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魔王城のメイド  作者: 中路太郎
細腕奮闘編
46/53

第四十五話 ふわり

体はメイド、頭脳は現場監督!

 ――十分後。

「……」

 アイルネは自分の頭から、あれ、ハムスター居る? と疑ってしまいそうな、何かが空転するカラカラカラ…と言う音を聞いていた。

 黒幕探し、などと息巻いては見たものの、所詮は畑違いもいい所。

 出来る事と言っても、ノウハウがない以上、何から手をつければいいか皆目見当もつかなかったのだ。

(なんとなく、皆さんが私を呼んだ気持ちが分かった気がする……)

 そんな事を考えている間も、カイルとシドが剣を打ち合わせる音が聞こえてくる。

 それがまた、アイルネの気持ちを焦らせた。

 というのも。

「どう? あたしの爪の威力は!」

「いや、爪関係ねーだろ」

 思いの外、カイルが苦戦していた。

 彼が弱いわけではない、シドが強いのだ。

 シドの剣術は素人目にもトリッキーなものに写った。

 構えからして、どこか奇妙である。

 腰を落とし、剣を持った右手を大きく振り上げ、左手を大きく広げている。

 そうして構えていたかと思うと、廊下を蹴って、シドが打ちかかっていった。

 剣を振り下ろす。

 迎えうとうとカイルは剣を頭の上で横倒しに構えた。

 ところが、シドは腕を振り抜いたにも関わらず、そこに手応えは生まれない。

「またか……!」

 舌打ちをしつつ、カイルは脇を閉め、手首を返し、剣を縦に構え直して右側面に意識をやる。

 ガキンと重い衝撃。

 いつの間にか、シドの左手に剣が握られている。

 力任せにそれを弾き返すと、シドは態勢を崩されたまま、剣を体で隠すように振りかぶった。

 カイルの視線がそちらに釣られた瞬間、空手だったはずの右手で刺突を放ってくる。

 まるで、手品と曲芸を融合したような動きだった。

 辛うじて身を捩って刺突を躱し、反撃に移ろうとした瞬間、アイルネに向かってナイフが放たれる。

 攻撃に回されるはずだった銀の輝きは、ナイフを迎撃するために鋭く走る。

 シドの剣に対して、カイルはいかにも具合が悪そうだった。

 現状との相性もよくない。

 特殊な剣術は、攻められるとナリを潜めてしまうものだが、ヘタに攻勢に回った隙を突かれて、アイルネをやられては本末転倒である。

 ただ、そこはやはり本職の強みだろう、徐々にではあるが、カイルの攻守のバランスが変わっていっている様子があった。

 一方は護衛ならではの集中の持続、もう一方は本職を相手にする緊張感。

 とかく、お互いにストレスの多そうな打ち合いである。

 その事が分かっていたから、アイルネの気も焦っていた。

 ここに来て何度思ったか――時間がないのである。

 時間がない、時間がない、時間がない、時間がない、時間が……………………時間が、ない?

(あれ?)

 そこで、閃くものがあった。

(――時間がない。……ううん違う。私たち、私は、魔王城ここに来てからずっと、時間がなかった(・・・・・・・))

 ……いや。

 それも違うと、もう一度否定。

 時間がなかったんじゃない、現にこうして、魔王城の修復は終わっている。

(そうだ、時間がなかったんじゃない、いや、時間はなかったんだけど、正確には――…………でも、じゃあ、どうして……?)

 そう思ってからは早かった。

 視界を覆っていた物の支柱が崩れ、ゆっくりと全景が見えてくるような気がした。

 思考が動き、答えが呼び水となって、次の答えを導きだしていく。

 最後の一欠片が繋がった時、一種独特の恍惚感がアイルネの口を開かせた。

「勇者様」

 その瞬間、アイルネのすぐ近くで、甲高い音が弾けた。

 視界の中に火花が散り、目の前に庇うような態勢でカイルが立っている。

 どうやら、シドの放ったナイフが、かなりの所まで肉薄していたらしい。

 彼は無表情だったが、命の恩人であるはずのカイルは楽しそうに笑った。

「良かったな、アイルネ」

 ……何が良いものか。

 腰を抜かしそうになりながらそう思ったが、次の言葉には頷かざるをえなかった。

「どうやら大当たりみたいじゃないか」










「今更……」

 その呟きは、空気に飲まれるようにして消えていった。

 わずかに漏れてしまった本音に、小さな後悔が生まれる。

 ……聞かれなかっただろうか。

 シドの顔を思い浮かべ、妙に苛立つのを自覚する。

 自分はもしかしたら甘えているだけなのかもしれないと考えて、そんな自分に嫌気がさした。

 いけない、と首を横に振る。

 気分が落ち込むのは、どうやら場所柄がよくないらしい。

 ここは元々水脈だった洞窟である。

 村の人間の話によると、魔王城にある廃井戸まで繋がっているらしい。

 村を出て、地上を歩いて数日、敵の偵察を警戒してここから侵入することを選んだはいいものの、酷い悪環境だった。

 今は枯れ果てていたが、未だに足音には水の跳ねる音が混ざるし、風は吹いていても空気は寒々しい。

 通路は横縦共に幅が狭く、いつ崩れるかもわからない恐怖が常に傍らにある。

 行軍は強行で、しかも先導者の頼りがその勘だけである。

 彼女は前方で揺れる松明の火を睨みつけた。

 そもそもが、このパーティーのリーダーである勇者の一言から始まった。

「やっぱり夜明け頃に到着しないとな」

 元々、敵の襲撃も予想して、翌々日の昼頃の到着を計画していた一行は唖然とした。

 これが夜明け頃着に変更となると、休みなく歩き続けるということになる。

 一瞬で空気が悪くなりかけた時、勇者が口にしたのが、この洞窟の存在だった。

 なるほどと皆は納得したが、ただ、二つほど誤算があった。

 一つ目は、勇者がそう提案したのが星のない夜だった事もあり、村人から予め教えられていた入り口から入れなかった事。

 もう一つは、洞窟内が思ってたより七倍くらい入り組んでいたことだ。

 既に三日ほど洞窟内を彷徨っている。

 洞窟内初日のキャンプの時、どうしてここまでするのか理由を問えば、大した理由もなく、完全に彼の趣味であることが分かった。

 なんでも勝利の朝日を拝みたかったらしい。

 いつでも自信だけは溢れている勇者は、そういうのが大好きなのだった。

「馬鹿、ホントとんだ馬鹿。勇者、馬鹿」

 そう毒づいた後、少しだけ躊躇うように、続ける。

「…………ア、アレックスとは大違い……」

 思わず、というか意図的に名前を呟いて、途端に熱した鉄のように頬が紅潮していく。

「い、いや、今のは違くて、そういう意味のアレじゃなくて、ないから」

 一体どこの誰に言い訳しているのか、内心で必死に否定し――……でももうすぐ逢える。きゃー。

 迷っている現状なんかどこ吹く風である。

「おーい、何やってんだー?」

「置いていきますよー」

 一人でワタワタやっていると、前の方から、勇者達の呼ばわる声が聞こえてきた。

 気がつけば、先を行く松明の火がずいぶん小さくなっている。

 ふう、と一度息を吐き出し、気分を落ち着かせて冷静になる。

(……なんにせよ、早くここから出るべきだな)

 心の中で独り言ちる。

 足を止めて待っている勇者たちに向かって、気分を切り替え彼女は大袈裟に手を振った。

 こういう嘘の付き方は母直伝だ。

 バタバタと足を動かしながら、見えてもいないだろうが、いつもの慌てた表情を作る。

 空気を肺に入れ、大声で返事を返した。

「はうぅぅ、ちょちょちょっと待ってくださ~い」

 そう言って、少女は駈け出した。

 やれやれと肩をすくめる、何も知らないだろう仲間たちの元へ。

 途中、通路でべしゃっと転び、その拍子に、大きなキャプテンハットがふわりと宙に浮いた。


つじつじつじつまつまつま。


実はこの娘とシドの設定は最初期にできていたという…。

長かったですw

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