三つの人影があった。

 その内二つは武装した鎧姿だったが、見た感じ、鎧に着られている印象のほうが強い。

 人影の内訳はこうである。

 一人はこの家の跡継ぎである少年で、若いと言うよりまだまだ幼いという表現のほうがしっくり来る。

 丈のあっていない銀色の全身鎧に身を包み、バイザーの上がったアーメットヘルムからは、辛うじてそばかすの散った顔の半分が見えていた。

 もう一人は彼お付きのメイド。

 いかにも年若く、メイド服の上から、軽鎧を身に付けていた。

 小柄で小動物を連想させる少女だが、愛らしさよりも、何処か小賢しげな印象が先に立つ。

 そして残った一人が、

「ていうか、どうしてローウェルさんがまだここに居るんですか?」

 ヨソんちの執事、ローウェルだった。

 油断なくシワ一つない執事服を身につけ、相変わらず泰然とした立ち姿で佇んでいる。

 メイドが、斜め上にある顔を見ながら呆れたように言うと、ローウェルは鷹揚かつ気品に富んだ笑い声で応えた。

「実は、旦那様の悪い癖が出ましてな。暇なのでこちらに寄らせて頂きました」

「暇って……その悪い癖ってなんなんですか?」

「そうですな、自主的な迷子とでもいいましょうか」

 あっけらかんと言ってのけるローウェルだったが、言っている内容は一大事だ。

「それって行方不明って事じゃ……?」

「ね! 全く、困ったものですな」

 呆然と呟くメイドに、あんまり困った様子でもなく他人事のように言ってローウェルは片目を瞑る。

 いや、ね、じゃなくて。

「あの、探しに行ったりとかしなくていいんですか?」

「…………まあ、お腹が空いたら、じき帰ってきましょう」

 メイドの言葉に一瞬、え、なんで? という顔をしてローウェルはそう言った。

 主人に対して、まるで逃げ出したペットのような言い様だが、聞いているメイドの方もちょっとおかしかった。

(……ああ楽できていいなぁ……他んちのご主人様ってみんなこうなのかな?)

 そんなわけあるか。

「……ところで」

 職場環境の違いに軽いカルチャーショックを受けていたメイドは、ローウェルに静かな声で耳打ちされて、はい? っと、正気に戻った。

「あなたのお坊ちゃんはどうして黙りっぱなしなのですかな?」

 メイドは言われて、大きめの全身鎧に身を包んだ小さな姿を見た。

 少年は先程から押し黙ったまま、ピクリとも動かない。

 指先で軽くつついてみると、硬質な鉄の音が返ってくるだけで、中身の方はうんともすんとも言わない。

「……」

「……」

「……」

 そ~っとローウェルの耳元に顔を寄せていき、メイドは声を潜めて囁いた。

「…………これ、もしかして、動けないんじゃないですかね?」

 言ってる傍から、ガシャンと大きな音をたてて、少年が倒れた。

 うつ伏せでしばらくじたばたしていた(中で)が、諦めたのか、ぐったりと動かなくなる。

「これは、少々お体に合わなかったようですな」

「そもそも、こんな状態でどうやって家を出たんでしたっけ?」

 朗らかに笑う執事に、首をかしげながら言うメイド。

 どちらも助け起こそうとしない。

「……あれ? ローウェルさん?」

 その時。

 門の入口あたりから聞こえてきた少女の声に、二人は振り返った。

 その声に、倒れたままの鎧が、ぴくっと反応した。

 何やら慌てているらしく、唐突にガチャガチャ(中で)動き始める。

 その姿を見て、メイドは内心壊れかけのオモチャみたいだと思う。

 どうやら、本気で手助けする気がないようだ。

「お久しぶりでございます、アイルネ様。ご無事で何よりでございました」

 それらを一切無視するような、落ち着きはらった声で返したのはローウェルだった。

 突然帰ってきた少女――アイルネに、老執事は恭しく頭を下げた。

「あ、はい、ありがとうございます。えと、どうしてこちらにローウェルさんが居るんです?」

 事情を掴めていないアイルネが首を傾げた。

「実は、旦那様のお伴でこの街に参ったのですが、いつものご病気が出ましてな。それでこちらに寄せていただいているのですよ」

「はあ、またですか」

 あ、やっぱりみんなそんな扱いなんだ! と変な感動つつも、念のためメイドはアイルネに進言する。

「探しには行かなくていいんですか?」

「……え? んー、人恋しくなったら帰ってくるんじゃないかな?」

 なんとなくそんな気はしていたが、案の定アイルネにも、え、なんで? という顔をされた。

「あっと、そうだ、おかえりなさいアイルネさん」

「うん、ただいま。えと、それより貴女はどうしてそんな格好をしてるの?」

 怪訝そうに見つめてくるアイルネに、メイドはうんざりしたような調子で説明する。

「はあ、やっぱり聞いちゃいますか。いや、違うんですよ。別に好き好んででこんな格好してるわけじゃなくてですね。なんか坊ちゃまがアイルネさんを助けに行こうって言い出して……」

「お坊ちゃま……が?」

「そうなんですよ。坊ちゃまのワガママが発動しちゃって、こっちはこんな……」

「ちょ、ちょっと待って……!」

 メイドの言葉を止めて、アイルネが顔色を変えて詰め寄ってくる。

 地面を指さして恐る恐る問うてきた。

「じゃ、じゃあ、もしかして、この倒れてる銀色のって……」

「え? ああ、はい、坊ちゃまです」

「は、早く言いなさい! あああ、お坊ちゃま大丈夫ですかっ?」

 アイルネは慌てて、少年を助け起こす。

 そうと知らなかったとは言え、放ったらかしでちょっと世間話に花を咲かせてしまった。

 少年はと言うと、助けに行こうとしていた少女に逆に助け起こされ、無言のまま立たされていた。

 いまの顔を見られるのは男の子の部分が許さないのだろう、いつの間にかバイザーが下がっている。

 鎧着用だというのに、律儀に少年についた砂を落としたアイルネは、満足したように笑顔を浮かべる。

 兜越しに目を見つめて、照れくさそうに言った。

「お久しぶりです、お坊ちゃま」

 その声に、少年は頷くことすらできなかった。

 何故かというと、ゴルジェという首を守る防具が邪魔で動けなかったからだ。

 慌てて兜を脱ごうと手を伸ばす。が、先に、そっとアイルネに脱がされてしまう。

「大丈夫、鎧を脱がすのはちょっと慣れてしまったんですよ」

 そう言って、笑顔を浮かべる。

 アイルネの笑顔に、少年は少しだけ不機嫌になった。

 そこに、なんとなく彼の知らない彼女を見た気がして、急に心細いような寂しさを感じたからだ。

 それに、その事を話す顔がほんとうに嬉しそうで、なんだか無事みたいだし楽しかったみたいで(何でだろう)嬉しいんだけど、その事をあんまり素直には喜びたくない、と言う複雑な思いにかられた。

 簡単に言うと――自分はこんなにもすごく心配していたのに――である。

「……ずいぶん楽しかったみたいじゃないか」

 思わずそんな言葉を口にしていた。

「はい?」

 だが、小声過ぎてアイルネには聞こえない!

「ず、ずいぶん楽しかったみたいだな!」

 どうしてこんな情けないことを、叫んでまで伝えようとしているのか自分でもわからない。

 こんな感情は子供っぽすぎると思いながらも、止めることができない。

「別に、帰ってこなくても良かったんだ……」

 思ってもいない言葉が、どんどん口から溢れてきた。

 幸い、あまり伝わってはいないようだが。

「こっちはお前がいなくても困らないし」

 他にちゃんと言いたいことがあるはずなのに、口を衝いて出るのは、どれも馬鹿らしい強がりに後押しされたものばかりだ。

「あーもう、坊ちゃまったら素直じゃないんだから」

「ほほう、葛藤でございますか……いや、若いというのは良いものですなぁ」

 なにが良いものか。

 背後で何やら呑気にこしょこしょ囁き合っている、やけに耳の良いメイドと執事にとっては所詮他人事かもしれないが、やってる当人からすれば醜態以外のなにものでもない。

 そうは分っているのに口が止まらない。

 少年はアイルネから顔を背けながら、ちょっと泣きそうになっていた。

「そ、そんなに楽しかったんなら、ずっと……向こうにいれば――」

 その時、ふわりと、馴染みのある香りが少年の鼻をついた。

 柔みのある腕が首を回って、暖かい感触が頬に触れる。

 必ず帰ってくるようにという想いを込めて、大事な人へと送る黄色い花。

 つい最近、見知らぬ土地のそんな言い伝えを知って、その事がとても嬉しかったのを思い出した。

「……」

 アイルネは、固まってしまった少年を抱きしめたまま、嬉しそうに口を開いた。

「はい。ただいま帰りました」

 後ろから「あんた女神ですか?」と言う空気の読めないツッコミと、「……レモン味ですな?」という年寄りの意味不明の妄言が聞こえてくる。

 そんな雑音も気にならず、少年は呆然と彼女のぬくもりに身を委ねた。

 不思議と気持ちが晴れていき、些細な嫉妬に曇っていた目が彼女の姿を捉えた。

「……うん、おかえり」

 伝えたかった言葉の、たった一つだけが、ようやく言えた。


安西先生……お金とゆとりと別荘が欲しいです……。

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